ダンマスとの遭遇
「チッ、急げお前達。敵は思ったより精強だ」
ダンジョン2階層に下りた直後、渋い顔でフールが告げる。
「まさかもうプラーガ兵が!?」
「いや、そっちじゃない、もっと厄介なあの連中だ」
「くっ、貴人の密会か……」
個々の強さがプラーガ兵とは比較にならない貴人の密会は、ラーズグロム達にとっては共通の厄介者だ。
フールが1階層のボス部屋に細工を施したが、彼ら闇ギルドに対して目ぼしい効果はなかったらしい。
「む……ボスがやられたか。こうなれば仕方ない。狭い通路を利用して連中を迎え撃つしかあるまい」
予想以上のスピードでボスが撃破された。
追い付かれるのは時間の問題だろう。
「ね、ねぇ本当にやるの? 相手は闇ギルドなんでしょ!? いくらなんでも――」
「ならばどうする? 諦めて首を差し出すか? 連中に人並みの慈悲を期待するのはバカのすることだ。それよりもここのダンマスが慈悲深いのを願うんだな。もしかすると助けてくれるやもしれん」
「うぅ……最悪の賭けじゃん……」
怖じ気付くジュリアに対し、呆れ半分にフール告げる。
闇ギルドの構成員は私情を挟まない者が大半で、障害になると判断されれば容赦なく排除してくるだろう。
フール曰くそんな無慈悲な連中が、今まさに後方に現れたのだった。
「止まれ、この通路で迎え撃つ。レシルとジュリアは下がっていろ」
「うん……」
「い、言われなくても下がるから負けないでよ!?」
程なく姿勢を低くして黒装束が至近距離まで迫る。
数は全部で7人――内2人は負傷してるらしく、片腕を失った者と腹部から出血してる者らが痛々しい見た目を晒していた。
「ようやく追いつきやしたねぇ? もう逃がしやせんぜぇ」
癖なのか、先頭に立つザルムスがニヤリとした笑みを見せる。
後ろの面々は無表情に得物を構え、隙を見せれば飛びかかってきそうな雰囲気だ。
「困ったな……。僕としても、こんなところで終わりたくはない。諦めてくれるつもりはないのかい?」
「フッ……ご冗談を。こちとら仲間を12人も殺られて――いや、さっきのボス部屋で1人殺られたから13人か。こんだけの損失を出しちまった以上、ラーズグロム様にぁ首を捧げてもらわんと割に合いませんや」
ヒシヒシと伝わってくる殺気。
口調は穏やかだが、ザルムスを含む黒装束全体からは殺気が漂っていた。
彼らの多くはラーズグロムのせいで仲間を失ったと思っているため、もし私情を挟めばじっくりと痛め付けて八つ裂きにされるだろう。
「なるほど……。どうやらボス部屋に細工したのが効いたようでなによりだよ」
「「「!?」」」
耳元でフールが呟いた内容を、彼ら貴人の密会に告げる。
ボス部屋で細工したのは、配属されたDランクのオーガそのものに対してだ。
具体的にはオーガに自爆スキルを付与し、全員を木っ端微塵にするつもりだったのだが、半数以上に上手く凌がれてしまった。
しかしラーズグロムがそれを告げたことで、貴人の密会は彼が仕込んだと完全に信じきってしまう。
すると途端に殺気が倍増し、ラーズグロムに向けられた。
「クソガキめ、テメェのせいでヨーデルは死んだんだ! 切り刻んでやる!」
「! 待てウッヅ!」
遂に冷静さを失った1人が、ザルムスの制止を無視して突進してくる。
だがこれもフールの作戦で、挑発するためにラーズグロムに言わせたのだ。
その結果……
ガコン!
「「「!」」」
「くっ!」
ザルムス達の足元が消滅し壁や天井に退避されるが、片腕を失ってるウッヅだけはバランスを崩し強引に飛びかかってくる。
「甘いですね! ――ハァッ!」
ドスッ!
「グワァァァァァァ!」
飛んできたことろをライザが蹴落とし、そのまま奈落の底へとダイブしていった。
「……どういうカラクリか知りやせんが、ダンジョンの機能を利用出来る……ってところで、よろしゅう御座んすか?」
「さぁどうだろうね? 少なくともタダで喋るつもりはないよ?」
天井に貼り付いたザルムスが、注意深く尋ねてくる。
一連の流れはフールによるものだが、当然話すのは愚行だ。
「まぁ、よう御座んすよ。ラーズグロム様は謎多き御方。――ならば墓まで持っていってもらいまさぁ!」
ザルムスの言葉を合図に一斉に飛びかかってくる。
ガキガキガキン! キキン!
