荒野の仕掛人
カタコンベ三本柱の一人であるバニッシュを退けた一行は、当初の予定通りウェスタンシティを目指してトルネードホースを走らせる。
魔物が殆ど生息していないのもあり、余計な手間をかけずに済むのもありがたい。
ラーズグロムは先走る気持ちを抑えてフールに尋ねた。
「ところでフール。方角はこっちで合ってるのかい?」
「俺もお前もこの地を訪れるのは初めてだ。分かるわけなかろう」
「そりゃそうか……」
「ちょっと待ってほしい。フールは知らないのにどうやって進んでいるんだ?」
そのまま納得しそうなところを踏みとどまり、再度フールに尋ねた。
一行はフールの指示で移動しているので、彼が知らないのであればテキトーに進んでるだけという事になる。
しかし、フールは自信たっぷりに返した。
「太陽の位置で方角くらいは分かる。それに半径2キロ程度なら生命体の反応で街かどうかも判別できるだろう」
「……それはテキトーというものでは――」
「適当だがテキトーではない。文句があるならカタコンベに言ってもらおうか」
微弱ながらフールがムッとして答える。
「その通りです。黙ってフール様に従いなさい」
「わ、分かったよ……」
そう言われると言い返すことはできない。
ラーズグロムも道のりを知るわけでないし、他に術はないのだ。
一行はしばし沈黙したままトルネードホースを走らせていると、徐々に霧が多くなっていくのに気付く。
この地方特有の気候なのだと思い気にせず進んでいたが、それにしては異常な濃さだ。
「ライザ、一旦止まろう。」
とうとう一行は一寸先をも見通すこともできなくなり、やむ無く徒歩で進む事にした。
いくらフールでも凹凸のある地面や岩の反応までは感じ取れないので、このまま走らせるのは危険を伴うと判断したのだ。
「荒野に霧か。人為的なものでなければよいが……。」
四方を霧に囲まれて、方向感覚すら失いそうになる。
太陽の位置により辛うじて方向が分かるのは実に幸運で、悪天候なら最悪を通り越してた可能性もあるが、どちらにしろ襲撃するなら絶好のタイミングと言えよう。
「2キロ前方に人間の反応だ。一人だけなのが逆に怪しいかもしれん」
フールが生命体を感知した。
荒野のど真ん中に一人でいるのは、魔物が滅多に出ないのもあるだろう。
しかしその生命体に動きは見られず、先程から微動だにしない。
「一般人かもしれないし、こちらから手を出すわけにもいかないか……」
「襲わなければよいのなら、魔物を見せつけてやればよい。一般人なら逃げていくだろうし、カタコンベなら排除に動くだろう」
「分かった、その作戦でいこう」
フールの案によりグレーウルフを1体だけ召喚し、人間の居る方へと向かわせる。
Eランクの魔物であるため一般人が戦うには荷が重い――となれば、普通なら慌てて逃げるはずだ。
しかし、残念なことにその人間は普通ではなかった。
「何!?」
「フール!?」
「フール様!」
フールが驚きの声を上げ、二人はピタリと足を止める。
「接近したところで殺られた。敵で間違いないだろうが、コイツは少々厄介だぞ?」
100メートル以上も離れてたところを一撃で仕留めたらしく、飛び道具を使ってる可能性が高い。
「この霧の中を狙撃? だとしたら……」
もしも霧を無効化するような特殊なスキルを所持してるのだとすれば、この状況はマズ過ぎる。
ラーズグロムの頬を嫌な汗が滴る中、再びフールが声を上げた。
「奴め、こちらに接近してくる!」
「な!?」
滅多に出ない魔物を目にして、こちらの存在に気付いたのかもしれない。
「気を付けろ。かなりの速度でこちらへ向かって来ている」
フールの警告を受け身構えると、透かさずライザが動き出す。
ガキン!
「ライザ?」
「何をボーッとしてるのです。足元をご覧なさい」
「――こ、これはボーガンの矢!」
ライザは飛んできたボーガンの矢を叩き落としたのである。
当然ライザも牽制もこめて爪を飛ばしたのだが、残念ながら地面に突き刺さるだけで終わった。
「ラーズグロムよ、1ヶ所に留まらずにひたすら動け。その間に霧を排除する」
「わ、分かった!」
尚も飛来する矢を回避し続け、その間にレッサーワイバーンの召喚を終える。
「レッサーワイバーンよ、翼で霧を吹き飛ばせ!」
「クェェェ~!」
バッサバッサと翼を動かし霧を遠ざける。
ライザとラーズグロムが互いにハッキリと認識できるくらいに晴れていき、ついには襲撃者をも視界に納めることに成功した。
「これなら――」
100メートル近く離れた先で、うつ伏せの状態でボーガンを構えている男に対し爪を飛ばそうとしたライザ。
だが……
「な!? これは……」
一度は晴れた霧が再び二人を包み込む。
やはり普通の霧ではなかったようで、苦し紛れに放った爪も再び空を切る。
戦況は振り出しへと戻り、ボーガンを避け続ける作業に逆戻りだ。
「フール、ワイバーンで直接狙えないか?」
「無理だな。雑な攻撃だと巻き添えを食らいかねん。せめて動きを封じられれば……」
眷属ではないレッサーワイバーンでは加減が難しく、雑な命令しかこなせない。
結局はフール自らが敵の反応を探るしかないのだ。
「動きを封じる――できるかもしれません」
ライザが何かを閃いたようで、動きながらも器用に詠唱を行う。
顔面目掛けて飛来した矢をスレスレで避け、宙返りしながらバランスを整え着地すると、矢が飛んできた方向に向けて掌を翳した。
「アクアスプラッシュ!」
ライザの掌から放たれた水の塊が前方に拡散する。
それを何度も連発してやるとさすがに危機感を覚えたのか、襲撃者は鳴りを潜めて1ヶ所に留まった。
「よくやった! ――今だ、レッサーワイバーン!」
襲撃者が止まったのを感知したフールは、透かさずレッサーワイバーンにブレスを命じた。
口内に溜め込んだブレスが吐き出される前に、ライザとラーズグロムは距離をとる。
しかし敵も強者、ライザの魔法が止んだ直後、こちらに向かって動き出していた。
ドゴォォォォォォン!
