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誘われし貴族 僕は再び返り咲く!  作者: 北のシロクマ
序章:帝国からの脱出
2/105

スラムの住人

「してラーズグロムよ、これからどこへ向かうのだ?」

「それなんだけどね、やはりここに隠ってても、見つかるのは時間の問題だと思うんだ。だからできるだけ早く森を出て、国外に出るのが得策かと思ってね」

「国外逃亡か……」

「うん。幸い剣の心得はそれなりだし、逃げた先で冒険者として細々と生活するのもいいかなって」


 今現在彼らがいる森は、広さはそこそこながらもそそり立った崖で覆われており、街へ出なければ移動は難しい状態にある。

 しかし森を出てしまえば、そこは皇帝のお膝元とも言える帝都――デルフォンであり、一度も見つからずに移動するのは難しい。


「夜になったら強行突破するつもりだ。闇に紛れれば少しは見つかり難くなる」

「賢明だな。ところで話は変わるが、何故お前が皇帝暗殺の容疑をかけられてるのだ? 皇位継承権は4番目なのであろう?」

「……それは僕にも分からない。ただ兄上姉上は日頃から権力争いを行ってるから、手打ちという形で僕に擦り付けたのかもね」


 やや表情を曇らせると、ラーズグロムは己の推測を語る。その口調からは若干の刺々しさが感じられ、兄達に対して軽蔑してる様子が伺えた。

 

「なんともやりきれんな。一方的に巻き込まれただけではないか……」

「お家騒動なんて所詮はそんなものさ」


 つまらなそうにラーズグロムは吐き捨て、足元の小石を蹴り飛ばす。

 彼の頭の中では権力争いというフレーズにより、長男バドラーゼと長女ニースレイの激しい罵り合いを連想していた。


「特に上二人は性格が父上に似たのか、肉親の僕にさえ冷たい。次男のザファーク兄さんは全然マシだけど」


 バドラーゼは武を示す事で他の者が従うと盲信しており、とにかく力を誇示する傾向が強い。

 一方のニースレイは知により国を繁栄させようと考えており、無能だと思われる者は容赦なく切り捨てる傾向が見られる。

 そしてこの二人とは別に、次男のザファークが皇位継承3位に位置しており、彼は人徳によりのし上がろうと奮起していた。


「ふむ……その三人のうちの誰かがお前を嵌めたのだな?」

「――だと思うよ。実際に暗殺命令を下した人物と僕に擦り付けた人物とでは違う可能性もあるけれど。せめてザファーク兄さんは関わってないと信じたいが……」

「…………」


 詳しく知らないフールに現状起こっている事を簡潔に説明する。

 その醜い内容によりフールは眉を潜め、ラーズグロムは俯きながら語った。


「ならば無実を証明し、お前を嵌めた奴に復讐すべきではないか?」

「ふ、復讐? けどそれは――」


 フールが立ち止まり呼び掛ける。

 ラーズグロムもつられて立ち止まり、フールの言葉に驚き振り返った。


「どのみち何もしなければ殺されるだけだぞ? 例え逃げ切れたとしても、お前は皇帝暗殺という罪を一生背負ったまま生きていくことになる。結果、追っ手の影に怯えながら生活することを強いられるのだ。それでもいいというのか?」

