68 マーシャルとフェルナンド
68 マーシャルとフェルナンド
ギルドマスターの部屋の扉が閉まった。
その瞬間、乾いた音が室内に響く。
フェルナンドの拳が、マーシャルの頬を打ったのだ。
「あ……っ」
マーシャルの体がよろめく。
机に手をついて、どうにか倒れるのをこらえる。
部屋の空気が凍りついた。
ギルドマスターも当たり前だと見ている。
フェルナンドは一歩も動かなかった。
ただ冷たい目でマーシャルを見下ろしていた。
「瘴気を舐めるなと言ったはずだ。経験しているから恐ろしさも知っているだろう。部下を無駄に危険な目に会わせた」
低い声で、静かに話している。
それなのに、恐ろしかった。
「お前の短慮のせいで、何人の騎士が傷ついたと思っている」
マーシャルが顔を上げて、反論しようとした。
だが、その前にフェルナンドが続ける。
「ルークがいなければどうなっていた」言葉が刺さる。
「部下の命を大事にしろ」部屋が静まり返る。
マーシャルは拳を握りしめた。
「だが、なにもなかった」言い終わる前だった。
フェルナンドの目が細くなる。
「なかった?」
ぞくりとする声だった。
「何も分かっていないな」
一歩、フェルナンドが近づく。
「俺は何度も忠告した」
また一歩、「ルークも言った」
さらに一歩、「石の効果を確認しろ」
「せめて一日は練習しろ」
「連携を確認しろ」
積み上げるように言葉を並べる。
フェルナンドが近づくたびに、マーシャルは後ろに下がる。
「それを無視した。いや、わかっていても、独断で突き進み、騎士を危険にさらした」
マーシャルは反抗的にフェルナンドを睨む。
フェルナンドの声が低くなる。
「指揮官失格だ」
マーシャルの顔が歪む。
悔しさと怒りと屈辱。
様々な感情が混ざっていた。
だが反論できない。
フェルナンドは静かに言った。
「俺は王位など欲しくない」
マーシャルが顔を上げる。
「王になるつもりもない。その器もない」
フェルナンドは肩をすくめた。
「俺は市井の方が性に合っている」
そして少しだけ表情を和らげる。
「何より、守りたいものが別にある」
マーシャルの脳裏をルークの顔がよぎった。
「だがお前は違う。お前の方が王に向いている」
マーシャルの目が見開かれる。
「その功名心も、人を率いたいという執着も、国を動かしたいという欲も」
フェルナンドは真っ直ぐに言った。
「本来なら国を率いる力になる。だが今のお前は違う」
冷酷な宣告だった。
「ただの無能な暴君だ」
マーシャルが唇を噛む。
血が滲むほど強く。
「己の愚かさを自覚しろ」
ギルドマスターは、なにも言わなかった。
しばらくして、ギルドマスターが大きく息を吐いた。
「で?」その一言で空気が少しだけ戻る。
「明日やれるか?」」
現実は待ってくれない。
フェルナンドは椅子に腰を下ろした。
「あぁ、準備は大丈夫だろう。団長がやってくれている」
ギルドマスターがうなずく。
「きちんとやれば大丈夫だ」
「頼む」
マーシャルが低く言った。
「俺も行く」
フェルナンドは振り返らない。
「好きにしろ」
その返事にわずかに苛立ちながらも、マーシャルは拳を握った。
まだ納得していない。まだ反発心もある。
あの瘴気を見た。そして自分の失敗も見た。
だから逃げるわけにはいかなかった。
フェルナンドは、「ルークにここに来るように言う。治してもらえ」
と自分の頬を指すと部屋から出て行った。




