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満天之、三 非業の別れ

 檻の中に集まった少年少女たちを見て、満足そうな笑顔を浮かべる大豆俵の元に武士が血相を変えて駆けつけた。


「宮で思わぬ反撃に――――」


 満月大鬼神聖天宮《まんげつだいきじんせいてんぐう》は諦めていない。

 今も戦っている。

 満月は戦ってくれているのだ。

 復讐心で凍えていた小雪の胸に、小さくも温かい明かりが灯った。


「宮?大鬼神(だいきじん)満月を頂こうじゃないか」

 大豆俵はニヤリと笑った。


「それが朱雀が出て来ました。八両です」

「なにーっ、軽烙を回せっ、光喜野藩軍にも協力させろっ」

「さすがに光喜野藩軍の協力は無理です。それに朱雀は檻を破壊し、少年少女を解放しながら進軍してきています」


 大豆俵は歯ぎしりをした。

「全軍満月の宮に向かわせろ」




 三人の長老衆が傷ついた巫女娘たちに手を引かれて洞にやってきた。

 長老衆というのは人数の違いはあれど、どこの宮にもいて、歴史や知識を語り継いでいく役目を持ち、最高の権限を持っている。


「如月はもう入っているのか」

 満月大鬼神聖天宮《まんげつだいきじんせいてんぐう》の三人の長老衆は、しきりにそればかり気に掛けており、口を開けば如月の名を口にした。


 長老衆は洞に逃げ込んでいた宮主を捕まえて聞く。

「如月はもう入ったのか、蓮乃は入っているのか」


「ええ、ご心配なく」

 宮主の前貫浅次郎は軽い口先で答える。

 その軽薄さに長老衆は顔を見合わせ困惑した。


 大豆俵の一軍が軽烙四両と武士の一団を連れて現れた。

 神職たちは重い腰を上げた。


「皆殺しだーっ!」

 大豆俵が叫ぶ。

「それでは目的が変わってしまいます」

 少佐が進言する。

「構わーんっ!」

 頭に血の上った大豆俵は怒鳴った。


 魔導人形格納場では最後の朱雀が動き出す。


 巫女娘が鈴緒(すずお)をシャンシャンと鳴らす。

「灯します」

 朱雀の目が光り、起動音の唸りを上げた。


 見送る巫女娘たちは火打ち石を叩いた。

「いってらっしゃいませ、お姉様。お気をつけて」


 刃で刃をたたき合う中、大豆俵は長竜筒を構え舌舐めずりをし蓮行に狙いを定め、静かに引き金を絞った。


 パーンッ!


 乾いた炸裂音がした。

 辺りに竜のウロコを焼いた焦げ臭い匂いを漂わせる。


 背中に被弾した目の前にいる見方の武士が倒れた。

「邪魔しおって」

 大豆俵は舌打ちすると、二発目の弾丸を詰めて、竜燐粉(りゅうりんぷん)を包んだ蝋紙包(ろうしほう)をつめ、銃床を閉じようとがなかなか閉まらない。


 それを見付けた蓮乃は下半身に霊力を集め暴発させた。

 壱輪流闘術《いちりんりゅうとうじゅつ》だ。


 凄まじい速さで詰め寄る蓮乃に、大汗を涌かし慌てた大豆俵は、長竜筒を放り投げ奇声を上げて逃げ出した。


 蓮乃は長竜筒を拾うと、九十九折り(つづらおり)に逃げ惑う大豆俵の脚に狙いを定め、引き金を絞った。


 パーンッ!


