救世主?
ラーズグロムが拘束されてから数時間。
幌の隙間から差し込む夕陽が彼の目を捉えると、その眩しさゆえに半眼になりつつ顔を背ける。
背けた先ではむさい男二人がアクビをしながら外を眺めており、緊張感のない時間が続いていた。
「御者を代われ」
「だ、旦那?」
御者をしていたスピニーが被っているテンガロンハットを外し、手下二人に呼び掛ける。
手下共は信じられないといった顔で二度見するが、手にした被り物を荷台に放ると、近くで胡座をかいていた男を引っ張り込み静かに告げた。
「……敵だ」
その台詞に手下二人はギョッとする。
御者は元々スピニーの意向で行っていた事であり、大抵の襲撃なら片手間で片付けてしまうのだ。
そんな大幹部であるスピニーが御者を代われと言ったのは、並みならぬ相手が現れたという事実に他ならない。
「で、ですが旦那、辺りにゃ誰も居ませんぜ? いったいどこに……」
強引に手綱を握らされた手下が足を踏み外さないよう御者台へ乗ると、片手を額に当ててキョロキョロと見渡す。
もう一人の手下も短剣を手に取り幌から顔を出すが、見慣れた荒野が広がるばかりで敵と思しき存在は発見できない。
(スピニーは敵だと言った。本来なら喜ぶところだけれど……)
周りが慌ただしく動く中、ラーズグロムも現状の把握に努めようと耳に神経を注ぐ。
もっとも理想なのはフールが救出に現れた事だが、それはあまりにも楽観的な考えだ。
ラーズグロムの敵は現在進行形で増え続けており、聖プリムラ教のフルストや貴人の密会のザルムスらの襲撃も考えられる。
特に後者の場合、襲撃に成功された時点でラーズグロムはあの世行きだ。
そこで彼は誰が現れたのかが明らかになるまで、ひたすら息を潜めることに決めた。
そんなラーズグロムの足元ではスピニーがうつ伏せでボーガンを放っている。
「チッ、中々の手慣れが4人もいやがる。少々不味いかもしれん!」
先ほどから何度も狙撃を試みるも、狙った相手が回避してる隙に他の3人が距離を詰めていた。
これは不味いとスピニーは脂汗を流す傍ら、ラーズグロムも苦虫を噛み潰した表情を見せる。
4人と聞いて真っ先に想像するのは、貴人の密会しかなかったのだ。
ザクッ!
「ギャッ!」
幌から顔を覗かせていた手下の喉に矢が刺さり、スピニーに寄りかかるように倒れ込む。
「チッ……クソが!」
もはや助からないであろう手下を外へと蹴落とし、再びスピニーは狙撃に戻った。
が、次の瞬間!
「グボッ……」
「何!?」
先頭の方から断末魔の声が聴こえたのだ。
さすがに焦ったスピニーが御者の方へと振り向くと、手綱を手放した手下がズルリと御者台から落下する瞬間が目に飛び込んできたのである。
しかし、それだけでは終わらなかった。
グラッ……
片方の車輪が手下に乗り上げ、馬車全体が大きく傾いたのだ。
すると馬車はバランスを保てなくなり……
ズズーーーーーーン!
「ぐっ……」
「フグッ!」
ついに馬車は横転し、僅かな地滑りを披露した後に停止した。
また停止したタイミングで積み荷に顔を埋める羽目になったラーズグロムは、身を捩って顔を離すと苦虫を噛み潰したかのような表情から一転して静かに目を閉じる。
馬車が停止した今、4人の手慣れが貴人の密会ならば助かる可能性はゼロだからだ。
(これまでか……)
パニクった馬が遠ざかっていき、馬車の中に静寂が訪れる。
さっきまで居たはずのスピニーも行方を眩ましており、この場に居るのはラーズグロムただ一人。
そこへ襲撃者同士の会話が彼の耳に入ってきた。
「どうだ? 中に居そうか?」
「……ああ、一人居るな。さっきの人間には逃げられたようだが……どうする?」
「いや、追わなくていいだろう。それよりも件の野郎を確保するぞ」
男2人の会話にラーズグロムはビクリと仰け反った。
ゆっくりと一歩一歩地面を踏みしめる音が、まるで死へのカウントダウンのように耳へと入り込んでくる。
ついに目と鼻の先で足音が止まり、バサリと幌が捲られた。
「っ……」
一瞬目を背けようとも思ったがせめて最後くらいは堂々としようと、夕日を背に佇む人影に顔を向ける。
「あ……ターゲットは無事です。一応は任務完了ですかね?」
逆光でよく見えないが、声から察するに女性のようだ。
そこでラーズグロムはやや緊張感を緩める。
貴人の密会には女性構成員が居なかったのを思い出したのだ。
それにターゲットは無事というフレーズをそのまま受け取ると、自分を助けにきたのだと理解できる。
「おいおい、まだ依頼は達成してないぜ? 何せコイツを依頼人の元に送らなきゃならねぇんだからな」
「っ!」
男の台詞に再びラーズグロムが顔を強張らせる。
依頼人ならばフルストの可能性も考えられるからだ。
しかし続く男の台詞によって、思わずラーズグロムは女性を二度見する事に。
「……それよりもだな、早く拘束を解いてやったらどうだ、カズヨ」
(カズヨ?)
