ホビットの洞窟
無事にオルベノを脱出した一行は、街から東に三キロほど離れた山々を前に立ち往生していた。
道なき山であるため登るには激しく時間を消耗するだろうし、迂回しても結局は時間がかかる。
ならば抜け道がないかとジュリアが鑑定しまくった結果、麓にポッカリと空いた洞窟を発見したのだ。
どうやら山の向こう側まで繋がってるようで、これ幸いと入り込もうとしたのだが……
「止まれ! ここはお前らのような連中が来るところじゃないぞ!」
「……その姿は……ホビットか?」
「そうだ!」
草の匂いがする質素な服を着た短髪の男の子はホビット。
いや、実際の年齢は不明のため子と付けるのは失礼かもしれないが、彼らの特徴は人間の児童と同等の背丈であり、身体能力も高くはないらしい。
彼の後ろにも警戒心を露にしたホビット数人がこちらの様子を伺っていた。
「この洞窟は向こう側まで繋がっているのだろう? 僕らはここを通りたいだけなんだ」
「そんなことを言って、オイラ達の住み処を荒らすつもりだろう? そんな真似は許さないぞ!」
どうやら完全にこちらを敵対視してるようで、通すつもりはないらしい。
「向こう側に行きたいだけだっつってんでしょ! なんでアンタらの住居をあらさなきゃならないのよ、いいからどきなさいよ!」
「黙れ! やはりお前らは信用出来できない」
ホビットの態度に頭にきたジュリアが地団駄を踏みながら喚くが、相手は頑なに拒んでくる。
さてどうしようかと考えたところで、再びホビットが口を開いた。
「どうしても信用されたいなら、この山の中にあるラカオの木の実を取ってこい。そうしたら考えてやる」
「ラカオの木の実?」
ラーズグロムが詳しく聞くと、山を少し登った辺りににはラカオという木が生えており、その木にはホビット達の好物である甘味が含まれているらしく、それを取ってきてほしいのだという。
なんとも単純な話だが、それで信用されるなら容易い。
日が落ちるまでには時間がありそうなのもあり、一行は山の中へと入ろうとするが……
「待て。人質として1人この場に残ってもらおうか」
「人質ですってぇ!?」
ジュリアが髪を逆立てて威嚇すると、ライザも微かに殺気を籠める。
頼まれたから行くというのに、人質とは穏やかではない。
さすがのラーズグロムも眉を潜めてホビットを見下ろすように言った。
「ここで人質を取る理由はないと思うのだけれどね? そもそも信用してない相手に対して依頼するのも矛盾している。君達はラカオの実が欲しいだけなんじゃないかな?」
「うぅ……」
ズバリ言われてホビットが冷や汗を流す。
さっきまでの強気な姿勢も薄くなったのも気のせいではないだろう。
「だ、だけど、オイラ達のテリトリーを通ることには変わらないだろ? だったら通行料を貰う権利だってある! ……はず」
「はぁ……」
どうやら図星だったらしい。
あまりにも馬鹿らしくて、ラーズグロムは眉間を押さえつつ首を振る。
「それならあたしが残るよ?」
「レシル?」
「そうしないと通れないんでしょ? あたしはここで待ってるから」
なんと、レシルが人質役を受けるという。
「ならジュリアも残るわ。レシル一人だと可哀想だし」
「……分かった。すぐに戻ってくる!」
これ以上は時間の無駄になると判断したラーズグロム達は、やむ無く二人を残して山を登っていく。
「ラーズグロムよ、なにも素直に引き受けることもなかったであろう?」
「ああ、その事かい」
確かにフールの言う通りで、初対面の相手を都合よく利用しすぎであった。
それこそ強引に突破することも不可能ではなかったが、ラーズグロムとしては悪評が広まるのは避けたかったのだ。
「只でさえ僕は皇帝殺しとして広まってしまったからね。だったらせめて、良い噂が広まってくれてもいいんじゃないかってね」
「何とも面倒なものだな……」
しばらく歩くと、ホビットの言っていたラカオの木と特徴が一致する樹木を見つけた。
四方に長く延びた尖った葉に隠れるように大きな木の実がなっているのを確認すると、ライザが素早く駆け上がっていく。
「ライザよ、アサシンスネークだ!」
「分かっています」
木の葉に隠れたアサシンスネークの反応を掴んだフールが、ライザに注意を呼び掛ける。
シュシュシュシュ!