 銃弾が太股をかすめた大豆俵は、転んで大声を上げた。

「あいたたたたたたたたたたたたたたたたたたーっ」


 長竜筒の反動は六歳の少年には強すぎて、後ろに飛ばされ、コロコロと転がっていった。

 転がり終えた先で二人の大柄な武士二人に捕まってしまった。

 ジタバタ暴れるが二人の武士は、蓮乃の両脇を軽々抱え連れて行ってしまう。


 軽烙の攻撃もあいまり宮は苦戦を強いられる中、蓮行もいくつか刀傷を負った。

「大丈夫?あなた」

 そう彩芽が呼ぶと、蓮行は白い歯を溢した。

「ああ大丈夫だ、おまえ」

 蓮行は照れながらそう言い、彩芽を恥じらわせた。


 決して表に出してはならない二人の時間を楽しんだ。


「とと様ぁ――――」


 蓮乃の声だった。

 二人の屈強な武士に抱えられ、連れ去られようとしていた蓮乃が叫んだ。


 蓮行は我を忘れて一目散に蓮乃の元へ向かった。

 多くの武士が立ちはだかり刀を浴びせる。

 軽烙も巨躯で立ち塞がった。


 軽烙の刃が蓮行に振り下ろされる瞬間、細い組み立て式関節の首が宙を舞い、ドスーンッ!と砂埃を立てて背後に倒れた。


 朱雀の刃が軽烙の首を一刀両断した――――


 さらに一閃浴びせると、もう一両の胴体に深い傷を追わせた。

 軽烙は火花を散らしながらゆっくり膝を屈していく。

 胸部に蹴りを入れると、刀傷はさらに深いものとなり傷口から炎を吹いた。


 左から別の軽烙が振り下ろす刀を、左腕で受け止めた。

 軽烙の力では、朱雀の腕を切り落とすことは出来なかった。

 竿師の操縦座だけに切っ先を突き込んだ。

 巫女娘は傷つけず保護するためだ。


 竿師の絶命した軽烙は両ヒザから崩れていった。


 朱雀は左腕に斬り込まれた刀を抜き捨てると、両手で柄を持ち頭部の横で構え切っ先を最後の一体に向け、霞の構えをとった。

 恐怖に軽烙は後ずさりしていく。


 朱雀は踏み込むと、切っ先を操縦座に突き刺した。


 軽烙は音と砂煙を立てて背後に倒れた。


 朱雀はそのまま郷へ向かい追撃に向かった。

 大豆俵は太股のかすり傷に顔をしかめながら、戦況のまずさに青ざめた。

 このままでは殺される、部下がいるうちに逃げよう。

 そう考えた。


 檻の付いた馬車まで走ると、小雪の放り込まれた馬車に飛び乗り、すぐさま出るよう指示した。


「現場の指揮はどうされるんですか」

「貴様がとれっ!」

「えっ!自分は足軽ですよ」

「貴様は今から少佐だっ!前線で指揮をとれっ!」

「任命権は元帥閣下か将軍しか――――」


「いいからだせーっ」

 大豆俵は鼻水と涙を流しながら悲鳴のように叫んだ。


 動き出した馬車の中で蓮乃は叫んだ。

「とと様ーっ!」

「待っていろ蓮乃ぉ!」

 無数の刃を受けながら蓮行は檻に向かい前進し続けた。


「かか様ぁーっ!――――――――」

 蓮乃は月姫彩芽に向かって泣きながら叫んだ。


――えっ、今わたしのことをかか様と……あの子はずっと真実を知っていたのですか?わたしの愛する蓮乃。蓮行さんとの間に産まれた愛の結晶――


 はっ、となる彩芽は、目頭を熱くして胸の内を灼熱に燃え上がらせた。

 魂が叫んでいる、満月が呼んでいる。

 他人として生活してきた我が子を、なんとしても取り返せ、と。

 神庫(ほくら)から低い唸り(うなり)が地響きのように轟き渡り、公儀軍を震え上がらせた。


「わたしの蓮乃っ!待っていなさい、今母が迎えに参ります」


 彩芽の魂は震え胸の高鳴りを抱え、大鬼神(だいきじん)満月の眠る神庫(ほくら)へと走った。


 蓮行は満月の唸りに怯んだ公儀軍の間をぬい、馬車を追った。

 目を丸くした大豆俵は周りの武士に蓮行の迎撃を命じた。


「貴様も行けっ」


