宣教師フルスト
「これは!」
「どうしんだいレシル?」
トルネードホースに股がったラーズグロムの背に、レシルが顔を埋めつつ身を震わす。
「凄く嫌な匂いが近付いてくる……」
「なんだって!?」
その台詞にラーズグロムが警戒を強め、彼の図上ではフールが顔をしかめた。
嫌な匂いに心当たりが有りすぎるが、時速40キロオーバーで走るトルネードホースに接近してくる時点で只者ではない。
「また新手とか勘弁してほし――ヒィッ!?」
「……フフ」
ライザの背に掴まったジュリアが恐怖で固まる。
いつの間にか並走する形で、真っ白いローブを纏った者が飛行してたのだ。
「くっ、新手ですか!」
ライザも気付いてトルネードホースを止めると、ラーズグロムもそれに続く。
ローブの相手も一行の正面に降り立ち、互いに向き合う形で対峙した。
「……何者だ?」
「……警戒させちゃったかしら? 危害を加えるつもりはないんだけどねぇ」
全身を白いローブで覆っているため全容は不明だが、声だけを聴くに女性であることが分かる。
先の台詞とは別にレシルが嫌な匂いを嗅いだ以上、この者も敵である可能性は高いだろう。
「……とりあえず自己紹介しときましょうか。私は宣教師フルスト。聖人プリムラ教のシンボルとして、ラーズグロム――貴方を迎えにきたの」
「聖人プリムラ教……だと? 初代皇帝の名を軽々しく持ち出した邪教じゃないか!」
ラーズグロムが声を荒らげる。
聖人プリムラ教とは、プラーガ帝国に不満を持つ者が集まり国家転覆を企てていると言われていて、複数の貴族も絡んでいるという噂の宗教だ。
そのため国内では邪教として弾圧されているのだが、陰ながら支援してる者も多く、いまだ根絶にはいたっていない。
ちなみにプリムラというのは初代皇帝の名前である。
「悪い話じゃないはずよ? バドラーゼやニースレイは貴方を亡き者にしようとしてるけど、我々は違う。貴方が教団のトップに立ち、新たな国家を築くのよ」
やはり国家転覆を狙ってるという噂は真実だったようだ。
ならば尚更誘いに乗るわけにはいかない。
そんな事をすれば逆賊となり、言い逃れはできなくなるのだから。
「僕は逆賊にはならない。お前達の思惑通りに動くつもりはない!」
「あらあら、良い話だと思ったんだけど、何が気に食わないのかしらねぇ? 少なくとも貴方の地位は揺るぎないものになるはず。それだけじゃ不満?」
「ああ、不満だよ。逆賊の汚名を一生背負うなんてまっぴらゴメンだね。聖プリムラ教の旗印? そんなものは不要だ!」
逆賊に成り果てるつもりはなく誘いを真っ向から否定すると、フルストに対して剣を構える。
「……フッ」
ゾワッ!
「「「!?」」」
瞬間、フルストがの全身から膨大な魔力が溢れ出す。
それこそ宮廷魔術師とは比較にならないほど巨大なものだ。
『ライザ!』
「ハッ!」
シュシュシュシュ!
危機を感じ取ったフールが念話で呼び掛けると、透かさずライザは爪を飛ばす。
だが……
カカカカカン!
透明な障壁により、全て防がれてしまった。
「随分と素行の粗い犬ッコロね。危害は加えないと言ったはずだけど?」
「それを信じる理由があるとでも? ラーズグロムが拒否した以上、力ずくで連れ去る気でいるのは予想できます」
睨み合う両者。
その隙にジュリアが鑑定を試みると、やはり一筋縄ではいかない相手だと判明する。
名前:フルスト
性別:女
種族:???
職種:聖プリムラ教徒
レベル:154
【スキル】 話術Lv6 短剣Lv1 剣Lv1
【魔法】 闇魔法Lv5 無魔法Lv1 火魔法Lv3 風魔法Lv3
【ギフト】 ???
「コイツ、何らかのギフトを持ってるよ! レベルも150を超えてるし、マジでヤバイ奴よ!」
(くっ、それほどか! こうなれば新たに増やすしかないか……)
並みならぬ相手に慌てたジュリアが、ラーズグロムの背に隠れる。
レベル150を超えてる時点で人間離れをしており、さらに不明のギフトを持ってるなど脅威を感じないわけがない。
フールもライザだけでは荷が重いと感じ新たな魔物を召喚しようとしたが、レシルが新たな存在に気付いた。
「また何か来る!」
(何だと!?)
