贄――にえ
勇者に匹敵せんとするフルストから逃れたラーズグロム達は、雲まで聳える山々の麓にある名も無き村へとやって来た。
目的は一晩の宿と、物資の補充である。
「こりゃ珍しい、久方ぶりの旅人じゃよ」
村に入ってすぐのところで、腰の曲がった老婆が驚きの声をあげる。
街道を外れた場所のせいか、訪れる人は少ないのだろう。
「こんばんは、お婆さん。見ての通り僕らは旅の途中なのですが、物資の補充を行える雑貨屋と宿屋はありますか?」
「おぉおぉ、どちらもあるで安心しぃ。――ほれ、そこが雑貨屋じゃい」
目の前の家屋を老婆が杖で指す。
一見すると民家にしか見えないが、扉を開ければ確かに雑貨屋であった。
「すみませ――「おぉおぉ、忘れとった。雑貨屋の飲んだくれ爺はこの時間になると酒場で茹でタコになっておるわい。昼間しか開けておらんで、一晩泊まってから来るとええ」
店主を呼ぼうとしたが、どうやら酒場でグラスを手にしてるらしい。
仕方ないので物資の補充は後回しにし、どう見ても民宿にしか見えない宿へと案内してもらった。
「ここが宿屋じゃい。ちょいとボロいが、一晩泊まれるだけマシじゃろ。さて――」
何故か老婆はカウンターへ回る。
つまり、この老婆が宿屋の女将だったのだ。
「よう来なすったのぅ。見ての通り過疎地でな、わざわざ険しい山を登ろうとする輩も居らんし、だ~れも寄り付かん。従って客人は大歓迎じゃよ。これでも昔は――」
「す、すまない女将。出来れば早く休みたいんだが……」
「おぉおぉ、こりゃすまなんだ。ぜ~んぶ空き部屋じゃし、好きな部屋を使うとええ」
老人特有の長い話を中断させると、ミシミシという軋み音を出しながら二階にある一番奥の部屋へと入る。
各々荷物をベッドに放り、全員の視線がフールへと集中したところで、フールはコクリと頷いた。
「今は問題ない。――レシルよ、話しても大丈夫だぞ?」
「ふぅ~~~」
大丈夫だと言われたレシルが緊張から解き放たれ、深く息を吐く。
何しろ村に入るなりずっとラーズグロムの後ろに隠れていたので、それを見た他の面々はこの村には何かあると気付くのは当然だ。
「で、どんなクッサイ匂いがしたわけ? ジュリアの鑑定だと普通の村人って事しか分からなかったけど」
「……うん、村全体から少しずつ嫌な匂いが沸き上がってるの。匂いの強さで言うとそんなに強くはないけど、あのお婆さんからは一番嫌な匂いがした……」
まとめると、一つ一つの匂いは大した事はないが、それが村中に蔓延してて嫌な空気を生み出してるのだという。
「ふむ……村ぐるみで後ろめたい事でもあるのかもしれん。しかしそれとは別に、お前達も休まねばなるまい? いつも通り俺が警戒しとくから、早く休んでおけ」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
深夜ラーズグロム達が寝息を立てている頃、
村の約半数である30人近くの住人が宿屋を取り囲む。
皆それぞれで鍬や斧といった作業道具を手にした様は、まるで一揆に赴くかのようだ。
「……皆の者、準備はええか?」
先ほどラーズグロム達を案内した老婆が、周囲をグルリと見渡し確認する。
中には視線が宙を泳いで戸惑ってる者もいるが、過半数の村人達が無言で頷くのを見ると、宿屋へと向き直った。
つまり、彼らはラーズグロム達を襲おうとしてるのだ。
「な、なぁ村長さん、本当にやるのか? 今回は薬を盛ってないんだろ?」
「……んだ。なにもそげん危ない橋さ渡るんはよさんば」
数人の村人が異を唱える。
彼らは訪れた冒険者に薬を盛って、寝静まった後に襲うという事を繰り返してたのだ。
しかし……
「ダメじゃ。久々の獲物をみすみす逃すのは惜しい。そろそろお供えをせんと、アヤツが暴れる頃じゃてな。――なぁに、こんな夜更けに現れたんじゃ、きっと疲れきっとることじゃろ」
村長である老婆は強行する気のようだ。
彼らの見立てで、武装したラーズグロムと最年長に見えるライザしか戦えないと判断したのも大きい。
「では行くぞ。奴らは二階の奥の部屋じゃ」
いざ、老婆を先頭に宿へ踏み込もうとしたその時!
シューーーン!