上空へと舞い上がったレッサーワイバーンのブレスが、硬い土の地面を抉る。
しかし、そこに居たはずの襲撃者はすでにおらず、土埃を舞い上がらせるだけに留まった。
「チッ、外したか……」
思わず舌打ちをするフールであったが、危機はすぐそこに迫っていた。
ビシュ!
「――グッ!」
「フール!」
「フール様!?」
ラーズグロムの頭上を掠めた矢が、フールの尻尾を貫通していったのだ。
「心配ない。掠っただ――クソッ! 意識が……持ってかれる……」
「フール?」
矢は掠っただけなのだが、それには何らかの薬が塗られてたらしく、フールの意識は徐々に遠退いていく。
「クッ……このままでは……」
「そ、そんな――ライザ!」
するとライザの身体にも変化が訪れ、点滅しつつ消えようとしていた。
フールが意識を保てないと、彼女もまた送還される――つまり、召喚状態を解除されてしまうのだ。
「これは……マズ……」
ついにフールは意識を保てなくなり、ラーズグロムの頭上から転がり落ちていく。
直後ライザまでもが砂のように消え去り、気付けば上空のレッサーワイバーンも消えていた。
「クソッ!」
破れかぶれに剣を投擲するが当たるはずもなく、最後はボーガンの矢が突き刺さり、ラーズグロムも意識を失うのであった。
ゴトン……ゴトン……ゴトゴトン……
「ん……」
どのくらいの時間が経過しただろうか。
下から響く振動に揺られてラーズグロムが目を覚ますと、馬車の荷台の上で転がされてる状態であった。
起きようにも両手は後ろ手に縛られており、ご丁寧に両足までもが同じ有り様だ。
「お? 気が付いたようだな。――旦那ぁ、捕虜が目を覚ましやしたぜ!」
身体を捩って見上げると、無精髭を生やした中年男が御者に報告を行っていた。
すると御者の方からは「分かった」という渋い男の声が返ってくる。
旦那というフレーズからも察するに、御者をしている男が責任者的な存在なのだろう。
「しっかしよぉ、さすがはスピニーの旦那だよなぁ。バニッシュの野郎が無様に負け恥を晒したってのに、旦那は単独で成果を上げるんだぜ?」
「おぅ、それそれ。さっすが我らの大幹部だぜ。やっぱ大幹部で一番の強者はスピニーの旦那で決まりだな」
「だなぁ。バニッシュやコルネオスなんざ目じゃねぇぜ――ってな」
ラーズグロムが居るにも拘わらず、二人の構成員はスピニーの話題で持ちきりだ。
会話の内容から御者の男=スピニーであると分かり、更に大幹部であるスピニーが今回の襲撃者だという事も判明した。
「口を慎めお前達」
「「!」」
そんなスピニーが、お喋りが過ぎた部下二人を一喝する。
「ラーズグロムを捕らえたとはいえ、ソイツを援護していた獣人は見当たらない。加えてレッサーワイバーンらしき魔物も居ないとなると、どこかで奪還の機会を窺ってるのかもしれない。ソイツ以外あの場所には誰も居なかったのは事実である以上、絶対に油断はするな」
「「へ、へぃ!」」
それっきり二人は口を閉ざしてしまうが、貴重な情報も得ることができた。
(コイツらは僕だけしか確認できていない。つまり、フールはあの場所に取り残されたままなんだろう)
この事実は逆にありがたい。
もし発見されていれば、珍獣として捕獲される可能性もあった。
市場では魔物や動物に対して無条件で服従させる効果を持つ首輪等も出回っており、それを掛けられれば二度と再起は図れないだろう。
そう考えれば不幸中の幸いだ。
荒野での移動中に魔物との遭遇は0だった事実を踏まえれば、恐らくフールは無事だろう。
(状況は分かった。恐らくはウェスタンシティに運ばれてる途中なんだろうし、今は黙って様子をみよう)
下手に暴れると自分の命も危ない。
必ずや救出されるとラーズグロムは信じ、今はおとなしく待つ事にしたのである。




