72 再会
72 再会
付与作業がひと段落すると、ルークは大きく息を吐いた。
机の上には、付与を終えた石や木の実が山のように積まれている。
「終わったぁ……」
ぐったりと机に突っ伏すルークを見て、アンディが笑った。
「お疲れさん。さすがに疲れたか?」
「うん。でも、みんなの役に立つなら」
そう言ってルークが笑うと、アンディは肩をすくめた。
「本当にお人好しだな」
ルークは少し考えてから顔を上げた。
「ちょっと、人を探したいんだ」
「人を?」
「恩人というか、友人がいるんだ。こっちに来てすぐ、お世話になった人たちで」
アンディはすぐに立ち上がった。
「よし。探すか」
「本当?」
「本当だ」
部屋の隅で書類を見ていたフェルナンドが顔を上げ、ルークを心配そうに見つめる。
その様子に気づいたアンディは、フェルナンドへ向かって口パクで「まかせろ」と告げた。
フェルナンドは小さくため息を吐く。
どうせ止めても行くだろう、こっそり行かれるよりはマシか、と見送ることにした。
王城の搬入口は今日も忙しなく稼働していた。
荷車が行き交い、人夫たちが忙しそうに荷物を運び込んでいる。
その人混みの向こうに、ルークは見覚えのある三人の姿を見つけた。
「ケント!」
呼ばれた男が振り返り、一瞬きょとんとした。だが次の瞬間、その目を見開く。
「オオヤナギ!」
「無事だったな!」
「久しぶりです!」
ケントの隣にいたビルとジョンも駆け寄ってくる。ルークの顔には自然と笑みがこぼれた。
「生きてたか!」
「当たり前だろ!」
「いや、色々と噂を聞いたからな!」
三人が一斉に笑い、ルークもつられて笑った。
「夜、時間はありますか?」
「あるぞ」
「じゃあ、ご飯でも一緒に。部屋まで迎えに行きますね」
三人は驚いて顔を見合わせたが、「わかった」と嬉しそうに約束を交わして一度別れた。
夜、ルークに案内されて三人が着いたのは、ハイタック騎士団本部だった。
ケントたちは圧倒されたように建物を見上げる。
「ここ……なのか?」
「うん」
「本当に俺たちが入っていいのか?」
「大丈夫だよ」
ルークが笑顔で促しても、彼らの不安は消えないようだった。恐る恐る中へ入り、案内された部屋の扉を開けた瞬間、三人はその場で凝固した。
机の上には、大きな肉の塊と香草を使った料理、見事な魚料理にふっくらとした柔らかいパンが並んでいる。瑞々しい果物に、見たこともない酒まで用意されていた。
「おいおい……」
ケントが引きつった声を出す。
「これ、貴族の晩餐じゃないか?」
「俺たちが食っていいのか……?」
ジョンが本気で周囲をきょろきょろと見回す。ルークは不思議そうに首をかしげた。
「だめだった?」
「だめじゃないけど、緊張するって!」
「そうか……」
ルークは少し考えると、まっすぐ三人を見つめた。
「でも、僕の恩人だから」
その一言に、三人は気圧されたように黙って席についた。
少し緊張した空気の中、ルークが席から立ち上がる。その真剣な声に、三人も自然と姿勢を正した。
「お礼を言わせてください。三人がいなかったら、僕はどうなっていたかわかりません。本当に、ありがとうございました」
ルークは深々と頭を下げた。
しばらく、部屋の中に沈黙が落ちる。
「う……」
「いや……」
「そんな……」
誰も言葉が出ない。ルークが不安になって顔を上げた。
「あれ? お礼の仕方、変だった?」
「いや!」
ケントが慌てて首を振る。
「正しい!」
「正しいけど!」
「びっくりしたんだよ!」
三人が口々に言うと、ルークは安心したように破顔した。
「そうか。なら良かった。じゃあ、食べよう!」
食事は驚くほど美味しかった。
肉は柔らかく、酒も上等だ。あまり酒に強くない四人だったが、「乾杯!」と大きな声を合わせてからは一気に盛り上がった。ルークは楽しそうに肉を切り分けて、皆の皿に配る。
「最初は王都の店に行こうと思って、美味しいところを教えてもらったんだ」
「へぇ、誰に?」
「でも、みんな疲れていそうだから、移動が少ない近い場所の方がいいって言われて。フェルナンドさんが用意してくれたんだ」
三人は顔を見合わせた。聞いたことがある名前だ。
ルークは誇らしげに続けた。
「すごく頼りになる人なんだ。今回の瘴気討伐の指揮もしてるんだよ」