 馭者(ぎょしゃ)を務めていた足軽を蹴落とし手綱を握り、馬をこっぴどく叩いた。


 満身創痍の蓮行はそれでも公儀軍相手に奮闘した。


 彩芽は着物の裾を乱し足袋で満月の待つ神庫へ急いだ。

 それを見ていた浅次郎は、

「なにをする気だーっ!」と叫んだ。

「満月を動かします」

「そんな事をすれば神庫が壊れる。わたしは竿師は務めんぞ」

 浅次郎は亜弥芽を追い掛けた。


「結講、おまえと床入りなどまっぴらご免、一人で動かせます」

「夫として命ずる。満月を動かすな」

「夫?」

 彩芽は声を上げて笑った。


「全ては壱輪華を守るための、おまえは道化に過ぎん。指すら触れたことのない夫がどこにいようか。我が夫は蓮行ただ一人、我が子は蓮乃ただ一人」


「なんと言うことを、伊桜莉と浅桐が聞いたらどう思う」

「真実を話しなさい、浅桐には残酷でしょうがね、それもあなたのせいでしょう」


 追い掛けてきた浅次郎が彩芽の手を捕まえた。

「離しなさい穢らわしい」

 彩芽は見にくく歪んだ顔に平手打ちをする。


「浅桐ーっ!満月が敵に奪われる。岩盤を破壊して神庫を封印しろ」

「性根から腐った男だこと。わたしの事をかか様と呼んでくれた愛の結晶が待っているのです。あなたのように快楽しか追い求めない人間にはこの喜びは分からないでしょうね」


 浅次郎は奥歯を鳴らした。


 彩芽は眉間にシワを寄せ浅桐の股間を思い切り蹴り上げた。

「あーっ!つつつつつっ!」

 浅次郎はうずくまった。


「聞いたなっおまえら、さっさと爆破しろ。奪われたらおまえらのせいだからな」

 十歳の浅桐は宮主のせがれと言うだけで、もう宮主気取りだ。


「岩盤内竜鱗粉点火」


 絶壁に導火線の火花が走った。


「まずい月姫が――」


 満月の鎮座する神庫に走る彩芽を見て浅次郎は慌てて駆け出した。


――かか様と呼んでくれた。蓮乃がかか様と……女としてこれほどの喜びがあるだろうか。なんとしても助け出し、力一杯抱きしめてやりたい。満月にこの思いを伝えてやらねば――


 断崖の導火線が火花を散らしているのは見えていた。

 それでも彩芽は胸を膨らませ、間に合うと信じ懸命に走った。


「おい彩芽岩盤が崩れるっ下がれ」

 仮初めとはいえ夫。

 浅次郎にとって彩芽は憧れの人であった。

 命をかける価値はあった。


 浅桐は洞の口から外を覗いた。

「親じ殿、母上……すぐに爆破を止めろ」

 神庫に駆ける二人を見て動揺した。


「もう着火している。無理言わないでくれ」

「止めなければ貴様を殺す」

「そうしろ、その前に俺がおまえを殺してやるよ」

 浅桐の唇が恐怖で震えた。


 轟音とともに岩が雨のように降り、神庫(ほくら)を壊した――――


 彩芽は巨大な岩に押し潰された。

 大鬼神満月(だいきじんまんげつ)は月姫彩芽を守ろうと自立行動で手を差し伸べたが、前貫親子の傲慢さの前には、ほんのわずか届かなかった。


 浅次郎は飛んできた大きな岩に顔を潰され、遙か後方に飛ばされた。

 まるで彩芽に近寄るなと言わんばかりだ。


 彩芽の着物は朱に染まり、岩の隙間から泉のように血が涌いた。


 車の付いた木の檻の中、崩れた塀からその一部始終を蓮乃は見ていた。


 後方では如月蓮行こと壱輪華蓮行のうずくまる身体には無数の刀が刺さり、それでも指の先は蓮乃を追い掛けようとしていた。


「蓮乃、生きろ、生き残れ…………」


 檻は馬に引かれながら、さめざめと泣く蓮乃と少年少女を乗せ、燃え盛る光喜野郡満月の郷《みつきのぐんまんげつのさと》を後にした。



 満永二年、八月の終わりが迫ろうとしている頃だった……


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