「…………」


 改めて考えると、非がない自分が追われるままという現状には納得いかない。

 それに冷徹さゆえに尊敬できなかったが、父――ムンゾヴァイスの暗殺など考えたこともないのだ。

 そんな自分が何故コソコソと逃げ回らなければならないのか――考えれば考えるほど理不尽だと思えてくる。


「……確かに。フールの言う通り無実を証明し堂々と街中を歩けるようにならなければ、僕を支えてくれてた人達に会わす顔がない」


 詰め掛けた兵士から逃れる際、邸に勤めてた平民達はこっそりとラーズグロムを抜け穴から逃していた。

 その好意は嬉しく思ったが、恐らく彼らは全員殺されているだろう。

 ならばラーズグロムがすべきことは、自身の潔白を証明し死んだ彼らの分も生き延びることだ。

 そう決意すると、ラーズグロムが顔を上げる。その目には先ほどまで見れなかった力が確かに籠っていた。


「フール、僕は決めたよ」

「……ほぅ?」

「僕は生き延びなければならないんだ。犠牲になった者達のためにも。――兄上達が僕を害するというのなら、僕は足掻く。そして()()()――」




「――討ち取る!」

「うむ」


 決意を新たにしたラーズグロムを見て、フールはうんうんと頷く。

 フールとしても、情けなく逃げ回るよりは堂々と立ち向かってくれるのが好ましかったのかもしれない。


「ありがとう。フールのお陰で吹っ切れたよ」

「それは良かった。俺としても過去の俺と同じ末路に陥るのは見たくはなかったのでな」


 そう言うと、フールはどこか遠い目をして空を見上げる。


「過去? そういえばフールの過去を聞いてなかったね。いったい何が――」

「聞いてて気分のいいものじゃないぞ? まぁどうしても聞きたいのならそのうち話してやろう」

「……分かったよ」


 今度はフールの番という感じに水を向けたラーズグロムだったが、フールの様子からは今はまだ話したくないという雰囲気が伺えたため、それ以上は追及しなかった。


「代わりといっては何だが、俺の知ってる知識を披露してやろう。こう見えてもそれなりに知識は豊富だからな」

「プッ――なんだいそれ?」

「む、あまり信用してないな? まぁ聞け。どうせ夜まですることがないのだ。お前の生存率が上がるかもしれぬし、心して聞くがいい」


 自信満々のフールに苦笑いしつつラーズグロムは耳を傾ける。

 時には笑い、時には首をかしげてるうちに日は落ちていき、少し早めの夜食を終えると帝都に向かって歩き出した。




「ふぁ~ぁ。しっかしラーズグロムはまだ見つからねぇのかなぁ」

「おい、気を付けろ。隊長に見つかったら怒鳴り散らされるぞ? 【門番たるものアクビをするとは何事か! そのアクビ1つで人一人が死ぬと思え!】ってな。ラーズグロムも見つかってないんだし、もしかしたらここに来る可能性もあるんだからな」

「分かってるって。けどよ、森に隣接する門は20ヵ所もあるんだぜ? そのうちの一つとなれば僅か5%なんだし、そう簡単に遭遇しねぇって」

「だといいがな。守りが手薄な今だと強行突破されかねないが、もし取り逃がしたら見習いに降格だぜ……」


 彼らの言う通り門は全部で20ヵ所あるのだが、妙なことに封鎖はされてない。

 理由は指揮系統が乱れてるためで、バドラーゼとニースレイによる手柄争いも原因のひとつなのかもしれない。

 そんなわけで彼ら門番は失態を怖れるあまり、ラーズグロムが来ないことを祈っているようだ。

 が、残念なことにその様子を(うかが)っている者が上空におり、彼らの様子はチャージクロウという一羽の烏によりしっかりと主であるフールへ届けられていた。




「なるほど。指揮系統が混乱してるのか、封鎖されてないのなら予定通り強行突破しよう」

「うむ、承知した」


 ラーズグロムの頭に乗っていたフールが頷くと、即座にチャージクロウへ命令を出す。


『チャージクロウよ、門番を挑発し注意を引き付けろ』

「カァ~」


 フールが念話を通して命じると、チャージクロウが兵士の頭上へと接近する。

 そして誰しもが嫌がる()()を投下した。


 ポトッ


「うん? 雨でも降ってきたか?」

「ゲッ! お前それ、チャージクロウの糞だぞ!」

「な!? くっそ~、低ランクのくせにバカにしやがって! ――アイツか!」


 ヘルムを外すとベッタリと黄ばみが張り付いており、門番は顔を真っ赤にしながら弓を手にとる。


「っざけやがって――死ね!」


 怒りに任せて矢を放つが、チャージクロウは透かさず回避した。

 この烏はFランクの魔物であり、戦闘能力は低いが空高く飛行出来るのが強みだ。


「やっろ~、逃げんなクソったれ!」

「お、おいバカ、持ち場を離れるな!」

「っせぃ! 馬鹿にされたまま引き下がれるかってんだ!」


 もはやもう一人の門番の声も届かぬくらい頭に血が上っており、離れていくチャージクロウに追撃を開始する。

 その様子を茂みから(うかが)ってたラーズグロムが、意を決して動き出す。


(門番が一人離れたか。周囲には誰もいないし、行くなら今だ!!)


