三章 その伍
その日の夕方、テツヤは重い気持ちでミツアキの部屋にいた。そろそろ何か手を打たなければならなくなっていた。
「結局池の中にありましたが、今日は蔵から数点の宝石や装飾品が紛失しました。犯人を見つけなければ、この先何が起きるかわかりません」
「……そうだな。外から侵入しているとは考えづらいだろう。毎日、回数や時間を変えて警邏をしても騒動は減らず、侵入の痕跡も見当たらないしな」
「はい。考えたくはありませんが、中の人間の仕業でしょう。目的はわかりませんが」
「別邸では何も起きていないのか?」
「はい。そのような報告は来ていません」
ミツアキは少しの間考え込み、紙と筆を用意し始めた。そして、何かを書き付けながらテツヤに指示をする。
「領主様に『影』をお貸しいただき、この機会にわたしの周囲の人間を改める。早打ちを用意するように」
東霞を治める領主である東公は、領内の情報を集めるために『影』と呼ばれる密偵集団を持っている。その存在を知る一部の貴族も具体的な人数や活動内容は判らず、平民は存在自体を知らなかった。
『影』を知ることを許された貴族は、忠誠を誓うことと引き換えに『影』の力を一度だけ借りることができた。
「そこまでする必要がありますか? 『影』を借りるということは、領主様に一も二もなく従うということです。将来、雲雀伯を継がれたとき、児玉郷を差し出せと言われても拒めなくなるのですよ!」
領主への書状を書き終えたミツアキは、何の気掛かりも無いすっきりした表情でテツヤを見返す。
「かまわない。それでも、わたしが国から任された黒真珠卿であることは変わらないからな。浜栗町さえ残れば良い。わたしは若くして父から子爵位を譲られた。父の代から仕えてくれている人間の中にはわたしに不満がある者もいるだろう。その不満が爆発する前に、危険の芽を摘んでおきたい」
テツヤも気付いてはいた。ミツアキの若さを不安視し、先代の義弟とミツアキをすげ替えようという話が出ているという噂も聞いていた。まだそれを行動に移している人間はいないが、この先も確実に無いとは言えない。
「……わかりました。領主様に早打ちを出します」
「ありがとう、テツヤ。あと、アユミを別邸に移す。同行させる者の人選は、お前に任せる」
「理由をお聞きしてもよろしいですか?」
「今のところ別邸では何も起きていないのだろう? アユミをそちらに移して彼女の安全を確保したいというのが第一だ。だが、万が一そうしたことで騒動が別邸で起きるようになったのなら、原因はアユミである可能性が高くなる。それを確かめたい」
「至急、選考に掛かります。他には何かございませんか?」
「旅の一座の者をこちらに呼んでくれ。この状況では帰ってもらった方が良いだろう。……アユミに良い影響がありそうだったのだが、残念だ」
その後、テツヤに案内されてミツアキの部屋へ向かったサツキたちに、今までの感謝の言葉と共に金の大判一枚が渡された。報奨金ほどではないが、旅芸人に渡す報酬としては破格の金額だった。
突然の解任を詫び、理由としてアユミを別邸に移すからだとミツアキが言ったときにレイの口元がわずかに緩んだことを、ミツアキたちは気付くことができなかった。




