狡猾魔族
フルストから逃れた一行は即座に街から離れ、東に連なるアロマ山脈を目指していた。
夜間での移動になるが魔物の出現は皆無に等しく、追っ手にさえ注意すれば危険度は低い。
例の如くトルネードホースに跨がった彼らは、メッツやリオンという新たなメンバーの経緯を説明しつつ夜の荒野を東へと進む。
「ああ邪王様、このような可愛らしい姿に成り果てて……」
新たに召喚されたダークエルフのリオンが、レシルに抱えられたフールへと視線を注ぐ。
視線を受けたフールはというと、軽く身震いしつつも冷静を装って前を向いていた。
しかし手綱を握っている後ろでやられると、ジュリアとしては気が散って仕方がない。
彼女は大きなため息をつくと、フールにそっと耳打ちした。
「ねぇフール、リオンって以前もこんな感じだったの?」
「まぁ、以前よりも少々過激になっているとも言えるかもしれん」
「……それ、悪化してるって言わない?」
「……言うな。俺だって分かっているのだ」
フールが小動物として転生する前は邪王と名乗る魔族のダンジョンマスターであり、当時奴隷だったリオンはとある事情から助けられて以降、邪王にベタ惚れ状態なのである。
「でもこれは少し異常だと思うでしゅ。鼻息も荒いし、そのうち襲われるんじゃないでしゅか?」
ラーズグロムを背負い、器用に手綱を握るメッツが会話に交ざってくる。
それを聞いたジュリアがリオンにチラリと視線を送り、額に手を当てつつ顔を戻した。
メッツの言っている事の信憑性が高まったのだろう。
「どのようにして抱きしめて差し上げたら喜ばれるでしょう。やはり母性を前面に出していくべきか、それとも――」
一人言とはいえないくらいの音量で垂れ流し、並走しているライザも呆れて首を振る。
先程の戦闘時とは比較にならないほどギャップが激しく、こういう存在なのだと強く印象付けてしまった。
しかし、そんな和やかな雰囲気も終わりを告げる事となる。
フールが複数の生命反応を捉えたからだ。
「前方にあるアロマ山の麓だ。その辺りに魔族やらエルフやらの反応が感じられる」
他にもダークエルフやらハーフエルフ等も混じっているが、とても一般人とは考えられない。
恐らくカタコンベの構成員が先回りしたのだろうと一行は結論付けた。
「ここは俺に任せてもらおう――サモンウルフ!」
人海戦術の如くEランクのグレーウルフを大量召喚し、身を潜めている場所へと突撃させた。
すると彼らは予想に反し、負傷者を出しつつも山の奥へと引き上げていく。
「なぁんだ、全然弱っちぃじゃん。逃げるなら最初から出てこなきゃいいのに。ハハッ、ダッサイな~」
「…………」
尻尾を巻いて逃げた連中を、ジュリアが小馬鹿にして笑う。
しかし彼女の背中では、フールが腑に落ちないといった渋い顔を作っていた。
「どうしたのフールちゃん?」
「いやな? どうにも連中の行動が引っ掛かるのだ。待ち伏せにしてはあっさりと引き上げていくと思ってな」
「あ~、確かにそう見えなくもないけれど、奇襲されたんだから被害が少ない内に撤退するもんじゃない?」
「――だといいのだが」
どうにも気掛かりだが今更やることは変わらないし、ラーズグロムを治療するにはタイムリミットもある。
結局フールは迷いを振り切るようグレーウルフで構成員を追い立てつつ、一行は徐々に霧が濃くなっていく荒野を突っ切り麓まで移動していく。
「ん? 霧が出てきたわね。メッツはちゃんと前見える?」
「あちゃしは大丈夫。それより注意した方がいい。カタコンベは奇襲を行う際に、霧を発生させるアイテム――インターミストと呼ばれる物を使うと聞いた」
メッツが言うにはカタコンベは独自にマジックアイテムを開発に成功したらしい。
そのアイテムとは広範囲に渡って霧を発生させるもので、発動させた者が停止させない限り半永久的に発生し続けるという厄介な性質をもつ。
似たようなスキルでCランク指定の魔物――人狼が狩りを行う際に使用するキャプチャーミストという霧があり、噂ではそれを模したのではとも言われている。
「フール様、やはりこの霧は……」
「ああ、間違いないな」
話を聞いたフールとライザがすぐに表情を引き締める。
つい最近かの霧によって煮え湯を飲まされたばかりだ、二の舞になるつもりは毛頭ない。
しかし、山の麓に入ったところで即座に状況は一変する。
バチ……バチバチ……
「ぐ、身体が!?」
「ひぐっ!」
「ちょ、何なのこれ!」
「やられました、霧の中に痺れ効果をもたらす物質が混ざってるでしゅ!」
スピニーの時とは違い、霧そのものに薬物のようなものが含まれていた。
「チッ、味な真似を……。ライザはカタコンベの迎撃を、リオンは我々を護りつつ後方支援を頼む」
「「承知しました」」
一行が掛かったのに気付いたのか、これまで逃げに徹していた構成員がグレーウルフを蹴散らし始める。
察知したフールは麻痺の影響が殆どない二人に迎撃を命じた。
ライザとリオンには麻痺耐性が有ったため、幸いにも普段と変わらぬ動きが出来そうだ。
「連中め、こちらを包囲するように動いてるな……気を抜くなよ!」
ヒュンヒュン!
シュ――シュシュシュシュ!
