救世主との出会い
「いたかーー?」
「ダメだ、こっちにはいない。どこ逃げやがったんだクソッ!」
「チッ、仕方ない。一度報告に戻ろう」
険しい森の中、誰かを探してたであろう兵士達が近くの樹木を蹴りつけ引き上げていく。
それからやや間を置いて、樹木の隙間から一人の少年が顔を覗かせた。
(どうやら行ったみたいだな)
実は彼こそが兵士達が探していた存在であり、国から追われる羽目になった哀れな少年なのである。
「食料が心許ない。どこかで買い足さなければならないが、街に出ればすぐに見つかってしまう。しばらくは森に潜伏するしかないか……」
街へと向かいたいところをグッと堪え、森の奥へと向かう少年。彼こそはプラーガ帝国の皇帝ムンゾヴァイスの三男にして、皇位継承第4位に位置する皇族なのだ――いや、だったと言ったほうが正しいかもしれない。
何故過去形なのかというと、それは現在の彼――ラーズグロムが追われる身となっていることに深く関連しており、その原因となったのが皇帝ムンゾヴァイスの暗殺であった。
勿論暗殺には一切関わってはいないのだが、肉親である兄や姉によりムンゾヴァイス暗殺の命を下したという容疑を掛けられたため、今まさに逃走中なのである。
「ハッ!」
ズバッ!
「ギュィィィ……」
見つけた猪を狩り食料を確保する。
剣の腕前はそこそこなので、動物や低ランクの魔物相手なら遅れはとらない。
「日が暮れる前に食料を入手できたのはありがたい。後は一夜を明かす場所を見つけることができれば……」
外敵から身を隠せる場所を求め、更に奥へと進んでいく。
「!」
すると視界の片隅に数匹のゴブリンが映り込んだのに気付き、咄嗟に茂みへと紛れると、慎重に顔を覗かせた。
「ここから確認できるのは3匹か。見たところ上位種はいないようだが。――さて、どうするか……」
寝込みを襲われる危険もあり、このまま放置するのは得策ではない。
だが周囲に他のゴブリンがいないとも限らず、こちらから姿を現すのも微妙だ。
「やはり放置するのは危険だな。できるだけ排除しとくのが――ん? あれは?」
ふと一匹の小動物に目が止まる。
リスのような子猫のような見たことのない赤紫の生き物が、ゴブリンに追われてる最中であった。
「……弱肉強食か。まるで今の僕そのものじゃないか」
気付けば追っ手のゴブリンを兵士に見立て、自身を小動物へと自己投影していた。
結果、勝利を確信したかのようなニヤケ顔のゴブリンを蹴散らしてやりたいと思い、剣を手にした腕がカタカタと震える。
彼の実力ならば、不意打ちを行うことで楽に蹴散らせるだろう。
「先程から3匹しか確認できない。つまり、ここにいるのはあの3匹だけ――なら!」
彼の方針は決まった。
が、同時に小動物もゴツゴツとしたそそり立つ絶壁に追い詰められており、もはや後がない。
意を決した彼は、自己投影した自分を救うためゴブリンの背後から突撃した!
「くらえぇ!」
ドスッ!
「グギァァァ!」
突然血を吹いた仲間に振り向くゴブリン。
理解が追い付かずに硬直し、胸部から剣を生やした姿を数秒眺めてしまう。
しかしそれこそが彼らの運命を決定付けることになり、気付いた時にはもう一匹のゴブリンの首が宙を舞っていた。
「後はお前だけだ」
こうなるとラーズグロムが圧倒的に優勢だ。
一対一でゴブリンに負けるほど、彼は弱くはないのだから。
「ギャギャギャギャギャッ!」
「フン……自棄をおこして捨て身の攻撃か。だが――」
残る一匹は棍棒を振り回しつつ突撃を開始。
だが突撃ゆえに動きが単調であったため、ラーズグロムはあっさりと回避に成功。直後に反動を利用してゴブリンの背後をとる。
「――これまでだ!」
ザシュ!
