59 防衛準備
59 防衛準備
フェルナンドは、近寄ってくる香水の匂いの強い女たちを軽くさらりとかわしながら、次々と指示を出していった。
「土魔法が使えるやつを集めろ。柵の外周は広く取れ。堀を作れ、出て来た土は防御に使うぞ」
低く通る声に、周囲の冒険者や騎士が即座に動く。
僕はその様子を、少し離れたところから見ていた。
すごいな、と素直に思う。
誰も迷わない。
フェルナンドがいるだけで、ばらばらだったはずの人たちが、一つの意思で動いている。
やっぱり、この人がいると違う。
ギルドからも通達が出て、土魔法の得意な人たちが集まり、王都の外周には大きな溝が掘られていった。
さらにその内側に、防御柵。
大工さんたちも自分から集まってきて、
「ここはこう組んだ方が強い」
「この木材はこっちに回せ」
と、どんどん形が出来上がっていく。
町全体で準備しているのが分かる。
「すごい……」
思わずつぶやくと、隣にいたクリフがうなずいた。
「こういう時の人の動きは早いだろ」
「うん……」
怖いからこそ、動く。
守りたいものがあるから、動ける。
それは、僕も同じだ。
作戦は単純だった。
外周の柵にわざと隙間を作り、そこから魔獣を内側に誘導する。
数を分断して、確実に倒す。
「遠距離を優先しろ。無理に前に出るな」
フェルナンドの声が響く。
「動きが鈍ったところを叩け。それだけでいい」
無駄がない。
だから、分かりやすい。
翌日、僕はクリフの腕を癒した。
「どう?同じように動く? 治療しといて聞くのも申し訳ないけど」
「治療できるだけ凄いよ。ウーーン。ちょっと力が」
「念のため、その腕は安静。動かさないのはよくないから、少しだけ大事に扱って」
「わかった」
それから、クリフは真面目な顔になると
「ルーク。ありがとうございます。ルークのおかげでこれからも冒険者として」
「クリフ。僕も嬉しい。能力を友だちに使えて。友だちを助けられて」
それから僕たちは、固く握手した。
◆◇◆◇◆
僕はずっと付与を続けていた。
集められた矢。石。木の実。
それから、新しく来た冒険者たちの武器。
「少しじっとしててください」
そう言って剣に手を当てると、淡い光が流れ込んでいく。
「これでいいです」
「ありがとう、助かる」
「いえ」
次、次、と手を動かす。
不思議と疲れはなかった。
むしろ、魔力は前よりも扱いやすくなっている気がする。
「ルーク、無理はするなよ」
クリフが声をかけてくる。
「うん、大丈夫」
本当に、大丈夫だった。
こうなって神子となって行くのをためらう気持ちや、逃げたいと思う気持ちは、まだあるけど。
それでも、やらないといけない。守りたい。
「やるよ」
僕がそう言うと、クリフは少しだけ笑った。
やがて、外を見張っていた騎士たちが、馬を駆って戻ってきた。
「来ます!」
その一言で、空気が一変した。
「位置につけ!」
すぐに号令が飛ぶ。
僕たちは城壁の上へと移動した。
王様からの命令で、僕はここから動けない。
わかっている、だけど見てるだけなのは辛い。
僕の隣にはクリフとアンディが立っていた。
「大丈夫か、ルーク」
アンディがちらりとこちらを見る。
「うん」
そう答えたときだった。
鐘の音が鳴り響いた。
低く、重い音。合図だ。
「来るぞ……」
誰かが言う。
遠くの地面が、揺れて見えた。
最初の群れが、防御柵にぶつかる。
鈍い音。柵が軋む。
「持ってる……」
クリフが低く言う。
隙間から、魔獣が流れ込んでくる。
その瞬間。
「弓、討て!」
フェルナンドの声。
一斉に矢が放たれる。
空を裂く音。
矢が突き刺さり、動きが鈍くなっていくのが分かる。
「次、石!」
城壁の上から、一斉に石を打ち込む。
当たった魔獣の動きが、さらに落ちる。
僕が付与したものだ。
ちゃんと効いている。
胸の奥が少しだけ軽くなる。
「行け!」
門が開く。
騎士団が一斉に突撃する。
その後ろから、冒険者たちも続く。
数が調整されているから、混乱はない。
森で見た戦いと同じだ。
「いける」
僕は息を吐いた。
完全に安心はできない。でも、見ていられる。
崩れていない。
「問題は……数だよね」
僕の言葉に、クリフがうなずいた。
「ああ。これがどれだけ続くかだ」
戦いは、長く続いた。
何度も群れが来て、そのたびに同じ流れで処理していく。
気がつけば、日が傾いていた。
夕暮れ。
ようやく、最後の群れが倒れた。
「終わったか」
アンディがつぶやく。
門が再び開いて戻ってくる人たち。
その中に、怪我をした人もいる。
僕はすぐに動いた。
「こっちに」
手を当てて、魔力を流す。
「大丈夫です。すぐ治ります」
「すまん……」
「いいえ」
次。その次。どんどん治していく。
不思議と、きつくない。
「あれ?」
思わずつぶやく。
「どうした、ルーク」
クリフが聞いてくる。
「前より……楽かも」
「それはいいことだな」
そう言って笑う。
本当に、その通りだ。
魔力量が上がっている。
僕は、まだやれる。
翌日。
冒険者たちは外に出て、魔石の回収と素材の回収を始めた。
町の人たちも、それを手伝っている。
「すごい量だな……」
アンディが呟く。
「第一陣、ってことだよな」
クリフの言葉に、僕は黙ってうなずいた。
終わりじゃない。
始まりだ。
でも――
「守れたね」
小さく言うと、クリフが少しだけ優しい顔でうなずいた。
「ああ、守れた」
その言葉が、胸の奥にやさしく染み込んできた。




