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満天之、四 小雪の優しさ

 あちらこちらの角の取れた格子は、多くの人たちが握りしめてきた悲しみの記憶だ。

 木の檻(おり)を乗せた馬車の荷台は時折悲鳴を上げて、軋む。

 火の粉を散らし夜空を赤く染める、光喜野郡満月の郷《みつきのぐんまんげつのさと》を膝を抱え如月蓮乃(きさらぎはすの)は涙を流しながら、眺めていた。


 夜空に浮かぶ丸い盈月(えいげつ)は、どこまでも付いてきた。


 檻を運ぶ馬車は何両か連なっている。

 その全てで泣き声が聞こえていた。

 乗せられているのは年の頃の近い五、六歳から十四、十五歳の少年少女ばかりだった。


 公儀軍、光喜野藩軍は、申し合わせたように互いが引いていく。

 蓮乃は父壱輪華蓮行(きさらぎはすゆき)と実の母前貫彩芽(まえぬきあやめ)を殺した公儀軍を憎み、宮主前貫浅次郎(まえぬきあさじろう)を憎んだ。


 前貫彩芽が実の母であるというのはいささか満月大鬼神聖天宮《まんげつだいきじんせいてんぐう》の複雑な事情があった。


「見付けたぞ小僧、危うく命を落とすとこだった」

 蓮乃に脚を傷つけられた公儀軍大佐大豆俵源五郎丸《おおまめだわらごろうまる》が、ムチで檻を叩く。

 蓮乃は見やり膝に顔をうずめ、涙を流し続けた。


「無視しやがって」腰の竜筒を抜いた。

「大事な商品です」

 側にいた武士が小声でいさめた。

 大豆俵は奥歯を鳴らし馬をムチ打ち先頭に出た。


 十四、十五歳の少女が蓮乃に話し掛けてくる。


「わたしは小雪、君の名は?」

「…………」

「言いたくないならいいわ、ここにおいで」

 少女は開いた膝の間を叩いた。


 蓮乃はしばらく見つめ、そこに収まると少女は膝を閉じて、蓮乃を背後から包んだ。

「泣くな男の子」

 耳元でささやくと、顎を頭に乗せ心地のよいうたを歌った。


「蓮乃、如月蓮乃……」

 闇に溶け入りそうな声で蓮乃は呟いた。

「蓮乃かいい名前だ。強そうで、賢そう。蓮の実は泥の中でも中身は真っ白に育つ、そして真っ直ぐ芯が何本も通ってる。蓮乃もそんな男になるんだ」


 蓮乃は檻の外に流れる景色を見た。

 蓮は信念の証なのか、父と母はそんな思いで、先祖たちは蓮の字にそんな意味を持たしていたのかもしれない。


 一人ではない気がしてきた。

 蓮乃は小さなもみじで小雪の手を握り、思いを伝えた。

「小雪はボクが守る」

 蓮乃の髪に温かい雨が降った。




「如月は蓮乃はどこじゃ、洞にはおらなんだじゃないか、どこへ行った」

 三人の長老衆は、境内で老足を乱しよろめき彷徨った。

「蓮行様はお亡くなりに……蓮乃殿はわしが探してまいります」

 魔匠頭代行《ましょうがしらだいこう》の明石亥吉(あかしいきち)は目を腫らし狼狽しながらも、長老衆に言い残し境内を駆け回った。


 神庫(ほくら)は半壊しその壊れた屋根から大きな人影が見えた。


 埴輪と仏像を合わせたような身体には、独特の文様が刻まれている。

 古代セブリ文字と密言印契(みつごんいんげい)を雲で模(かたど)った浮き彫りだ。

 頭部にはを燃え立つような角が五本立ち上がっている。

 その下の顔にある目は、穏やかに閉眼していた。

 身体は無骨で幾何学的な魔導人形とは違い、曲線美にあふれた躯体で色も黒鉄色ではなく、青銅色だ。


 満月大鬼神聖天宮《まんげつだいきじんせいてんぐう》の大鬼神(だいきじん)満月(まんげつ)がその姿を露呈させた。


 片膝を付き顔を覗かせる様は満月の郷(まんげつのさと)の復興を願っているよであった。