「グギァァァ……」
最後は血溜まりに沈み、ゴブリンを全滅させることに成功した。
「さて……」
「…………」
一段落し、改めて小動物を見る。
体勢を低くし、ラーズグロムを警戒してるのが丸分かりだ。
ラーズグロムとしては特にどうこうするつもりはなかったので踵を返して立ち去ろうとすると、驚いたことに小動物が人語で話しかけてきた。
「人間よ、なぜ俺を助けた?」
「な! しゃ、喋れるのか!?」
青年のような渋い声に、ラーズグロムは振り向き様に大きくのけ反る。そのまま転倒しかけたが何とか踏みとどまり、小動物に視線を向けた。
「何をそんなに驚いている? 先程までの凛々しさが欠片も無いぞ?」
「そ、それは仕方ないだろう? 人語を喋る動物なんていないんだし」
「む? そういうものか……」
一方の小動物も、先程までのラーズグロムとギャップが有りすぎ、警戒心が吹き飛んでしまったようだ。
「ところで、君は魔物……なのか?」
「……自分ではよく分からんな。だが人語を話す動物がいないのなら、魔物というくくりになるのだろう」
まるで自身が何者であるか分からないといった感じに語る小動物。その上ゴブリンという低級の魔物より弱いという不思議な存在に、ラーズグロムは少しだけ興味を惹かれた。
「とりあえずさっきの君の質問に答えるけど、ここらで野宿をするつもりだったから危険を排除しただけだよ。ただ……」
「ただ?」
「ゴブリンに追われてた君が、国から追われてる僕に重なって見えた。だから助けたって理由もあるかな」
「……そうか。どちらにしろ助かった。足を怪我した影響でな、まともに走れなかったのだ」
気付けば身の上話を語っていた。
野宿に適した場所を探しつつ、自身に降りかかった災難をため息と共に吐き出していく。
何故見知らぬ小動物に話したのか――それは、邸に詰めかけた兵士を振り切り今いる森の中へと逃げ込んでからというもの、まだ誰にも話せていなかったという鬱憤もあったのだろう。
そんなラーズグロムの愚痴に小動物は黙って耳を傾けていた。
理由は分からないが、一応は恩人である人間と戯れるのも悪くはないと考えたのかもしれない。
「そういえば名前を聞いてなかったな。僕の名はさっきも言った通り、ラーズグロム・プリムラだ。君は?」
「名前か……。うむ、ひとまずはフールと名乗っておこう」
「いや、堂々と偽名を名乗られると反応に困るんだけれど……」
「気にするな。以前名乗ってた名は覚えてはいるが、今は封印しておきたい」
どうやらフールにも色々と事情がありそうだ。
「ラーズグロムよ、あの木の下辺りはどうだ? 正面からだと樹木で奥が見えないと思うが」
「うん、あれなら良さそうだ。――あ、今更だけど、フールは僕について来るのかい?」
「その方が生存率が高まると考えた。お前が迷惑なら遠慮するが」
「いやいや、迷惑だなんて思ってないから安心してくれ」
ひとまず寝床を確保した一人と一匹は、食事を終えると互いに背中を合わせて眠りにつくのであった。
しかし次の日の早朝、事態は急変する。
(クソッ、思った以上に捜索の手が早かったか……)
ラーズグロムが剣を構えた先では、5人の兵士が行く手を阻むように立ち塞がっている。
不運にも寝床から移動しようとしたところを捜索中の兵士に見つかってしまった形だ。
「手こずらせてくれましたねぇ、ラーズグロムさんよぉ? 上官はお怒りですぜ?」
「まったくッスよ。昨日は散々叱責されたんスよ? 見つけられなかったら減俸だとか言ってくるんスもん、こっちも必死ッスよ」
どうやら彼らを指揮してる人物が発破をかけたらしい。
そのため彼らは夜が明ける前から捜索に乗り出してたようだ。
「く……こんなところで終わるわけにはいかない――タァッ!」
ガキン!
「――っと、往生際が悪いですねぇ? この状況を覆せるとでもお思いですかい?」
無謀を承知で斬りかかるが、隙をつくことができない今、簡単に防がれてしまう。
シュ! シュシュ! ザスザスッ!
「グァッ!」
お返しとばかりに弓矢が放たれ、数本が腕と膝に命中。敢えなくその場に片膝をついてしまった。
こうなるともはや抵抗も儘ならなくなり、あっさりと剣を突き付けられる形に……。
「大人しくしてくださいよ? こっちは睡眠時間を削ってますんでねぇ、さっさと終わらせたいわけですわ」
「まったくッスよ。これ以上の叱責は勘弁って感じッス」
兵士達はやれやれといった感じにラーズグロムを拘束する。
その様子を黙って見てる者が一匹。珍しい小動物の姿をしたフールだ。
「ん? なんだコイツ? 見たことのない生き物だな」
兵士の一人がフールに気付く。
すると他の兵士もフールに顔を向け、マジマジと凝視し出した。
「確かに珍しい。――よし、とりあえず捕まえてこうぜ? 金になるかもしれない」
「賛成ッス!」
ラーズグロムを拘束し終えると、フールへと迫る兵士達。だが足の怪我はラーズグロムのポーションで回復しており、今なら自力で逃げ切れるだろう。
そんなフールがチラリと視線を動かす。
その先には拘束されたラーズグロムが横たわっており、彼もフールに気が付き何かを呟く。
「――――」
「……!」
口の動きですぐに分かった。
それはとても簡単な三文字――にげろ――である。
(この人間、このような状況下で俺の身を案ずるというのか?)
自身は助からないと考えたのか、せめてフールは逃げるよう伝えたラーズグロム。
フールとしても元より逃げるつもりであったが、このまま逃げれば何かを失うような感覚が襲ってくる。
(だが俺に何ができる? ゴブリンにすら翻弄される俺が、コイツらをどうにかできるわけがない)
一度はそう諦め、樹木の上へと逃れたフール。
下では兵士達が獲物を逃して悔しがっており、それを眺めつつ思案する。
そこでフールは気付いた。自身が嫌っているはずの人間に肩入れしてることに。
(俺は人間により滅ぼされ、気付けばこのような姿になっていた。だから人間は大嫌いだ。だがあのラーズグロムという男は……)
フールもまた過去の自分の姿とラーズグロムを重ねて見ていた。
(似てるのか? 人間共に追い詰められ、その命を散らした俺に……)
フールを諦めた兵士がラーズグロムを運ぼうとしているのを眺める。
今すぐにでも兵士達を蹴散らしてやりたい――そう強く思っていると、とても懐かしい感覚が全身を巡り出した!