 離れてく相方に不安げな視線を向ける門番に、後方からそっと忍び寄る。

 そしてある程度距離が縮まったところで、一気に駆け出した。


「ん? 誰だ――」

「ハァァッ!」


 ドスッ!


「ガッ!? くぅぅ……お、お前は……」


 足音に気付き門番が振り返った瞬間、深々と剣が突き刺さる。


「すまんな……僕はまだ死ねないんだ」

「ラーズ……グロム……」


 剣を引き抜かれ、力なく横たわる門番。

 彼が最後に見たのは、今もっとも懸念すべき相手であったことは言うまでもない。


「よし、上手くいったぞ! このままスラム街を通って外に出よう」

「うむ」


 門番を仕留めると、ラーズグロムはそのまま中へと入り込み、フールも後に続く。

 もう一人の門番はいまだ烏と(たわむ)れており、門の状況はお構い無しだ。この様子だとしばらくは気付きそうにない。


「しかしスラム街とは思い切ったな。身形の良いお前だと絶好の鴨だと思うが?」

「それでも表通りを堂々と行くよりはマシだよ。貴族やその使用人に目撃される可能性もあるし、巡回してる兵士もいるんだから」

「それもそうか。――だが気を付けろ。()()()()()とすぐに入れ食いだ。ここの連中を()()()()()ところでなんの得にもならん。寧ろ面倒なだけだ」


 と言いつつ、フールが後ろを気にする素振りを見せる。

 どうやら既に()()()()()()()()()()ようだ。

 ラーズグロムもそれに気付き、肩に乗っているフールと小声で話し出す。


「正確な数は分かるかい?」

「複数――そうだな、少なくとも2より上だ」

「強さは?」

「さすがに分からんが、闇ギルドの構成員でもない限り大丈夫だろう」


 既に3人以上のならず者が尾行してるらしく、どうしようかと思考を巡らす。


(参ったな……目立つのを避けるため敢えて歩いてたんだが、逆効果だったか?)


「スラムの住人に構ってる暇はない。とはいえ表に出るとすぐに見つかってしまう。そろそろ門が突破されたのに気付かれてるだろ?」

「ご名答。チャージクロウの視点だと、戻った門番が慌てて報告に行ってるな。じきに騒がしくなるだろう」


 こうなれば森を捜索中の兵士達もすぐに呼び戻され、帝都内の捜索に切り替えるだろう。

 ラーズグロムの思ってる通り、今から表通りに出るのは逆に危険である。


「表通りには戻れないな。このままスラムの奥に向かうよ」

「おいおい正気か?」

「勿論さ」


 フールは驚いてるが、ラーズグロムには密かな考えがあった。


(スラムなら大抵どこかに抜け道があるはず。それを利用できればこっそり帝都を脱出することができる)


 スラムを拠点にしてるのは、闇ギルドという裏家業を営む組織が大半である。

 彼らが外に出る際は、ばか正直に門を通ったりしない。使うのは()()と呼ばれる外への抜け道だ。


(しかし、そうなるとスラムのボスと()()()()必要があるかもしれない……ん?)


 ふと気になる光景が視界に映り込む。

 遥か先の通路を、大きな袋を抱えた男達が横切ったのだ。

 一瞬回り込まれたと思い警戒したが、どうやら別口らしい。

 