 片手は月姫前貫彩芽(まえぬきあやめ)に向けて差し伸べられていたが、今一歩、満月の思いは届かなかったようである。


「長老様がた」

巫女娘筆頭(みこむすめひっとう)神楽木咲耶(かぐらぎさくや)は鼻声で気丈に伝えた。

「月姫前貫伊桜莉(まえぬきいおり)様はお亡くなりになりました。満月で出陣されようととしたようです。満月もそれに応えようとしていたのですか……」

「では……蓮乃の身に……」

 長老衆一番、佐江はよろめいた。

「まだ確認出来ておりません。気を落とさぬよう」

「伊桜莉は大丈夫か」

 長老衆三番、伍門がそっと訊く。

「……おかげさまで。お心遣い感謝いたします」

 咲耶は小声で言い、頭を下げた。


 岩に押し潰された、前貫浅次郎(まえぬきあさじろう)と前貫彩芽(まえぬきあやめ)を前に前貫浅桐(まえぬきあさぎり)と前貫伊桜莉(まえぬきいおり)は泣き崩れていた。

 そこへ、権宮主(かりみやぬし)の三栗谷有年(みくりやうね)がやってきて浅桐に耳打をした。


「蓮乃は見当たりません、宮の外まで敵を追っていった姿を見た者がおります。郷のどこかで殺されているかと」


 浅桐の涙が止み、口角が上がった。

 伊桜莉を見やり、その肩を抱き寄せた。

「これからは宮主、月姫として姉弟仲よく暮らしていこうじゃないか」


 伊桜莉は浅桐の胸にしがみ付いた。

 浅桐の襟が温かく潤っていき、その温もりに思わず笑顔をもらした。

「長老衆がお呼びです。後ほど部屋に来るようにと、身ぎれいにしてこいとの事」

 禰宜(ねぎ)が二人に伝えに来た。




 魔導人形や武士、巫女娘たちを乗せた公儀軍中隊の一行は、山中の三叉路にさしかかった。

 ただならぬ気配が華奢(きゃしゃ)な身体を包み、小さな胸の奥で警鐘を鳴らした。

 地下書庫で読んだ五等竜、出現の予兆が見られる。

 馬で併走する女武士を蓮乃は呼んだ。

「この道を行ったぁダメだ、五等竜が出る。かなりの数だ。三等竜も出るかもしれない」


「なぜそう言い切れる」

 子供の戯言(たわごと)と切り捨てず、小佐内凜秋(おさないりんしゅう)中尉は耳を貸した。

「足下の野花を見て、萎(しお)れ掛かっている。この道沿いずっと。木の葉もだ、少し枯れているのがあるが、増えるようなら三等竜が出る」

 凜秋は闇夜に目を凝らした。


「確かにそう見えなくはない、この先増えるのか?」

「増える、がこの車列を回すことは出来ないでしょう?」


 凜秋は頷くと先頭を行く大豆俵に報告した。


「竜が怖くて軍人をやってられるか、貴様も軍人なら腹をくくれ、そもそもガキの戯言だろうが、真に受けるな」

「しかし、花や木の葉は確かに萎れています。枯れ葉も混じっているようですが」

 凜秋は木枝を見上げた。


「連日の暑さにやられたんだ。下を通れば遠回りになるんだよ」

「お言葉ですが、下の道の方が早いかと」

「上官に逆らうなっ!全ての責任はわたしにあるんだ」

 大豆俵は胸を叩いた。


 凜秋がそのまま行くことになったと、蓮乃に伝えると、

「全員を檻の中央に寄せてください。奴らは夜には音もなく忍び寄ります」

「分かった、そうしておこう」


 凜秋は最後尾の檻から声を掛けた。


 車列は穏やかに止まり、何者かと合流した様子だった。


「何事ですか」

「見てこよう」

 蓮乃の言葉にすぐ動く、凜秋は動きの軽い女だ。


「なんですか、その小判は……」

 大豆俵が狩衣(かりぎぬ)を着た男から、大量の小判を受け取ろうとしているのを見て、凜秋は唖然とした。

 三百両はあった。(時価4千万円から5千万円)