「へぇ……すごい人なんだな」
「うん」
ルークは少し照れたように笑う。「僕は何度も助けられたんだ」
話は自然と、これまでの旅の思い出へと移っていった。
海辺の町のこと、冒険者のこと、瘴気のこと。そして――神子のこと。
ビルが、ふと声を落として尋ねた。
「なぁ……本当に、神子様なんだな」
ルークは困ったように眉を下げた。
「一応、ね」
「一応?」
「瘴気を浄化してるのは僕だから。でも、僕はただのルークでいいと思うんだよね」
「はは、なんとなくルークらしいな」
「神子業はミツルギにおまかせで」
ケントが笑うと、ジョンも大きくうなずいた。
どれだけ立場が変わっても、目の前にいる少年はあの時のままだ。
その時、ノックの音が響き、扉が開いた。
入ってきたのはフェルナンドだった。
その纏う空気の重厚さに、三人は思わず勢いよく立ち上がる。
ただ者ではないと、一目で分かった。
フェルナンドは軽く手を上げた。
「座っていてくれ。少し邪魔をする」
低く落ち着いた声だった。
「わたしからも、一言礼を言いたくてな」
三人が戸惑って顔を見合わせる中、フェルナンドは名乗った。
「わたしはフェルナンド。今回の浄化作戦の指揮を執っている。……君たちがいなければ、ルークはここにいなかった」
その言葉の重みを、四人は静かに噛みしめた。
「助かった。ありがとう」
短い言葉だったが、確かな真実味がこもっていた。
国や騎士団の要職にいるであろう人物からの直々の感謝に、三人は慌てふためく。
「そんな、大したことは……」
「俺たちのほうが助けてもらった」
「困ります、そんな偉い人に頭を下げられたら……」
フェルナンドはふっと小さく笑った。
「ルークから話は聞いている。困っていた時に、優しく助けてもらったとな」
ルークが顔を真っ赤にして「フェルナンド!」と抗議の声を上げる。
「本当のことだろう」
しばらくして、フェルナンドは「ゆっくり楽しんでくれ」と言い残して部屋を出ていった。
食事が済み、ルークは部屋まで送ると言い張ったが、三人がかりでそれを止めた。
「お前、疲れてるだろ」
「もう休め。な?」
「俺たちだけで帰れるから大丈夫だ」
渋々納得したルークに手を振り、三人はハイタック騎士団の本部を後にした。
静まり返った夜道を歩きながら、誰からともなく口を開いた。
「美味かったな……」
「すごかったな、何もかも」
「まさか、あんな上等な料理をご馳走になるなんてな」
ケントが夜空を見上げて笑う。
「でも、ルークは変わってなかったな」
「あぁ」
「相変わらず、いいやつだ」
後ろから足音が聞こえ、三人は足を止めて振り返った。
街灯の光に照らされて立っていたのは、先ほどのフェルナンドだった。
「疲れているところを呼び止めて悪い。少し話していいか?」
フェルナンドは少しだけ視線を落として考えた後、まっすぐ三人を見据えて告げた。
「アガペーナへ来ないか」
三人の思考がフリーズした。
「え……?」
「騎士団でも、冒険者でも、君たちがやりたい仕事ができるよう、こちらで指導と手配を行う」
予想もしなかった破格の提案に、言葉を失う。フェルナンドは淡々と続けた。
「瘴気の件で人手が欲しいというのもある。それに……」
そこで、フェルナンドの口元がわずかに緩んだ。
「ルークも、君たちに来てほしいと思っている」
「ルークが……ですか?」
「あぁ。君たちを信頼していると」
夜の静寂が、三人の間に落ちる。
このまま王都で、ただの雑用係のまま終わるのか。
それとも、新しい一歩を踏み出すのか――。
フェルナンドは決して答えを急かさなかった。
「返事は今でなくていい。よく考えてくれ」
そう言い残し、彼は立ち去っていった。
残された三人は、しばらくその場から動けずにいた。
やがて、ケントが震える声で口を開く。
「……どうする?」
問いかけられたジョンが、歯を見せて不敵に笑った。
「決まってるだろ」
ビルも力強くうなずく。
「あぁ」
このまま、うだつの上がらない雑用係として終わるのだと、どこかで諦めていた。
三人で肩を寄せ合い、それなりも暮らしを続けていくのだと。
だが、ルークが自分たちにチャンスを運んできてくれたのだ。
三人は互いの顔を見合わせ、晴れやかな笑みを浮かべた。
答えは、もう決まっていた。