「な、なんだこれは!?」
「こりゃ魔法陣じゃ! 魔物が召喚されるぞい!」
「なんだって!?」
突然村人の周囲に光が立ち込めたかと思うと、それらが地面に貼り付き、魔法陣が浮かび上がったのだ。
「ギギギギ……」
「ヒィヤァァァ! 巨大な蟻じゃぁぁぁ!」
赤ん坊と同等サイズの巨大蟻――ハンターアントの群が出現し、強靭な顎をカチカチ鳴らして獲物を物色し始める。
Eランクであるため個々の強さはFランクのゴブリンよりも強いので、それが群れるとあれば小規模な村は一溜まりもないだろう。
「ギャーーーッ! イ、イテェよイテェよーーーっ!」
「は、ははは離せ、離しやが――グワァァァァァァ!」
「死にたぐね――オラ死にたぐねぇダァァァァァァ!」
たちまち辺りは地獄絵図となり、カジリ取られた腕や足が散乱する。
「マ、マズイぞ村長、とにかく逃げよう!」
「う、うううむ!」
襲われる者を囮にし、村長わ含む一部の村人が逃げ出した。
この分だと民家に残ってる村人は助からないだろうが、それよりも自分達の身が大事だ。
(なんなんじゃこれは……儂は夢でも見てるというのか!?)
予想だにしない出来事に、混乱最中を山に向かって走り出す村長と数名。
しかし、彼らにも別の脅威が襲いかかる。
「どこに行こうというのです?」
「ヒィア!?」
折れ曲がった腰を垂直に立たせ、村長が驚き飛び上がる。
目の前には宿で眠ってるはずの獣人――ライザが立ち塞がっていたのだ。
「おおおおお前さん、何故ここに!? どうやって蟻の群れから逃れたんじゃ!」
「それはどうでもよい事です」
「ど、どうでも!?」
信じられなかった。
50は居たであろう蟻の群から、一人颯爽脱け出して来たであろう事実が。
あまつさえそれをどうでもいいと言い放つライザは、普通の存在ではないのだと思い始める。
もっともハンターアントはフールが召喚した魔物なので、襲われる事は有り得ないが。
「それよりもこちらの質問に答えてもらいましょう。我々を襲う理由はなんです?」
ライザがにじり寄りつつ尋ねると、村長をはじめ残りの村人が地面に手をつき頭を擦りつける。
つまりは土下座の姿勢だ。
「し、仕方なかったんじゃ! 村が生き残るにはお供えをする必要がある。さもなければこの村は、アヤツによって滅ぼされてしてしまうんじゃ!」
「アヤツ?」
どうやらこの村に寄生する輩がいるらしい。
その輩に人という貢ぎ物を捧げるため、やって来たラーズグロム達をこれ幸いと襲うつもりだったようだが、結果はご覧の通り。
今頃は村に残ってる者達も蟻の餌になってることだろう。
「お前さんを見込んで頼みがある。アヤツを――ゴブリンキングを討伐してくれ!」
「…………」
村長にとっては藁をも掴むつもりなのだろうが、襲ってきた相手に助けを求めるのは都合がよすぎるというもの。
当然ライザは承諾する気はないし、フールも首を縦には振らないだろう。
「お断りします。我々には関係ない事ですし、あなた達は今この場で殺されても文句を言える立場でもないのです」
シュシュ!
「ウッヒィッ!?」
脅しの意を込め村長の足元に爪を撃ち込むと、大きく身を仰け反らせて腰を抜かしす。
敢えて当てなかったのはフールの指示によるもので、彼らに天誅を下すのに相応しい者達を用意したのだ。
「「「オオオオオ……」」」
「なんだ? この唸り声――ウワァァァァァァ!?」
村人の一人が振り向き仰天する。
背後からゾンビが迫っていたのだ。
しかもそのゾンビ達は生前の衣類を身に付けており……
「コ、コイツら、以前殺した冒険者!」
「そんな! 死体はゴブリンキングに捧げたはずなのに何故!?」
「ヒィィィッ! た、祟りじゃぁぁぁ!」
現れたゾンビの正体は、村ぐるみで殺した冒険者達だった。
勿論これはフールが召喚したもので、正に因果応報を身をもって体感させる催しである。
「助けてくれぇぇ――」
「おっと、残念ですが逃がすつもりはりません。己の愚行を悔いながら旅立ちなさい」
ゲシッ!