程なくして火の球やら石の塊やらが一行目掛けて飛来する。
思うように動けないフール達をリオンが障壁を張ってガードする一方、自由に動けるライザが飛来する魔法を避けて相手の懐へと潜り込んでいく。
「そこです」
「チッ、しまっ――グフッ!?」
「次!」
「グホッ――っくちょう……」
人化しているとはいえ、ライザはBランクのプラチナウルフ。
動きに反応できる構成員は少く、ある者は樹木にもたれ掛かるように貼り付けられ、ある者は盾代わりとなり飛来する魔法をその身に受けた。
「っ! この反応は!」
ちょうど半数を倒したあたりだろうか。
一際大きい魔力反応を察知したリオンが、ライザに警告を発する。
「ライザ、北側から来る!」
「分かっています」
刹那、木々の隙間から放たれる真空の刃。
ヒラリと飛び上がった足下を付近の木の葉を切りつけながら通過し、奥の樹木を伐採したところで消滅した。
ズシーーーン!
ゆっくりと倒れた樹木を尻目に、ライザは視線の先にいる何者かを捉える。
観念したのか、その何者かは樹木の隙間から姿を見せた。
「いやぁ、強い強い。実に素晴らしい実力ですよお姉さん。魔族である私の魔法を凌ぐなんて、そうそう出来る事じゃありません」
「……お前は?」
「おっと失礼。申し遅れたけれど、私の名前はコルネオス。一応カタコンベ三本柱をやっておりますので、ご存知の方もいるかもしれませんがね」
それにしても――と話を続け、カタコンベの内情まで語りだすと、ついには思いもよらない提案をしてくる。
「カタコンベの構成員が半数を下回ったのですよ。それを考えると皆々様は実にお強い。このままでは組織は壊滅一直線。どうでしょう? ここらで手打ちにするというのは?」
「……少々考えさせてください」
今まで殺し合いをしてきたとは思えないほどフレンドリーな話し方で、争いを止めないかと言ってきたではないか。
そこでライザは即答を避け、コルネオスが妙な真似をしないよう注意を払いつつフールに念話を飛ばす。
しかし念話を受けたフールとしても困惑の色を隠せない。
戦わなくて済むのならそれに越したことはないが、どこまで信用出来るかは不透明だ。
そこへコルネオスを詳しく知るメッツが、そっとフールに耳打ちしてきた。
「あんな風にヘラヘラとした人となりでしゅが、あれは表面上だけでしゅ。内面はかなり狡猾で、卑怯な男として組織内でも有名でしゅ。例え命乞いをしてきても、信用しちゃいけません」
「なるほど。こちらを油断させるために、あのような体を装っているのだな?」
「多分そうでしゅ」
コルネオスの素顔は分かった。
そこでフールは、敢えて提案に乗るフリをすることを思いつく。
『ライザよ、提案を受けるフリをし、コルネオスに近付くのだ。後は俺が上手くやる』
『仰せのままに』
フールの念話を受け取るとコルネオスへ一礼して近付いていく。
「……おっと、提案を受けてくれるんだね」
あっさりと受け入れたことでコルネオスは一瞬驚いたようだが、すぐに冷静を取り繕い両手を上げて歓迎のポーズを見せた。
「では友好の印にこちらをどうぞ」
「……これは?」
「我が組織が取り引き相手に渡している護符ですよ。お得意様はご贔屓にしたいですからね」
コルネオスが差し出してきたのは一枚の白い御札。
何の変鉄もない札に見えるそれは護符だと言うが、コルネオスの本性を知る今となっては鵜呑みにはできない。
しかしライザはフールの命令通り、その札を掴んだ瞬間!
ジャララララララッ!
「っ!?」
札が鎖へと変化し、ライザの体へと巻き付いた。
必死でもがくが鎖は益々絞め上がり、とても振りほどけそうにはない。
「フハハハハ! 呆気ないですねぇ。このような策に引っ掛かるとは、まったくお人好しなお姉さんだ。――この鎖はコンプレッションジェイルというマジックアイテムで、発動させた者にしか解除できないのですよ!」
ついにコルネオスが本性を現す。
口角が狡猾に吊り上がり、ねっとりとした嫌な視線をライザに注ぐ。
「残念ですが貴女はここまでです――ではさようなら!」
「ヒグッ!?」
鎖が一気に首を締め上げ、ライザは力なくその場に倒れた。
確かな手応えを感じたコルネオスは、次の標的としてリオンに顔を向ける。
「フフフ……」
「……!?」
しかし、コルネオスは妙な違和感を感じた。
仲間が目の前で死んだにも拘わらず、彼女はうっすらと笑っているのだ。
まさか仕留め損ねたかと思い、すぐさまライザへと視線を戻す。
が、そこに倒れているのはライザではなく……
「そ、そんなバカな!?」
ライザだと思っていた相手は、構成員のハーフエルフの男であった。
勿論これはフールの仕込みであり、ライザと適当に目についた構成員を入れ替えたのである。
「なら本物はどこに……」
入れ替わったならライザは生きている――そう考えキョロキョロと周囲を見渡すと、ちょうど上から爪を突き立てようと迫っているところであった。
「死になさい!」
ザシュ!
「ギャァッ! ――く、くそぉ……」
辛うじて障壁を張ることで致命傷を避けたコルネオスは、懐の転移石を握りいずこかへ転移していった。
同時に他の構成員も撤退していき、一応は撃退に成功したとして皆の緊張が緩む。
「ご苦労だったなライザ」
「勿体無いお言葉です」
「そうね。新参者のアンタには実に勿体無い言葉だわ」
「ほぅ……やるのですか?」
「フン、軽く捻ってやるわ」
「止さないか、お前達……」
緊張が緩みすぎたため新たに気を入れなおすと、一行は頂上を目指してアロマ山を登り始めるのであった。