「くぅぅ!」
「ライザ!」
まずは脅威となるであろうライザに5人が集中し、動きを封じ込めにきた。
「……フン!」
ガキン!
「チッ!」
何とかライザに加勢しようにも1人がラーズグロムへと切りかかり、それは叶わない。
「よそ見してる隙は有りやせんぜぇ!」
「何!?」
キィィィン!
「しまった!」
更にザルムスまでもが切りかかり、剣を弾き飛ばされてしまう。
「さぁて、年貢の納め時でさぁ」
「うっ……」
「もうあんな目に合うのはゴメンですからねぇ。キッチリと仕留めて差し上げまさぁ!」
ザルムスがダガーを走らせる。
捌きたくとも剣がなくては対抗できず、ダガーの先が心臓へと真っ直ぐに向かう。
最早これまでか……そんな思いで唇を噛むラーズグロム。
だが!
シュシュシュシュシュッ!
「ぬぉっ!?」
突如出現した矢がザルムスに殺到し、慌てて飛び退く。
九死に一生を得たラーズグロムも距離を取ると、自身の剣を拾い上げた。
シュシュシュシュシュッ!
「グワァッ!」
「「「!?」」」
出現した矢はライザを囲んでた黒装束にも飛来し、内1人の腕に刺さる。
「またしても邪魔者かい。いったいどこのどいつで御座いましょうかねぇ!?」
苛立ちながらも矢の飛来した方を睨み付けるザルムス。
見るとレシルとジュリアを挟むように、弓を構えたコボルト達がズラリと整列していた。
「コ、コイツらぁいつの間に!?」
『俺が召喚したのさ』
ザルムスの叫びに答える謎の声。
その若い男の声が、洞窟内に響き渡る。
「……姿が見えないねぇ。いったいどこに隠れておいでで?」
『隠れてはいない。君達から見たら隠れてるように見えるかもしれないが、俺はずっとコアルームにいるのでね』
「な!? ダンジョンマスターか!」
なんと、窮地を救ったのはダンジョンマスターであった。
それを知ったザルムス達は、困惑しつつ後ずさる。
「ダンジョンマスターが助けてくれた?」
「……らしいな。何かしら裏が有りそうな気もするが、今だけは信用してもよさそうだ」
例の如くフールが小声で話す。
理由は不明ながらも、助けてくれるのはありがたい。
「そ、その弓、こっちに向けないでね? 絶対向けないでね!?」
「ジュリアちゃん落ち着いて……」
まるでフリのような台詞を吐き出すジュリアを、レシルがよしよしと背中を撫でて落ち着かせる。
そもそもコボルト達はダンマスの命令で動いてるので、彼らに呼び掛けたところで無意味なのだが。
『どうする? 続けるのなら、更に召喚しても構わないが?』
ダンマスの声にしばし沈黙が続くと、やがてため息混じりにザルムスが口を開いた。
「……はぁ。こりゃオジサン困ったねぇ。残念ながら弔い合戦は失敗。部が悪い賭けは避けるが吉でさぁ!」
シュン!
