57 王様のおなり-2
57 王様のおなり-2
資料室の空気が、少しだけ変わった。
音が減ったわけじゃない。静けさはそのままなのに、なにかが張りつめた感じがする。
「来たな」
フェルナンドが小さく言った。その声に、思わず背筋が伸びる。
「ほんとに来るんですか」
「来ると言っただろう」
そりゃそうだけど。心の準備ってものがある。
扉の向こうで、控えめなノックが響いた。コン、コン、コン、コン。
「入れ」
フェルナンドが短く応じる。……いや、その応対は失礼じゃないのか?
扉が開き、先に入ってきたのは見覚えのある顔だった。マーシャルだ。こいつが相手なら、フェルナンドが偉そうなのもわかる。
「連れてきたぞ」
マーシャルがフェルナンドに告げ、その後ろからもう一人が入ってきた。
てっきり秘書や護衛がゾロゾロ来るのかと思ったが、現れたのはたった一人だった。
年は……フェルナンドより上だよね。お兄さんなんだから。穏やかな風貌をしている。なのに、その目だけが異様に鋭い。
「初めまして」
その人がゆっくりと口を開いた。声は静かだが、不思議とよく通る。
「は、はい。初めまして」
「国王で、兄だ」
「はいぃ」
間抜けな声が出た。知っていた。頭では分かっていた。けれど、いざ本人の口から宣言されると脳が追いつかない。反射的に立ち上がり、勢いよく頭を下げた……これで合っているのか?
「座ってくれ」
王が穏やかに促した。
「挨拶をしたいのはこちらのほうだ」
「は、はい……」
ぎこちなく座り直す。手を膝に置いたが、落ち着かない。……あぁ、ペンを回したくなる。
助けを求めてちらりとフェルナンドを見たが、彼は腕を組んだまま黙ってこちらを見ているだけだ。助ける気はさらさらないらしい。
「そんなに緊張しなくていい。フェルナンドから話は聞いている」
「はい」
嫌な予感しかしない。
「ハイタック王国から手配書が届いている。神殿があなたを探しているそうだ」
「それは……」
「間違いなく、あなたのことだろう」
反論できない。さすがはフェルナンドの兄だ。直球にも程がある。
王は楽しそうに目を細めた。フェルナンドとは違う種類の、静かな圧がある笑い方だった。
「君が瘴気に対して特別な力を持っていることも聞いている」
やっぱりそこか。逃げられない話題だ。
「たまたま、です」
そう答えると、横にいたマーシャルが肩をすくめた。
「あの力がたまたまのわけないだろう」
言葉に詰まる。そんな僕を置いて、王が静かに続けた。
「その力がどれほどのものか、私も直接見てみたいと思っている」
「見る? どうやって?」
「現地へ一緒に行く」
「は?」と僕が、「はぁ」とフェルナンドが、「まさか」とマーシャルが、ほぼ同時に声を上げた。
僕もフェルナンドもマーシャルも驚いた。そしてお互いに顔を見合わせた。
「陛下、それは……!」
フェルナンドが言いかけたが、王は短く「私が決めたことだ」と一蹴した。
「父上、ルークを保護する話はどうなったのです」
「お断りです」
僕が間髪入れずに答えると、王は意外そうに眉を上げた。
「ほう」
「お前、不敬だぞ!」マーシャルが慌てて割って入る。
「わかっている。保護など、君には不要なのだろうな。だが、私としては後ろ盾になりたい。これは我が国とハイタックとの関係もあってのことだ」
なるほど、外交がらみってこと?
「なにか、輸入品の問題が?」
「いや、そういう話ではないが……」
「兄上、そろそろいいでしょう。ルークも顔は覚えたはずだ」
フェルナンドが会話を打ち切り、ドアを開けて顎で外を指した。
「貴様、陛下に対してその態度は……!」
「よい、マーシャル。今日は顔を見に来ただけだ」
憤慨するマーシャルを連れて、王様は悠然と部屋を出ていった。
「はぁ――」
扉が閉まった瞬間、肺の空気をすべて吐き出した。知らない間に呼吸を止めていたらしい。
「上出来だ。あの二人の動向は騎士団に任せる。お前は知らぬふりをしていろ」
言われなくても、そうしますよ……
どっと疲れが押し寄せた。王様と話したのは数分のはずなのに、数時間働いた気分だ