(これは……この感じ、間違いない。魔力だ、魔力が溢れてくる! 今なら――)
魔力を消費することで魔物を召喚した過去を持つフール。
幾つかの国を滅ぼしてきた彼なら、たかが数名の兵士を葬るなど実に容易い。
「混沌より甦りし魂よ、今一度生を受け我に誓え。我――邪王が命ずる。出でよ――サモン・スネーク!」
禍々しい魔法陣が宙に浮かぶ。
そこから黒いシルエットが浮かび上がると、やがて人間の子供サイズの巨大蛇が姿を現した。
「行け、アサシンスネークよ。あの5人の兵士を血祭りに上げるのだ!」
「シャーッ!」
フールの召喚したアサシンスネークが兵士へと迫る。
しかし一方の兵士達は、まさかDランクにも上る魔物が襲ってくるとは思っておらず、背中はガラ空きだ。
「ん? なんだ?」
「おい、どうしたよ?」
「いや、魔物の叫び声が聴こえたような……」
「魔物つっても、この辺りじゃゴブリンとグリーンウルフくらいしか出な……」
そこで一人の兵士は言葉を失う――否、物理的に首から上を失ってしまい、声を発することが出来なかったのだ。
「な、なんだコイツぁ!?」
「ちょ、アサシンスネークじゃねぇか! なんだってこんなとこに!」
「くくく、来るな来るなくる――ギャァァァァァァ!」
最初の獲物を始末したアサシンスネークが、尻餅をついて逃げ腰になっていた兵士へと噛みつく。
アサシンと言われるだけあってこの巨大蛇は強力な毒を持っており、すぐに手当てをしなければ助からないと言われている。
残念ながら噛みつかれた兵士は風前の灯火だろう。
「くそっ、このままじゃマズイ。一気にやるぞ!」
「おうよ!」
「了解ッス!」
ようやく反撃へと移る兵士達。
だが奇襲を受けた時点で彼らの勝機は著しく低下しており、振るった剣も腕ごと飲み込まれてしまうのだった。
「ギャァァァ! う、腕がぁぁぁ!」
「く、このぉ!」
ズバッ!
また一人、仲間がやられたのを横目に頭部を叩き落とさんと剣を振り下ろす。
それは見事に捉え、頭部と胴体を切り離した! ――ように思えたが……
「っしゃぁぁ! どんなもん――グァァァァァァ!」
しかし、切断したはずの頭部がそのまま動き、兵士に噛みつく。
アサシンスネークは頭部を直接斬りつけなければダメージを与えることができず、それをしなかったがためにアサシンスネークは無傷であった。
「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」
さすがに勝機はないと悟り、最後の一人はラーズグロムを放り投げて逃走を開始。
だがフールの命令は兵士全員を血祭りに上げることであり、追い払うことではない。
つまり、腰が抜けて四つん這いで逃げ出した兵士も、他の兵士の後を追うことに変わりはないのだ。
ブシュ!
「グェェェ……」
「よし。全員片付いたな」
最後の一人を始末し、生き残りがいないのを確認したフールが木から下りてくると、ラーズグロムの拘束を牙で切断する。
「大丈夫かラーズグロム?」
「ぼ、僕は大丈夫だ。それよりその蛇は……」
「シャーッ!」
事情を知らないラーズグロムは拘束を解かれた後も恐怖で立ち上がれない様子で、アサシンスネークを指して後退る。
「心配いらん。俺が召喚した魔物だ。とは言え久々の召喚だからな、上手く制御できるかどうか……」
「え"っ!?」
「冗談だ。召喚した魔物は召喚主の命令には背かないからな」
「その冗談は笑えないよ……」
ひとまず自分が助かったのだと理解したラーズグロムは、フールから経緯を聞きつつゆっくりと立ち上がる。
「経緯は分かった。それで、フールはこれからどうするんだ?」
「お前を助けようとした時、不思議と魔力が溢れてきたのだ。今はまた失った状態だがな。そこで考えたのだが、お前と一緒にいると力を取り戻せるような気がするのだ。構わんか?」
なんと、フールはラーズグロムに同行したいと申し出たのだ。
ラーズグロムとしても、いざという時に護ってもらえるのなら有り難いことで、当然のように二つ返事で了承した。
「しばらくは逃亡生活になるけれど、宜しく頼むよ」
「うむ、こちらこそ宜しく頼む」
こうして、実に奇妙な組み合わせの一人と一匹が行動を共にすることになったのである。
魔物の強さについて補足。
通常のゴブリンはFランクで、群れてなければ脅威の少ない低級モンスターです。
今回兵士を襲ったアサシンスネークはゴブリンよりも2ランク上のモンスターで、並の兵士では返り討ちに合うことも少なくない強さでした。