懐から取り出した石を使い、ザルムスは消え去った。
見ると他の黒装束も姿を消しており、同様に消え去ったのだろう。
「転移石か。――この場合、逃げられたというより見逃されたと言った方が正しいかな」
ラーズグロムが言う転移石とは、最大3キロ離れた場所へ任意で転移できるアイテムで、ダンジョン内で使用した場合は入口まで戻ることが可能だ。
『さて、ひとまずは安心かな』
「ですね。まずはご助力感謝致します。お陰で命拾いしました」
「ありがとう!」
「とりあえず助かったわ」
「私からも礼を言います。ありがとう」
『あ、ああ……どういたしまして……と言っておこうか』
それぞれ礼を述べると、ダンマスは照れ臭そうにしていた。
完全に味方と決まったわけではないが、少しだけ緊張が和らぐ。
『色々と聞きたいこともあるので、先にあるセーフティエリアで話そうか。コボルト達に案内させるから、ついてきてほしい』
ダンマスの要請に従い、黙ってコボルトについて行く。
その間フールは油断せずに様子を窺ってたが、騙し討ちをする様子もなかったため多少は気が楽になる。
セーフティエリアに到着しても罠の類いは無し。
しかし、ダンマスからの質問を受けて、再び顔を強張らせることに……。
『まずは自己紹介をさせてもらおう。俺はこのダンジョンのダンジョンマスターでグーチェスという』
「親切にありがとう。僕はラーズ――」
『いや、名乗らなくても問題ない。ダンジョンにいる者を鑑定するのは容易なのでね』
ダンジョンによっては鑑定スキルで侵入者を見極めてたりするので、これも不思議なことではない。
『君達のことを調べさせてもらった。率直に聞くが、そこのラーズグロムという少年がプラーガ帝国の皇帝を暗殺して逃亡中――とあった。それは本当なのか?』
「違う! 僕は暗殺なんかしちゃいない!」
宙に視線を浮かせてラーズグロムが声を荒らげる。
グーチェスも悪気はないのだが、あまりにもストレートにぶつけてきたためつい頭に血が上った形だ。
『ああ、すまない。どうしても言質を取る必要があったんだ。だが今の発言で君の無実は証明されたよ』
「「「え!?」」」
この発言に全員が驚く。
いったいどうやって? と首を捻るのも無理はない。
『真実を見極めるために、ジャッジオーブというアイテムを使わせてもらったのさ』
ジャッジオーブとは、質問する側が使用すると相手の発言が嘘か真かを判定してくれる、大変便利なレアアイテムである。
ちなみに類似品として街の門で使用されている審判の水晶という物があり、こちらは犯罪者が触れると赤く光るのが特徴だ。
「……僕の無実は証明された? なら――」
『だが俺が知ったところで世間に認知させねば意味がないだろう。同情はするが、俺に出来るのは君達を安全に地上へ送り届けることだけだ』
「そ、そう……ですよね……」
逃亡生活が終わるところを想像したが、一瞬で白紙に戻る。
グーチェスの言う通り、個人が知ってる真実は世間の真実とは隔たりがあるのだ。
『――いや、もう一つあったな。外部のダンマスから仕入れた情報がある。知りたいことがあるなら教えてあげよう』
「ありがとう。それなら――」
自分達の居ぬ間のプラーガ帝国や、アルカナウ王国とチョワイツ王国との戦争も聞いた。
朗報の一つとしては、アルカナウ王国がチョワイツ王国内から撤退したというものがあり、ひとまずは戦争に巻き込まれる可能性は回避されたというもの。
だがプラーガ帝国の情報には、頭を抱えたくなるものが含まれていた。
「複数の組織が僕を追っている?」
『詳しくは知らんが、そうなるな』
ラーズグロムを拘束もしくは殺害しようとしてる存在が、バドラーゼやニースレイ以外にもいるというのだ。
中には好戦的なダンマスも含まれてるらしく、今後もより一層の注意が必要だろう。
「あのぅ、グーチェスさん? ジュリアはどうなの? 追われたりしてないなら街に戻っても大丈夫だったり……」
『残念だが、先ほどの黒装束達が逃げ帰った時点で、君に関する情報も出始めると思ったほうがいい』
「さ、左様で御座いますか……」
僅かな望みに賭けてたジュリアが撃沈する。
自業自得だが、今後も一緒に逃げるしかなさそうだ。
「ところでグーチェス殿、なぜそこまで協力的に? 正直迷惑をかけただけで、そちらにメリットは無さそうですが……」
『いや、メリットならあったとも。高レベルの侵入者を殺害できたお陰で、DPが多く手に入ったからね。それに全滅したプラーガ兵からもそれなりに入手できたし、俺としてはありがたい限りさ』
オーガを失った分を差し引いても大きく上回るDPになったらしく、協力する理由にはそれに対する礼も含まれてたようだ。
そしてジルコルフ隊長を含むプラーガ兵は、いつの間にか全滅していた。
『では出口まで送ろう。転移トラップを用意するので少し待ってほしい』
話は終わり、ラーズグロム達を地上へ帰還する時がきた。
勝手にトラップを発動させたことに言及してくるかと思ったが、不思議なことにそれは行われない。
敢えて言わないということは、フールの正体に薄々気付いてるのだろう。
『準備が整った。そこの床に乗ってくれ』
設置された転移トラップが、淡い緑色に光る。
全員が乗り、いざ起動しようとしたその時、グーチェスとフールが入口より侵入してきた兵士に気付く。
そして代表者と思われる老人が前に出て、堂々と言い放った。
『ここのダンジョンマスターに告ぐ! 命が惜しければ、潔く降伏せよ! ――繰り返す。命が惜しければ、潔く降伏せよ!』
どうやらダンジョンでの戦闘は続きそうである。