「うん、そうよね」
荷台に乗り込んだカズヨという女性――いや、まだ少女と言ったほうがいいのかもしれない彼女が、ラーズグロムの拘束を解いていく。
そんなカズヨの横顔を見て、頭の隅に残っていた記憶が少しずつ甦る。
あれは2年くらい前だろうか。
亡き父であるムンゾヴァイスが、異世界より6人の勇者を召喚することに成功した時の事だ。
「よいところへ来た、ラーズグロム」
偶然にも謁見の間へとやって来たラーズグロムが、父ムンゾヴァイスに呼び止められ立ち止まる。
そちらに顔を向けると、玉座に腰を下ろした父からやや離れた場所で、見慣れない服装をした男女6人が跪いているのに気付いた。
「紹介しよう。本日から我が国の勇者として、正式に召し抱えることになった者共だ」
父の放った者共というフレーズに一瞬だけ眉を潜めるものの、すぐに普段通りの爽やかな笑顔を見せたラーズグロムは、簡単に自己紹介を行う。
「ラーズグロム・テル・プリムラです」
「僕は――」
ラーズグロムの自己紹介が終わると、6人は頭を垂れた姿勢を維持したまま自己紹介に移る。
一見すると不敬――と受け取られそうだが、この国では皇帝の言葉が絶対であるため、彼の許可なく面を上げる事はできないのだ。
これは彼ら6人が召喚されてから今日まで、徹底的に叩き込まれた礼儀作法を守っているにすぎない。
そして5人の自己紹介が終わり、最後の一人を迎えた時だ。
「諸星和代です。宜しくお願い致します」
「……面を上げよ」
和代の自己紹介が終わったところで、ムンゾヴァイスからの許可が下りた。
ようやく互いに顔を合わすことができるようになり、ちょうどカズヨを見ていたラーズグロムはハッキリとその顔を直視する形に。
「あ……」
「???」
まさか自分が見られるとは思ってなかったであろうカズヨは、頬を赤く染めつつ視線を落としてしまう。
一方のラーズグロムはよく分かってないらしく、顎に手を添えて首を傾げる。
以後まともに話す機会はなかったが、これが二人の出会いとなるのであった。
(間違いない。彼女はあの時の……)
回想を終えたラーズグロムが現実に帰ってくるなり、彼女の顔をマジマジと見る。
セミロングの黒髪に黒い瞳、声も微かに記憶にあり、名前も同じカズヨであることから同一人物だろうと確信し、気付けば声をかけてしまっていた。
「カズヨ、なぜキミがここに?」
「っ!」
その問いかけにカズヨはビクリと身を震わし、そぉ~っとラーズグロムへ顔を向けた。
「……覚えてらしたのですね」
「うん……」
なんと、カズヨの方もラーズグロムを覚えていたようで、どことなく気まずいようなそうでもないような微妙な空気が流れ始める。
そこで何とか場を和ませようと、話の主軸を逸らすことにした。
「確かアレクシス王国に亡命したって聞いたけど……」
「亡命……みたいなものかもしれません。どのみち、その……プラーガ帝国に戻る気もありませんし」
「……そうか」
プラーガ帝国の皇族を前にして言い難かったのか、表情を気にしながら答えるカズヨ。
ラーズグロムの視点ではプラーガに居た時よりもイキイキとして見えるので、それ以上は何も言えなかった。
再び微妙な空気が流れ出し、沈黙を保っている二人。
そんな空気をカズヨの仲間が吹き飛ばさんと現れた。
「なんだなんだ? もしかして知り合いかぁ?」
「え、え~と……」
黒装束に身を包んだ獣人の男がニヤニヤしながら中を覗いてきた。
「それともアレか? こっそり密会していた男か?」
「ち、ちちちち違う違う、そんなんじゃないってば!」
どうやらこの男、カズヨをからかう事に一定の楽しみを見出だしてるっぽい。
必死になって否定するカズヨが余程珍しいのか、肘で小突きながらもニヤニヤを止めない。
「ま~たまた、そんな風に誤魔化して」
「本当に違うんだって……」
「――からの~」
「だから違うって言ってるのに……」
「――なんてのは建前で実は~」
「ハット、もぅいい加減に――」
バゴッ!
