領主の企み
荒野のど真ん中にある街――オルベノ。
この街はウィンザーナ子爵という妙齢の女性貴族が治めており、彼女の性格は周囲に流されやすいという一部の人種にとっては大変扱いやすい領主であった。
そのため接触してきた闇ギルドのカタコンベにより、ラーズグロム捕縛に意欲を示すようになる。
「ラーズグロムを捕らえたというのは本当か!?」
「ハッ! この街の門を潜ろうとしたところで巡回中の兵が気付き、その場で取り押さえたと報告を受けております!」
タイミングよく届いた吉報に胸踊らせソファーから飛び上がると、扇子をパシパシと叩きつつ今後の展開に思考を巡らす。
「でかしたぞな! プラーガ敵対派に渡すか穏健派に渡すかは即決できないが、まずは条件を吊り上げつつ見返りを要求するのが妥当なところぞな」
ついつい欲が出たウィンザーナは、ラーズグロムを取引材料にしようと目論む。
しかし、元はと言えばカタコンベからもたらされた情報により運良く捕らえただけなので後々カタコンベに奪われる可能性が高いのだが、そこまでは考えていないらしい。
「よし、さっそくここへ連れて参れ。間抜けな姿をじっくりと観賞してやろうぞな」
「お、お言葉ですが、ここへ連行するのは少々危険かと存じます。なにせあのカタコンベの構成員が何人か犠牲になっておりますので、大変失礼ながらこちらから出向くのを推奨致します」
「む? むむむ……。そ、そやつはそれほどまでに恐ろしい相手であったか……」
強気だったウィンザーナが急に弱々しくなる。
連れ出そうとして逃げられる危険性も考慮し、最終的には子爵自らが出向く事に決めた。
……が直後、息を切らした兵士が部屋へ飛び込んでくる。
「ほ、ほ、ほ、報告しまぁぁぁす!」
室内にいた子爵と兵士が何事かと顔を向けると、真っ青な表情で見上げた兵士からとんでもない報告がなされた。
「た、た、只今、街のあちこちに魔物が出現し、街中がパニックになっておりまぁす!」
「ななな、なんぞぉ!?」
「魔物の勢いは凄まじく、このままでは陥落してしまいまぁぁぁす!」
オルベノのいたるところにグレーウルフの群が現れ、兵士のみを襲ってるのだという。
Eランクという微妙に強い魔物であるため、1対1ならともかく多勢に無勢な状況に今も被害が広大中である。
「こ、このような事が……」
言われて窓にへばりついた子爵は、灰色の狼が徐々に自身のいる邸に集まりつつあるのに戦々恐々だ。
「我が私兵を総動員する。すぐに迎え討て! カタコンベの奴らにも対応させるぞな!」
「ハッ!」
慌ただしく退室する兵士を見送り、再び窓の外を伺う。
「……いったい何が起こってるというのだ。このような出来事は過去に例がないぞな」
それもそのはず、オルベノ付近の荒野では魔物の生息数は圧倒的に少ない。
加えてダンジョンマスターの存在も確認されておらず、魔物が攻めてくる可能性は考慮されてはいないのだ。
そんな天変地異がオルベノを襲ったため、ウィンザーナの頭からはラーズグロムの存在がスッポリと抜け落ちてしまうのである。
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「ガハッ! ――ックショウ……」
2人の番兵が血溜まりに沈むと、ソレを行ったラーズグロムが剣についた血を振り払う。
一度は奪われた剣だが、ペニーが無事取り戻してきたのだ。
「他に見張りは居ないみたいだ。後は地上がどうなってるのかだけど――「それなら問題ねぇぜ」
上の階からヴォイドが戻ってくると、ラーズグロムの言葉に被せる。
彼はペニーが荷物を取りに行ってる間、地上の様子を窺っていたのだ。
「地上じゃ兵士共が狼相手に大忙しさ。さしずめグレーウルフだけのスタンピードだな」
スタンピードとは、様々な魔物が入り混り大暴走を起こす現象の事だ。
普段から魔物に慣れていないであろうオルベノの兵士には、なおのこと荷が重いだろう。
「分かった。――とにかく今はこの街から脱出しよう!」
一行が牢から脱け出し地上へと出てみれば、いたるところで兵士が死傷していた。
既に多くのグレーウルフは領主の邸へと向かっており、辺りでは散発的な戦闘のみが行われている状態だ。
「門を突破するなら、がら空きの今しかなぇぜ!」
ヴォイドの先導で一番近くの門を目指す。
店や民家は締め切られ、通行人のいない大通りを堂々と走っていた一行だが、あと少しというところでライザが舌打ちしながらその場に急停止した。
「追っ手のようです。よほど逃がしたくないのでしょう」
後ろに振り向き身構えるライザを見て、他の面々も立ち止まる。
「動きの速い獣人が5人、貴方達の同類でしょうね」