「あの袋の中身――未成年の獣人だな」

「え?」

「恐らく誘拐か何かだろう。よくある事だ」


 珍しいことではない。スラムの住人は世間の爪弾き者の集まりだ。フールの言うように犯罪者など掃いて捨てるほどいる。


「くっ」


 だが爪弾き者ではないラーズグロムは看過することが出来ず、気付けば走り出していた。


「おいまさか――」

「すまないフール。だが今その獣人を救えるのは僕らしかいないんだ」


 男達はすぐに見つかった。

 ラーズグロムは剣に手をかけ呼び止める。


「待て、お前たち! その中身をどうする気だ!?」

「あ? んだテメェ、文句あんのか?」

「質問に答えろ!」

「んん? おいおいコイツ、正義の味方気取りだぜ? しかも貴族みたいな(なり)しやがって、頭がイカれてやがる」

「「「ギャハハハハハハ!」」」


 まさか正義感を前面に出した少年が現れるとは思わず、男達はゲラゲラと笑い出した。

 そこへラーズグロムの背後からも別の男達が現れ、笑いに参加する。


「おう、マジでイカれてやがるぜ。一人でスラムに入り込むほど無知らしくてな、恐らく本物の貴族の坊っちゃんだろう」

「マジかよ!?」


 目の前の少年が貴族だと言われ、目の色を変える。

 ()()という名目で金を要求すれば、たんまりと手に入る可能性が高い。

 つまりは身代金だ。


「分け前は等分な」

「いいぜ。貴族からの金となりゃ、しばらくは遊んでくらせらぁ」


 住人同士の話はついたようで、それぞれ得物を抜いてラーズグロムを取り囲む。

 一方フールはこうなることを予想してたらしく、ため息混じりに召喚を始めた。


「まったく……バカだよお前は。見ず知らずの獣人のために危険を冒すとはな」

「その……まぁ……すまない」

「だがそんなバカは――」


 男達の後ろに魔法陣が出現し、中からグリーンウルフが現れる。その数なんと20匹だ。


「――嫌いじゃない。さぁ殺れ、グリーンウルフよ!」

「「「グルルルゥ!」」」


 フールの命令で、グリーンウルフが一斉に飛びかかる。


「ま、まさか召喚師!?」

「ええいクソッ、さっさとやっちまえ!」


 Fランクとはいえ数が多いと厄介な魔物だ。

 一匹倒してる間に別の狼に噛みつかれ、次々とならず者は負傷していく。


「ちっきしょう! 数が多――ギャッ!」

「やべぇ、利き腕をやられた! だ、誰かコイツを引き剥がしてくれ!」

「く、首に――グェェェ……」

「くそぅ!」


 ならず者の腕や足が転がる地獄絵図となった辺り一面。

 もはや勝機はないと判断した一部の男が逃げ出そうとするが……


「逃がさん!」


 ザクッ!


「ヒィィィィィィ!?」


 ラーズグロムが行く手を塞ぎ、地面に剣を突き刺す。

 完全に男は腰を抜かし、化け物を見るように彼を見上げた。


「あ、あ、あの小娘ならくれてやる。だ、だから命だけは――」

「……その子はどうやって拐った?」

「て、帝都の外で馬車を襲ったんだ。そしたら中に小娘がいたから奴隷商に売りつけ――ギャッ!」

「フール!?」


 奴隷商というフレーズが出た瞬間、グリーンウルフが男の首を食い千切った。

 当然フールによる命令だ。 


「……昔似たような光景を見たことがあってな、このような男は許せんのだよ」

「……そうか」


 フールの過去。

 それに関するためラーズグロムは敢えて流した。


「してラーズグロムよ、こっちの袋はどうする?」

「勿論解放するよ」


 気持ちを切り替え袋を解いていく。

 すると……


「モゴモゴモゴ!」


 中から出てきたのは犬獣人の少女だった。

 手足を縛られ、口も塞がれてる状態であったため、ラーズグロムは素早く拘束を解く。


「あ、あたし、助かったの?」


 袋からヒョコっと顔を出したその子は、犬耳をピクピクと動かし辺りを見渡す。

 男達の死体からは離れてたため、目につかなかったのは幸いかもしれない。


「ああ。もう大丈夫だ――といっても僕も追われてる立場だけどね。ところで名前を聞いてもいいだろうか?」

「……レ、レシルです。助けてくれてありがとう」

「レシルか。――僕はラーズグロムでこっちがフール。ひとまずここから離れよう」


 二人と一匹はその場を離れ、スラムの奥へと入って行く。


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