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満天之、二 小雪の受難

 火の手を逃れようと広い場所を探すが、広い場所は広い場所で松木田軍部に見つかりやすい。

 小雪は両親に手を引かれながら焼け出された家を後にした。

 一体どこへ逃げていいのやら、ただ逃げ惑うまかりだった。

 煙る家の間を身を低くしながら慎重に歩いて行く。


「小雪大丈夫か」

「うん、わたしは大丈夫、父さんと母さんこそ大丈夫?」

 小雪がそう聞いた時――――


 パーンッ――――


 竜鱗粉の炸裂音とともに父が倒れ込んだ。

 父のすぐ横の積み上げられた樽の影から、長竜筒(単発式ライフル)を構えた男が出て来て、舌打ちをした。


「仕留め損ねたか。運のいい奴め」


 大豆俵源五郎丸《おおまめだわらごろうまる》大佐は部下に長竜筒を押し付けると、次弾装填を命じた。


 倒れた父は寄り添う母とうなずき合って叫んだ。


「小雪っ!おまえだけでも逃げろ」

「あなたは足が速いわ、あなただけなら逃げ切れる」


「そんな…………」

 小雪は十四歳にして非情な決断を迫られた。


 大豆俵は母の背中に刀を突き立てた。

「妖刀がまた血を求めておるわ、がっははははは」

「お願い、逃げてちょうだい。あなただけでも…………」

 吐血しながら母は哀願した。


 小雪は瞼を固く閉じ駆け出した。

 大豆俵は装填の済んだ長竜筒を小雪に向けて構え、舌舐めずりをすると、引き金を絞った。


 パーンッ――――


 どこを狙ったのか、弾丸は天高く舞い上がった。


「くそっ、逃げ足の速い奴めっ」

 大豆俵は苦虫を噛み潰した。


 小雪が振り向くと、怒りにまかせ両親をめった刺しにする大豆俵がその目に映り、怒りよりも悲しみで涙が止まらなかった。


 両親の悲鳴が耳をつんざく。

 小雪は耳を塞ぎ泣きながらひたすら走った。

 炎にくすぶる家々の間を抜け走り続けた。


 ひたすら走り続け、ようやく立ち止まったのは見通しのよい畑に出た時だ。

 のろしのように煙を上げる民家の数々からは、小雪同様に人々が逃げ出していた。

 目に映る先には魔導人形が二体殴り合いをしていたというのに、気が付かなかった。


 金属同士のぶつかる音がしないのだ。

 松木田公儀軍の丁ろ-参号(ていろのさんごう)軽烙(けいらく)と光喜野藩軍の丙ホ-伍号(へいほのごごう)川流(せんりゅう)は、互いに拳を寸止めしてしている。

 その背後にはもう一体、川流がいる。


 軽量で運搬に特化した身の丈四丈(12メートル)の軽烙が、汎用性に富んだ高さ五丈(15メートル)の川流と互角なわけない。

 それも二体相手だ。


 確かに軽烙は如月蓮行本名が壱輪華蓮行(いちいりんかはすゆき)で開発した名機であるが、それは初期生産の品であって、現在出回っているのは、他の宮が手を加え安価に大量生産が出来るようにしたものだ。


 如月蓮行は軽烙を自分の作品だと言われることを決して許さないほど、現行は粗悪品なのだ。


 目を凝らし見渡してみれば、 遠方で歩行式破壊槌(ほこうしきはかいつい)特・甲い-伍号(とくこういのごごう)、通称四つ脚が四両の軽烙を相手にしている。


 四足歩行の四つ脚は、二本の腕の先に大木を取り付け、それで眼前の敵を破壊していく魔導兵器だが、組み付いた二両の軽烙の背に振り下ろす大木は、全く音を立てない。

 やはり寸止めだ。


 後方の二両は肩に大竜筒を構え発砲するが、弾頭は明後日の方へ飛んでいく。

 魔導人形同士の戦い全てがそうだった。

 殴り合いをしていても金属音の一つもしない。


 全てがふりなのだ。

 見せかけの戦いに過ぎないのだ。


 小雪は茫然とそれらの景色を眺めていた。

 これはなんなんだ。

 民を殺す意味はあるのか。


 膨らみかけた十代半ばの胸の内から、涙がこぼれる。

 探してみて気が付いた。

 少年少女の姿を見かけない。


 これは徴用?じゃあなぜ父と母は殺された。

 なにか特別な事情があるに違いない。


 ドォーンッ!