「イデェ!」
馬車の外から投げ込まれた車輪がハットと呼ばれた男の頭に命中し、哀れな彼は大きなたん瘤を作って撃沈する。
「――ったく、他人が働いてる時にサボってんじゃないわよ、バカハット!」
車輪が飛んできた方に視線を向けると、金髪のロングヘアーを靡かせたダークエルフの女が、腰に手を当ててハットを見下ろしていた。
手にしたロープの先には逃げた馬に繋がっており、この女性が捕まえてくれたのだろう。
「って~なぁ。何も車輪を投げつけることはないだろ」
「いいから。あたしとカズヨで事情説明しとくから、アンタとカンマは外れた車輪の取り付けを宜しくね」
「へいへい……」
ハットは後頭部を擦りつつ、たん瘤の原因とも言える車輪を抱えて外に出ていく。
それを見送ったダークエルフの女がラーズグロムに向き直り、事の経緯を語り出す。
「一応自己紹介しとくけど、私はノアーミーでそっちがカズヨ。見ての通り、私達は闇ギルドの構成員――っていうのは昔の話。今はとある人の直属の手駒として動いてて、その人の命令であんたを捜してたってわけ」
「ある人?」
ラーズグロムはある人という部分に引っ掛かりを覚える。
自分を捜してる人物で闇ギルドに依頼しそうな者と言えば、兄達しか思い浮かばない。
だが兄達の差し金なら、わざわざ親切に説明してはくれないだろう。
ではいったい誰なのかと思考するが、思い当たる人物がまったく出てこない。
「あ~、多分あんたの知らない人よ。クライアントが別にいて、その人から私らのボスに依頼が入ったの。覚えてる? クライムの街で会おうって言った、ナレックっていうダンジョンマスターの事」
「ナレック! それなら知っているよ。何せナレックに会うためにクライムの街を目指してるんだからね」
どうやら先方が気を利かせて捜索願いを出していたらしく、そのお陰で命拾いができたと言えよう。
「ま、とにかく無事だったんだし、このままクライムの街まで――「ちょ、ちょっと待ってほしい!」
ノアーミーはこのまま撤収すると言ったが、そういうわけには行かない。
「何かしら?」
「仲間がウェスタンシティで捕まったままなんだ。彼女達を見捨てることはできない」
慌ててノアーミーを止めると、自分だけ助かるわけにはいかないと伝える。
レシルとジュリアは捕らわれたままだし、フールの行方も分からないのだ。
「う~ん……でもねぇ、捜索依頼はあんた一人に対してだし、私らが勝手に――」
「――頼む、この通りだ!」
「え!?」
土下座をして荷台に頭を擦り付けるラーズグロムを見て、ノアーミーは目を丸くして驚いた。
たかが同行者二人のために、皇族が頭を下げる――ましてや土下座をするとは思っていなかったのだ。
一方のカズヨは、微笑ましいものを見るように柔らかい表情を浮かべていた。
仲間思いなのは良いことだと思っているのだろう。
「ま、いいんじゃねぇの? 俺も逆の立場だと素直に喜べねぇし。な、カンマ?」
先ほど出ていったハットが戻ってくるなり、ラーズグロムの要望に理解を示す。
すると一緒に現れたカンマという獣人もコクりと頷いた。
「……同意。手遅れでないのなら助けるべきだろう」
二人の構成員が了承の意を示す。
それを見たノアーミーも軽く肩を竦めると、ヤレヤレといった表情でカズヨへと視線を向ける。
「助けに行きましょう」
カズヨはラーズグロムの手を取り、力強く頷いた。
「あ、ありがとう!」
満面の笑みで顔を上げた彼を見て、真顔に戻ったカズヨはポツリと呟く。
「私の知る5人は、助けることができなかったから……」
「ん? 今なんて?」
「あ、何でもない。何でもないの……。それよりウェスタンシティに急ぎましょう」
ブンブンと首を振って他の面子を見渡す。
他3人も頷くと、カンマは馬へと股がり手綱を手に取る。
夕日に照らされた馬車はウェスタンシティへと向かうのであった。