「ギシャァァァ……」
だが既に把握していたようで、爪を飛ばして串刺しにすると、そのまま地上へと落下させた。
「ラーズグロム、下で受け取りなさい」
「分かった」
赤ん坊ほどの大きさがある木の実を3個受け取とると、最後にライザが飛び降りてくる。
再び彼女に木の実を渡し、ついでに仕留めたアサシンスネークも拾い上げると、レシル達が待つホビットの住居へと引き返す。
しかし直後、悠長に木の実を取っていたことを、一行は後悔する事となる。
「ん? どういう事だ……」
「フール?」
いつもの定位置にいるフールが異変に気付く。
「急げラーズグロムよ、レシルとジュリアの反応が感じられない!」
「なんだって!?」
反応がない――つまり、ホビットの住居に二人は居ないという事になる。
切羽詰まった話し方で冗談ではないと分かったラーズグロムは慌てて駆け出すと、その後ろをライザが追いかけていく。
最悪ホビット達が裏切った可能性も考えられ、その場合は遠慮なく叩っ斬ると心に決めた。
「レシルーーーッ! ジュリアーーーッ!」
ホビットの住み処に戻ったラーズグロムは堪らず声を上げる。
二人が居ない事は既に分かってはいるが、己が目で確認しなければ納得できない。
だが這うようにして奥へと駆け込んだラーズグロムが目にしたのは、負傷したホビットがあちこちで踞っている様子であった。
「おい、しっかりしろ! いったい何があったんだ!?」
「う……うぅ……さ、さっきの人間か……」
入口で一行を止めたホビットが、ラーズグロムに支えられて起き上がる。
急を要するのでポーションを彼に振りかけ、事情を聞くと……
「獣人だ……獣人が徒党を組んで攻めてきたんだ」
「獣人が?」
どうやら一行が居ない間に何者かが襲撃してきたらしい。
「ソイツらは、お前達の仲間を強引に連れ去って……。オイラ達も抵抗したんだけれど、アイツらとんでもなく強かったんだ。そして去り際にこんな事を言い残してきやがった」
『奴らが戻ったら伝えろ。二人を返してほしければウェスタンシティまで来い――とな』
ギリ……
――という音が聴こえてきそうなほどに、ラーズグロムは歯に力を込める。
ウェスタンシティという名の街で真っ先に関連してくるのは、闇ギルド――カタコンベしかない。
ドンッ!
「クソッ、奴らは陰ながら隙を窺ってたのか!」
悔しさのあまり、ラーズグロムは地面を殴りつけた。
硬めの土が軽く陥没し指の形がくっきりと残ってるのを見ると、ありったけの力を込めたのだと想像できる。
「行きましょう、ラーズグロム。追いかければ間に合うかもしれません。その悔しさは連中にぶつけてやりなさい」
「そう……だな……。うん、こうしてはいられない!」
ライザの助言――正確にはフールからの念話を受けたライザが代弁したのだが、それによりラーズグロムは立ち上がる。
「二人は必ず取り戻す。その時はここを通してもらうぞ!」
ラカオの実を包んだ袋を無造作に放り投げ、ラーズグロムは出口に向けて走り出す。
透かさずライザも走り出すと、ラーズグロムと並走しつつ口を開いた。
「ウェスタンシティは、ここからだと北西になります。出口付近にトルネードホースを召喚してますので、フール様に感謝しつつ急ぐとしましょう」
「助かるよ。フールが居なきゃ何もできないな僕は……」
軽く落ち込みを見せたところで、フールから意外な言葉をかけられた。
「何を言っている。お前の仲間を思う心が、俺をその気にさせているのだ。もしもお前が自分勝手な奴ならば、とっくの昔に見捨ててるところだぞ」
「フッ、ありがとう。ならば絶対に二人を助けないと!」
「うむ、その意気だ」
日が沈みかけている荒野を、二人と一匹が駆け抜けて行くのであった。