 という地鳴りのような音とともに、少し先に川流が倒れてきた。

 光喜野藩軍の主力魔導人形だ。


 搭乗蓋が開き竿師が出て来て、魔導人形の背中を見ている。

「まいったなぁ、へこんでないよなぁ」


 開いた搭乗蓋のある胸からもう一人が顔を出した。


「大丈夫か、人形は」

 袈裟を羽織り大きな数珠を首から提げている。

 法力坊主だ。


 法力は霊力と似ている。


 巫女娘が霊力を動力源に魔導人形を動かすのに対し、法力坊主は法力を動力源にする。

 法力坊主は霊力の大きさが安定しているため、竿師は人形を扱いやすいが力に歩留まりもあるうえ、倭国(わこく)の中央より南ではあまり見かけることがない。


 倒した軽烙の搭乗蓋が開いて、公儀軍の竿師が声を上げた。

「わるい、やり過ぎちまった。勘弁してくれや」


 なんなんだこれは、小雪はもうどうでもよくなった。


「お、見付けたぞ、大佐の言う歳の頃の子供だ、娘だ」


 背後で数人の武士の声がしたが、小雪にはもう逃げる気力もない。

 もう好きにしろ、これで両親の元にいけるんだ。


 小雪は檻を取り付けた馬車に連れて行かれた。

 その横に大豆俵がいた。


 この男を殺してやる!

 暴れるが身動きできない。


 なんでわたしは女なんだ。

 男なら一矢報いることも出来ただろうに…………


 檻に投げ入れられる小雪の顔が憎しみで歪み、無力感にさいなまれた。


 檻の中には五、六歳から一四、一五歳の少年少女が集められていた。

 小雪の後からも少年が一人連れてこられてきた。

 みんな途方に暮れていた。


 男に産まれたかった。

 そしてあの男を殺したい。

 小雪の頬を熱い雨が濡らした。


 公儀軍大豆俵隊、若き中尉、十八歳の小佐内凜秋(おさないりんしゅう)が大豆俵源五郎丸《おおまめだわらごろうまる》大佐に進言した。


「南方方面の大規模偵察ではなかったのですか」

「武士の徴用だ」腕組みをして圧倒的な約束された勝利を眺める。「募集をかけても集まるまいが」

 凜秋は大豆俵の足元に転がる数人の遺体を見て、「これは?」と訪ねた。


「刃向かってきおった。身を守るためやむを得ん」

 刃物も持たぬ遺体に凜秋は訝(いぶか)しんだが続けた。


「徴用は鏡月帝(きょうげつてい)陛下が禁じておられます」

「あんな小娘の言うことが聞けるかっ」

「めったなことを…………公儀も禁じております」

 不快な表情を顕わにした。


「将軍の許可が出てるんだよ」

「元帥が禁じておられるんですよ」

 凜秋は喰い下がった。


「うるさい奴だ、人の一人でも斬って来いっ!」

「だからなぜ人を斬る必要があるのですっ」

 凜秋は強く噛み付いた。


 一体裏でなにが動いているんだ、凜秋は惨状を眼にし、松木田豊山(まつきだほうざん)がこのような蛮行許すはずはない、と怒りを顕わにした。




 楼門の閂(かんぬき)が激しい音を立てて、はじけ飛んだ。

 満月大鬼神聖天宮《まんげつだいきじんせいてんぐう》の境内は底知れぬ緊張感に包まれ、神職たちの握る柄(つか)に更なる汗を産んだ。

 風を巻き上げながら倒れる門扉から、公儀軍の武士が奔流のように流れ込んできた。


 先陣を切ったのは六歳の如月蓮乃だ。


 小さな身体を優位に活かして懐に飛び込むと、立ち上がりざまに脇差しで心臓を一突きする。

 六歳にして命を奪うことに迷いがない。

 ある種達観したものを感じさせた。


 如月蓮行と月姫彩芽はすぐさまあとを追った。


 境内で激しい剣戟が繰り広げられ、刃が火花を散らす。


 宮の者か公儀軍の武士かは分からないが、その中の誰かが大声で叫んだ。


「魔導人形だーっ!宮の魔導人形が来たーっ!」


 おののく公儀軍の武士たちは潮のように引いた。


 乙ろ-壱号(おつろのいちごう)朱雀(すざく)は腰の刀を抜刀すると武士の集団に突き立てた。


 刃は土砂をまき散らし地面に突き刺さると、土塊(つちくれ)とともに周囲の武士たちを吹き飛ばした。

 集団は蜘蛛の子を散らしたように散開していった。


 境内では神職たちが腰が抜けたようにへたり込んで、互いの無事を喜んだ。



 如月蓮行は蓮乃を力一杯抱きしめた。

 月姫彩芽もまた二人を包み込むように抱きしめ、蓮行と蓮乃の体温に瞳を滲ませた。


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