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「神子の余分」と言われましたが、中身は最強の神子でした ~入れ替わり召喚で捨てられた僕が、木の実と石で世界を浄化するまで~  作者: 朝山 みどり
第三章

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64 氷の目線

  64 氷の目線


「ルーク様は、我が国の者だと正式に表明すべきでしょうな」


 侯爵の声には、探るような粘りがあった。


 品よく笑っているようでいて、目だけが笑っていない。


 会話というより、試している。


 どこまで踏み込めるか。


 どこまで揺さぶれるか。


 それを図っていた。


 だが、フェルナンドは、視線すら向けなかった。


 手元のワイングラスを軽く回し、赤い液面を眺めながら、興味なさそうに言う。


「ルークは、どこの国の者でもない」


 声音は淡々としているし、怒りも威圧もない。


 ただ、それ以上話す価値がないと言わんばかりだった。


 侯爵の口元がぴくりと動く。


「しかし、保護したのは我が国でしょう?」


「たまたまルークがやって来たのが我が国だっただけだ」


 フェルナンドは、そこでようやくワインを一口含んだ。


 喉を通してから、静かに言う。


「運が良かったな」


 軽い口調だが、妙に冷たい。


 侯爵の笑みがわずかに引きつった。


 周囲の貴族たちも気づいていた。


 フェルナンドの機嫌を損ねた。


 それでも侯爵は退かなかった。


 むしろ、焦りからか踏み込んだ。


 フェルナンド越しに身を乗り出すようにして、直接ルークを見る。


「神子様。我が国は歓迎いたしますぞ」


 ルークは反応しなかった。


 聞こえていないわけではない。


 ただ、意識が別の場所にあった。


 フェルナンドの母との会話を反芻していた。


 あの柔らかな声。『あの子、ああ見えて独占欲が強いのよ』


 脳裏に浮かぶ。それを思い出して、ほんの少しだけ困った気持ちになる。


 確かに、怖い。ああ見える通りに独占欲が強いよね。


 そんなことをぼんやり考えていた。


「神子様?」


 返事はない。


 侯爵の眉間に皺が寄る。


「神子様、聞こえておられますかな」


 周囲の談笑が、少しずつ止まった。


 楽器の音だけが妙に遠く聞こえる。


 空気が静かに張っていくが、ルークは知らんぷりだ。


 軍服の襟元が苦しくて、人いきれで暑い。


 美味しそうな料理が並んでいるのに、ろくに食べられていない。


 腹が減っていた。喉も乾いていた。


 そのうえ、今日はずっと視線ばかり向けられている。


 正直、疲れていた。


「神子様!」


 侯爵の声が、ついに大きくなる。


 ぴたり、と空気が止まった。


 数人が息を呑む。


 その瞬間、マーシャルが、楽しそうに笑った。


「おい、呼んでいるぞ」


 面白がっている声音。


 火に油を注ぐ気満々だった。


 フェルナンドも口元をわずかに歪める。


「そうだな」


 視線だけ、ゆっくりルークへ向ける。


「神子様とやらが呼ばれているようだね」


 そこでようやくルークが顔を上げた。


 少しだけ目を瞬かせる。


 そして首を傾げた。


「もしかして、わたし? 呼ばれていた?」


 数人が吹き出しかけた。


 慌ててグラスで口元を隠すが、肩が震えている。


 侯爵の顔がみるみる赤くなる。


 マーシャルまで顔を逸らして笑いを堪えていた。


「貴様……!」


 侯爵がルークに対して声を荒げる。


 その瞬間、ルークの表情が、ふっと消えた。


 怒っているようには見えない。


 ただ、熱が抜けたように静かだった。


 軍服の襟が苦しいのに、空腹なのに。


 疲れているのに、じろじろ見て。


 もういい。もうたくさんだ。うんざりだ。


 そんな気分だった。


「どうも」


 静かな声。感情のない声音。


「わたしは、場にそぐわないようです」


 誰も動かない。


「これで失礼いたします」


 小さく頭を下げる。


 完璧な礼。完全に突き放された気がした。


 隣でフェルナンドが、侯爵へ低く言う。


「余計なことを」


 小さい声だった。


 怒鳴りもしない。


 だが、侯爵はびくりと肩を揺らす。


 肌が粟立つような冷たさがあった。


 その目が、笑っていない。


 いや、冷え切っていた。


 ルークは、そのまま歩き出す。


 軍服の裾が静かに揺れる。


 靴音だけが、妙に響いた。


 誰も止められない。


 止めてはいけない。


 そんな空気が、会場を支配していた。


 扉の前にルークが立った。


 侍従が慌てて扉を開く。


 ルークがくるり、と振り返る。


 空気が張り詰める。


 全員が息を呑んで、背筋を伸ばした。


 ルークの右手が上がる。


 ぴしり。初めて見る動作。


 だが、不思議なほど洗練されていた。


 無駄がなく。


 静かで。


 威厳がある。


 軍服姿のせいか、誰よりも『上』に見えた。


 誰かが、息を呑む。


 誰かが、駆け寄ろうとする。


 だが、間に合わない。


 ルークは何も言わず、そのまま部屋を出て行った。



「失礼する」


 フェルナンドがそれだけ言うと、部屋を出た。



 去り際。


 フェルナンドは侯爵を一瞥した。


 氷のような目だった。


 侯爵は息を呑む。


 終わった。


 なぜか、彼はそう思った。


 残された会場には、重い沈黙だけが落ちていた。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。


書籍を出すことができました。

挿絵(By みてみん)




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