「ブヘッ――な、何をす――ヒィッ!?」
這って逃げようとした一人をゾンビの足元へと転がす。
結果、目の前に転がってきたご馳走にありつかんとゾンビが群がっていく。
「や、やめろ、来るな! くる――グェ……ア……ガ……」
10人の冒険者ゾンビに次々と噛みつかれ、あっという間に完食されてしまった。
「ヒィィィッ! 何だってこんな目に合わなきゃならん! ――村長ぉぉぉ!」
「そ、そうだ、アンタの責任だぞ? アンタのせいでこんな事になったんだ!」
「何を言う、お前達も賛成したじゃろうが! 儂だけのせいではないわい!」
見苦しくも仲間割れを起こす村人達。
そうこうしてるうちに彼らは取り囲まれていく。
「「「オオオオオ……」」」
「ヒィィィ! グェ……ガ……ボ……」
「やめてくれぇぇ――ア……ガ……ガ……」
「儂が悪かった、謝る! だから助け――ギャーーーッ……ア"……ァ」
ものの数分で村長達も餌となり、ゾンビによる復讐という名の晩餐会は幕引きとなる。
復讐に満足したのか、残されたゾンビ達はサラサラと崩れるように地面へと溶け込んでいった。
「ライザ、村の方は片付いたよ。こっちは――どうやら既に終わってたようだね」
「ええ、今しがた」
村の方からラーズグロム達が駆け寄ってくる。
片付いたとは、当然ながら村人全員がいなくなった事を指す。
「早くここから離れましょうよ。村人が言ってたけど、この山にはゴブリンキングが居るらしいし、そんな物騒な場所に長居は禁物よ!」
「そうだったね。ジュリアが怖がってるし、早いとこ離れようか」
ズンズンズンズン……
「ん? この音は……」
大地を揺らす音にラーズグロムが気付く。
それは獣道が続く山の方から聴こえてくるようだ。
「巨大な魔物の反応だ。恐らく例のゴブリンキングだろう。人の気配を感じとったのかもしれんな」
「フールちゃん……」
「心配するなレシル。さっさと離れれば問題ない距離だ」
トルネードホースに股がり、一行は村を後にする。
生け贄が捧げられなくなったゴブリンキングがどうなるかは知ったことではないし、人里にやって来れば討伐されておしまいだろう。
ラーズグロムは多少気がかりのようだったが、放置してても問題はないと判断し、先へ急ぐのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
翌朝。
無人となった村を朝日が照らす。
名も無き村ゆえ無くなったところで騒ぎにはならないし、冒険者がやって来れば廃村だと思うだろう。
そんな村に、真っ白なローブを羽織った者が一人訪れる。
「…………」
辺りを見渡し人の気配を探っているこの人物は、ラーズグロムを迎え入れようと企んでいる聖プリムラ教の宣教師――フルストであった。
「……おかしい。方角的にはこっちに来たと思ったんだけど、誰も居やしないじゃない」
ズンッ!
「あら?」
当てが外れたか……と思ったその時、村の奥から複数のゴブリンを伴ったゴブリンキングが姿を現す。
「グギェーーーッ! ギャーギャギャ!」
「ガウガウ……」
「グギギ……」
前日生け贄にありつけなかったせいか、機嫌が悪そうに手にした斧を振り回している。
部下のゴブリン達は恐縮して、やや距離をとってるようだ。
だがフルストを視界に捉えた瞬間、今までの素振りは一変し、高らかと斧を掲げて部下に命令を下した。
「ギャギャギャギャギャーーーッ!」
「「「ギャギャ!」」」
ゴブリンキングの言葉を人語に解釈すると、【獲物だ捕らえろ】である。
それに従い、30体はいるであろうゴブリンがフルストに殺到した。
しかし対するフルストは焦る様子もなく、軽くため息をつくとゴブリンを見据える。
「はぁ……。空振りに終わった挙げ句、こんな醜い連中を相手にしなきゃならないなんてね」
掌をゴブリンに向けるとダルそうに詠唱を開始した。
フルストにとってこの程度の数は脅威に感じない。
「燃え尽きなさい――ファイヤーストーム!」
「「「グギャーーーッ!」」」
地面より複数の火柱が立ち上がり、ゴブリンを包み込む。
無策で突っ込んで来たため全てのゴブリンが火だるまになり、周囲の家屋共々焼き尽くされることとなった。
「ギャーギャギャギャーーーッ!」
「チッ、うるさい粗大ゴミね……」
残るゴブリンキングが叫びながら突進してくる。
解釈すると、【餌のくせに調子に乗るな】といった感じだろうか。
CランクであるためFランクのゴブリンより遥かに強く、たかが一人に苦戦するとは考えてない。
だが対するフルストも焦りはなく、掌を向けたまま詠唱を行っていた。
「グギギギャーーーッ!」
もらった! ――と、聴こえてきそうな感じに飛び上がり、フルスト目掛けて斧を振り下ろす。
が、その刹那、フルストの手から巨大な炎の塊が出現し、ゴブリンキングへと放たれた!
「フッ残念――マットフレイムキャノン!」
ズドォォォォォォン!
「グギェーーーーーーッ!?」
凄まじい威力の塊が巨体に大穴を開け、炎に包み込んだ巨体を後ろへ弾く。
おびただしい量の血を垂れ流すと、それっきりゴブリンキングが起き上がることはなかった。
「……ったく、ゴミ清掃させんじゃないわよ」
そう言い残し、やけ野原になりつつある廃村から立ち去った。