ライザが元構成員にチラリと視線を送ると、それに答えるようにヴォイドが軽く頷く。
何故分かる? ――などと野暮な事は聞かない。
ヴォイドやペニーからみたラーズグロム一行は、とことん異質で得たいの知れない恐怖の的だ。
藪をつついて蛇どころか竜が出てくるのは避けたいところだろう。
「――貴方達、今のうちにお逃げなさい。どうせ向こうの狙いはラーズグロムなのでしょうから、簡単に逃げきれるでしょう」
「……いいのか?」
「ええ。他の構成員に見つかって刺客を送られるよりは100倍増しでしょう?」
「フッ……確かに」
ライザに言われてその場から離れていく二人。
しかし、何かを思い出したヴォイドは一旦立ち止まると、懐から取り出したバッジをラーズグロムへと放り投げる。
「カタコンベに所属してるという明かしになるバッジだ。もしかしたら役に立つかもしれんし、お前らにくれてやる」
「うん、ありがとう」
続いてペニーからは、助言めいた情報をもたらされる。
「お気をつけ下さい。カタコンベには組織を支える三本柱が存在します。大幹部の彼らは他の構成員とは比べ物にならないほど強力ですので、出会ったらご注意を。では……」
そう言い残して今度こそヴォイド達は去っていく。
すると彼らと入れ替わるように5人の獣人が姿を現し、レシルとジュリアはラーズグロムの後ろへ隠れた。
「ラーズグロム、貴様を逃すわけにはいかん。おとなしくしてもらおうか」
一歩前へ出た虎獣人が爪をカチカチ鳴らすと、他の獣人もそれぞれの得物を手にジリジリと距離を詰める。
「……カタコンベか?」
「その通り。お前がおとなしく捕まるというのなら、他の者には手出しはしない」
「…………」
やや間を置いてラーズグロムが剣を鞘へと収める。
一瞬ではあるものの、投降するのかと獣人達は気を緩めてしまったのが運の尽き。
「グワァァァッ!」
「フゴッ……」
「「「!?」」」
自身から目を離したのを見たライザは、透かさず兎獣人の心臓目掛けて爪を突き立て、そのまま脇をすり抜けつつ豚獣人の首を跳ねた。
一瞬のうちに2人の獣人がライザの前に倒れ、残りは3人。
「クソ――ゴハッ!?」
「――遅いですね。それでも闇ギルドなのでしょうか? ――フン!」
ドゲシッ!
初動が遅れた虎獣人もライザの爪により絶命し、邪魔だとばかりに蹴り飛ばされる。
残りは2人。
ライザが予想以上に強いと感じた獣人達は、リーダーだった虎獣人が殺られてる隙にラーズグロムへと迫る――が!
ガキン!
「僕を狙った代償は高くつくぞ?」
「チッ、雑魚のくせに!」
猫獣人の剣を上手く受け止め鍔迫り合いへと持ち込む。
1対1なら善戦できるラーズグロムは、闇ギルドの構成員相手でも太刀打ちできる。
「バカめ、横がガラ空きだ!」
最後の1人――鼠獣人が隙ができたラーズグロムへと斬りかかる。
――と、そこへ鼠獣人の顔目掛けて包み紙が飛来し、見事顔面に命中!
ボフッ!
「ぐぉぉぉぉぉぉっ! め、目がぁぁぁ!」
ジュリアが投げ付けた包から黒い煙が舞い上がり、鼠獣人が目を抑えてのたうち回る。
「へへ~ん、超辛黒唐辛子の威力はどうよ?」
投げ付けたのは黒唐辛子という香辛料。
干し肉に使おうと考え購入したものだが、これが目に入ってしまうと文字通り涙目一直線な痛みが襲う。
「終わりです」
「ゴフッ……」
最後はライザがトドメを刺し、見ればラーズグロムの方も無事終わっていた。
「他に反応はない。今のうちに逃げるぞ」
「分かった!」
懐からヒョコっと顔を出したフールに安全宣言を出され、ラーズグロム一行は外に向けて駆け出していった。
一行が去ってからしばらく。
フールが離れた事で次々とグレーウルフが消滅していき、ようやく街が落ち着きを取り戻した。
表が静かになったところで、恐る恐るといっか具合に住民達が家屋から顔を覗かせる。
死傷者(全員兵士)はいるが魔物が居ないのに安心し、ホッと胸を撫で下ろしつつ外へと出てくる。
先程のアレは何だったのかと多数が首を傾げる中、身長が3メートルちょいある熊獣人が辺りを見渡しながら練り歩き、血溜まりに沈む5人の獣人を見つけて軽く舌打ちした。
「チッ、使えない奴らめ。まんまと逃げられちまったか……」
彼こそは、5人の獣人達の更に上に立つカタコンベの幹部――バニッシュという男である。
差し向けた部下が全滅したのを受け表情を曇らせたが、直後にはクックッと笑いだし、犬歯をギラリと覗かせた。
「フッ、いいだろう。久々に身体を動かしてやろうじゃねぇか!」
闇ギルドの構成員を簡単に伸してしまう存在など多くない。
ならば楽しめそうだと上機嫌に街の外へと歩き出すのであった。