「おまえは見てない。見たなら殺すしかない」

 大豆俵は欲に顔が歪む。

 凜秋は刀の柄(つか)に手を掛けた。

「わたしは確かに見ました。が、ただで殺されるつもりはありません」

 抜いた刃を大豆俵の鼻先に突き付けた。


 大豆俵は尻もちを付き、立てた掌を差しだした。

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て、見なかった事にしてくれればいいんだ」

「それも出来ません」

「ちょっと待ってくれ、我々はまだ渡していない。まず仕事をさせてくれないか」

 狩衣の男たちはぞろぞろと檻の方へ向かった。


「俺はなにももらってない。まずは仕事をさせてくれないか」

 大豆俵は声マネをした。

「何者なのです」

 凜秋は納刀した。

「おまえのような下っ端には関係ないっ!」


「壱輪華、壱輪華はおらんか」

 狩衣の男たちは壱輪華を探した。


――なぜ壱輪華を?あの狩衣の神紋は半月大鬼神聖天宮《はんげつだいきじんせいてんぐう》の物、半月の宮は弐輪華(にりんか)の宮(みや)。弐輪華がなぜ壱輪華を探してる。ひとまず様子を見よう――


 蓮乃は遠巻きに神社の紋章である半月大鬼神聖天宮《はんげつだいきじんせいてんぐう》の神紋(しんもん)を付けた狩衣の男たちを観察した。


「壱輪華には五両やろうと思っている、名乗ってくれ」


 蓮乃は胸の奥がざわついた。


 各檻の中で少年たちが我先に格子にしがみ付いた。

 男たちは人相書きと少年たちを見比べて、顔を見合わせると首を横に振り、抜いた刀で腹を一突きした。

 小雪が、ヒッと短い悲鳴を上げた。

「人の奥に入り込んで」

 小声で言いながら背中を押した。


 男が二人蓮乃の檻にやってきた。

 蓮乃は怯えた振りを装い小雪に顔をうずめた。


「そこの小僧こっちを向け、貴様だ」

 小雪は蓮乃を抱きしめた。

「向かぬと檻に入りみなを斬るぞ」

 蓮乃はうつむいて男を見た。

 二人は人相書きを見ては蓮乃を見る。


「きき貴様っ」男たちは声を揃えた。「一リンッ!」

 蓮乃は咄嗟に叫んだ。

「竜だぁっ!五等級の竜が出たぁーっ」

 二人の首がポロリと落ちると、二本の腕が鎌になった、一つ目の等身大の竜が一頭立っていた。


「なぜあの者たちは殺してるんですか」

 凜秋が詰め寄る。

「おまえには関係ないことだと――」

 大豆俵の耳が動いた。

「竜だぁっ!五等級の竜が出たぁーっ」

 彼には風の音に掻き消されそうな、遥か後方にある檻の六歳の少年の声が聞こえたのだ。


 慌てて片膝を付いて座る魔導人形に乗り込み、搭乗蓋を閉め、刀を抜いて丸くなり震えた。

 大豆俵源五郎丸《おおまめだわらごろうまる》三十八歳にしてその名に幼名に付ける『丸』を残す。

 『丸』は災いや邪気を払うとされているからだ。

 それほどまでに臆病な男である。


 凜秋の所へ武士が駆けてきた。

「先程竜が出ると騒いでいた少年の檻で、宮の人間が竜に殺されました」

「なにっ!」

 言い終わる前にすでに馬は駆けていた。




 前貫浅桐(まえぬきあさぎり)は十歳、前貫伊桜莉(まえぬきいおり)は十二歳、二人とも重責を担うには幼すぎる。


 二人は長老衆の部家を訪れた。

「失礼いたします」

 姉の伊桜莉が襖戸(ふすまど)を開け入室し、弟の浅桐が後に続いた。


 正面には三人、長老衆一番の佐江が中央に、左が二番洋喜、右に三番伍門が座っていた。

 左には他にも、魔匠頭代行《ましょうがしらだいこう》の明石亥吉(あかしいきち)と巫女娘筆頭(みこむすめひっとう)を務める神楽木咲耶(かぐらぎさくや)も座っていた。


「おまえたちにとても重要な話がある。とても重要じゃ、心して聞け」

 佐江は神妙な面持ちで切り出した。

「そして蓮乃にも関わる。この宮の存続に関わる話しだ」

 伍門が言い足した。


「……蓮乃は月姫と蓮行の子じゃ」

 佐江は瞼を閉じた。


 伊桜莉と浅桐は混乱した。

 弟?

 浅桐は、憎き蓮乃がわたしの弟だと――

 伊桜莉は、敬愛して止まぬ蓮乃様が弟――


「今おまえたちが考えていることは、いずれも違う。この満月大鬼神聖天宮《まんげつだいきじんせいてんぐう》は数ある宮の中でも、特殊なのじゃ、蓮乃は壱輪華じゃ」


「壱輪華…………」


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