その発言により召喚を中断したフールが背後へ振り向く。
すると何者かが頭上を通りすぎ、フルストと対峙する形で着地したところだった。
「あら? 貴方も彼の仲間なのかしら?」
「いや、仲間ではないな」
髪から靴に至るまで上から下まで黒一色で統一された男が、フルストの質問に首を左右に振る。
仲間でないのなら何なのか――ラーズグロム達も同じ疑問を持つ中、男は振り返ると意外な台詞を述べてくる。
「ここは引き受けよう。先に進むがいい」
その台詞に全員が面食らう。
てっきりフルストの仲間だと思ったからだ。
「あ、貴方は……味方――なのか?」
「……少なくとも今はな」
ラーズグロムの問いかけに釈然としない答えが返ってくるが、敵でないならそれでいい。
これ幸いと一行は再びトルネードホースに股がり、その場を駆け抜けて行く。
「あのフルストとかいう女……、相当の魔力を保持してると感じました。後から来た男がどれ程の強さか知りませんが、あの女の相手は骨が折れるでしょう」
「確かに。男の方も相当強そうだったけど、生きて再開したら礼を言わないとね」
ラーズグロムもライザも、あの二人が只者ではないことくらいは分かる。
肌身で感じ取った感覚では、プラーガ帝国の勇者に匹敵すると言ってもいいだろう。
「でもラーグ兄ちゃん、あの男の人も凄く嫌な匂いがしたよ?」
「そ、そうなのかい!? だったら彼はいったい……」
なんと、レシルの鼻は男の方も敵であると訴えていた。
ならば自分達を助けたのにも裏があるはず。
「敵の敵……といったところではないか? 敵の敵は味方――という風に盲信はしないが、敵同士が争ってくれるならありがたい」
「なるほど」
フールが出した答えにラーズグロムも頷く。
あの状況を当てはめて考えれば納得がいく流れだ。
「どうだジュリア、あの男の鑑定は上手くいったか?」
「……無理だった」
「……何?」
名前:クロカゲ
性別:男
種族:???
職種:???
レベル:???
【スキル】 ???
【魔法】 ???
「こんな感じ。名前と性別以外は全てが謎。正直人間かどうかも怪しいレベルよ」
鑑定スキルを阻害する方法は幾つかあり、転移や転生時に与えられた【ギフト】による阻害と、マジックアイテムによる阻害、それから偽装スキルによる阻害だ。
但し偽装スキルの場合だと任意に偽装したデータを表すので、ギフトがなしに隠されているのなら、マジックアイテムかまだ知られてない特殊スキルという事になるが……。
「なるほど。今後はクロカゲという人物にも注意する必要がありそうだ」
「……はぁ、まったく敵の多い事だ」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ラーズグロム達が去った後、残された二人の睨み合いは続いていた。
互いに油断ならない相手だと理解してるのか、どちらも守勢をとってるようにも見える。
そんな沈黙の中、先に口を開いたのはフルストの方だった。
「初めまして――よね? 会ったこともなければ見たこともないはずだけど、なぜ私の邪魔をするのか教えてくれないかしら?」
「…………」
だが男の方は黙ったまま微動だにせず、フルストを睨みつけている。
「ふ~ん、そう。喋りたくないって感じ? それとも熱狂的な聖プリムラ教に興味があって接触してきたけど、奥手過ぎて一歩踏み出せないとか?」
「…………」
「黙りか……。いい加減、何か喋ってくれないと困るんだけど?」
「……俺は困らん。困るのは貴様だけだ」
ようやく口を開いたかと思えば、フルストを挑発するような物言いだ。
これには彼女もイラッときたようで、少しずつ口調が荒々しくなる。
「なぁんだ、喋れるんじゃない。だったら最初から言いなさいよ。喋り過ぎると死ぬ病気にでも掛かってるのかと勘違いしたわ。ま、アンタが死のうが関係ないけれど」
「…………」
「……チッ!」
再び男は沈黙する。
まるでバカにしてるかのような行いに、ついにフルストは舌打ちした。
そしてこれ以上の会話は無駄だと判断し、一気に魔力を高める!
ゾワッ!
「悪いけど、バカに構ってるほど暇じゃないの。邪魔するっていうなら死んで後悔してもらうわ!」
ボウッ!
「……む?」
地面から燃え上がった火柱が、男の周りを囲う。
勿論ただの火柱ではなく、生命体が触れれば即座に燃え移るという恐ろしい特性を持つ。
「フッ、バカな男。無知な自分を呪って死になさい!」
ローブの奥でニヤリと笑ったフルストが、掌を男に向ける。
すると火柱は男へと接触し、激しく燃え上がった。
「アッハハハハ! そのまま魂まで燃え尽きてしまいなさい!」
この時、何も出来ずに焼け死んだのだとフルストは思った。
事実男は一歩も動かず、ただ炎に焼かれてたのだから。
しかし次の瞬間、思いもよらない事が発生する。
「フッ、小賢しい……」
「な!?」
なんと、男は炎を纏ったまま動き出したではないか!
これにはフルストも表情を一変させ後ずさる。
一方の男はというと、まるで自ら発火させてるかのように足元の雑草を焼き払い、一歩一歩近付いていく。
「コイツ、化け物か! この――このぉ!」
もはや先程までの余裕は無くなり、あらゆる魔法をぶつけていく。
だが男は避けもせず、全てをその身で受け止める。
炎も風の刃もまるで効果をみせず、もしや魔法が効かないのか!? そう脳裏によぎったフルスト。
ならばと1度距離をとり別の方法に切り替えんと詠唱を開始したところで、遠くから傭兵団が接近してくるのに気付いた。
「……チッ、命拾いしたわね」
近付いてくるのは例のヴァリトラ傭兵団だが、彼らには本性を見せたくないらしいく、発動させた魔法を次々と消し去っていく。
「どうする? もし続きを楽しみたいっていうならついて来てもいいけど?」
「遠慮する。俺の役目はラーズグロム達を無事に逃す事だ。貴様に興味などない」
てっきり追ってくるかと思ったがそんな素振りも見せず、対処を悩んでるうちに男は霧のように消えていった。
「チッ、逃がしたか……」
その台詞は男に向けたものか、それともラーズグロム達に向けたものか。
いずれにしろラーズグロム一行は上手く逃れた事だけは確かなようだ。




