63 お披露目会
63 お披露目会
待合室には、妙な熱気が満ちていた。
王族を前にしているという緊張だけではない。
噂の神子。
瘴気を浄化した冒険者。
その姿を一目見たいという好奇心と、自分の陣営に引き込みたいという思い。
相手は異世界から来たと言っても平民。扱いは楽だろう。
自分こそは上手くやる。その思いは共通していた。
もっとも――その本人とフェルナンド、まだ来ていないのだが。
「遅いわね」
貴婦人のひとりが、扇を口元に当てながら呟いた。
「国王陛下までお揃いなのに」
すでに王をはじめ、王妃、王子マーシャルといった王族は全員揃っていた。
それなのに、肝心の二人だけが姿を見せない。
ざわざわと、不満混じりの声が広がる。
「なんて無作法な」
「そもそも神子と言っても、あちらでは平民なのでしょう?」
「神殿は認めているの?」
「フェルナンド様と一緒にいたのよね」
だが、その一方で、別の声もあった。
「でも、治療していただいたわ」
赤いドレスの令嬢が頬を染める。
「まあ! あの場にいたの?」
半ば非難がましい声が飛んだ。
「お手伝いしようと思いましたの」
「それで迷惑をかけたのね」
その言葉に、何人かが苦い顔をした。
すると、その時だった。
侍従の声が響く。
「フェルナンド様、ルーク様」
空気が変わった。
扉が、静かに開かれる。
先に入ってきたのは、黒を基調とした軍服姿のフェルナンドだった。
無駄のない動き。
部屋中の視線を真正面から受けながら、一切気にした様子もない。
そして、その隣。
威厳のある軍服をまとった青年が、静かに姿を現した。
茶色を基調とした、格式ある少し変わった軍服。
神子らしい白い装束など、どこにもない。
青年――ルークは、不機嫌そうだった。
だが、その背筋は真っ直ぐに伸びている。
神子はどこにいるのか。
一瞬、誰も理解できなかった。
二人はそのまま真っ直ぐ王の前へ進む。
フェルナンドが王の前でひざまずき、低く口を開いた。
「ルーク殿をお連れしました」
それだけだった。
余計な説明は一切ない。
王は、ゆっくりとルークを見る。
ルークもまた、王を見返していた。
逃げない。もっとも初対面ではない。
国王と言えど、ルークから見ると国王役の熟練俳優だとも見える。
静かな視線だった。
その空気に、周囲が飲まれる。
マーシャルでさえ、何か言おうとして口を閉ざした。
沈黙が落ちる。
誰も声を出せなかった。
そこで、王の傍らに控えていた侍従が小さく咳払いをした。
王が、穏やかに口を開く。
「ルーク殿。よくお出でくださいました。お会いできて光栄でございます」
ルークは小さく会釈した。
貴族たちの間に、声にならない動揺が広がる。
「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
穏やかな声だった。
王はフェルナンドへ視線を向ける。
「わたしが紹介してもよいか?」
フェルナンドが軽くうなずいた。
王は、静かに周囲を見渡す。
「こちらのルーク殿は、ハイタック王国の神子召喚の折、この世界へいらした方です」
待合室が静まり返る。
「当初、ミツルギ様が神子として披露され、我が国も挨拶を行いました。神子様は我が国にいらっしゃることを承諾されました。我が国は感謝して待っておりましたが、いまだ実現はかなっておりません」
王は、そこでルークを見た。
「その後、神殿とハイタック王国で何かが起こったようです。詳細は把握しておりませぬ」
静かな声が続く。
「だが、我が国に瘴気が発生した時、ルーク殿は、その瘴気を浄化してくださった」
フェルナンドが、ゆっくりとうなずいた。
「ルーク殿に、我が国は大きな恩がある」
「いえ。できることをしただけです」
ルークは淡々と答えた。
「騎士団、冒険者、そしてフェルナンド。皆さんの力があったからこそです」
笑顔はなかった。
それでも、その場にいた誰もが、その言葉の重みを感じていた。
王が、ゆっくりと頭を下げる。
「ルーク殿。国を代表し、感謝を申し上げます」
国王が、冒険者に、頭を下げた。
誰も動けなかった。
ルークは、一瞬だけ目を見開いた。
それから、静かに会釈を返す。
「過分なお言葉です」
それ以上は、何も言わない。
ここで何か喋って顔を売りたい。
誰もがそう思った。
だが、その空気を壊せる者は、一人もいなかった。
やがて侍従が進み出る。
「陛下、準備が整いました」
「うむ」
王が立ち上がる。
「では、参ろうか」
貴族たちも慌てて後に続いた。
その中で、フェルナンドが自然な動作でルークの背に手を添える。
囲うように。
守るように。
ルークは表情を変えず、真っ直ぐ前を見て歩いていた。
マーシャルは唇を噛みしめながら、その後に続いた。




