56 王様のおなり
56 王様のおなり
資料室は静かだった。ページをめくる音だけがやけに大きく感じる。
ハイタック王国とアガペーナ王国の資料を並べて、気がついたことを書き出していく。制度は似ている。貴族制、騎士団、ギルド。
同じ王政の国だもんね。
「絶対王政ってなんだっけ」
小さくつぶやいてから、次のページをめくった。
王室の項目で手が止まる。
フェルナンドの名前があった。
「え、ここに載るのか」
思わず顔を近づける。
現国王の弟。しかも年の離れた弟。さらに、王子マーシャルと同じ年。
「それって……」
頭の中で変な想像が膨らむ。
「不倫とか、そういう感じ?」
なら、お母さんは魔性の女とか。
口にして、ひとりで笑ってしまった。
「サスペンスだと、このあと事件が起きて、犯人は北へ逃げるんだよな。なぜか北なんだよね。断崖絶壁」
自分で言っておいて、ばかみたいだと思う。
それでも、こういう連想が自然に出てくる。
ふと手が止まる。
これ、前の世界の考え方だ。
気づいた瞬間、少しだけ胸の奥がざわついた。
この間の言葉がよみがえる。
帰りたいか。
「きっかけ、あれかな」
椅子に背を預けて天井を見る。
なんか、もう思い出みたいになっている。
前の世界。テレビ。コーヒー。普通の生活。
「それだけ、こっちに慣れたってことか」
考え事をしながら、独り言が漏れる。
「フェルナンドかな」
苦笑がこぼれた。
ミツルギとハロルド王子は最悪だったけど、それ以外は。
「みんな、わりと親切だったな」
ページを閉じる。
王宮から逃げられたのも。
「ケントとジョンとビルのおかげだよな」
自然と声が出た。
「元気でいるかな」
その瞬間。
「誰のことだ?」
頭の上から声が落ちてきた。
「うわっ」
びくっとして顔を上げる。
すぐそこにフェルナンドが立っていた。
「びっくりした……」
「ハイタックの友だちです。助けてもらったんです」
そう答えると、フェルナンドは少しだけ目を細めた。
「ハイタックの?」
「はい。いくらなんでも、全員がいやなやつじゃないですよ」
少し間を置いて、フェルナンドはうなずく。
「そうか。そうなのか」
次の瞬間、手が伸びてきて頭をなでられる。
「ちょっと」
思わず身を引く。
「なんですか、それ」
「いや」
フェルナンドは気にした様子もなく手を引いた。
「少し安心しただけだ」
「子ども扱いじゃないですか」
「そうか?」
まったく悪びれない。
なんなんだ、この人。
小さく息をついたところで、フェルナンドが話を変えた。
「もう少ししたら、国王とマーシャルが来る」
「え?」
変な声が出た。
「お忍びだ。すまないが顔を見せてやってくれ」
「いやいやいや」
立ち上がりそうになるのをこらえる。
「無理です。マナーとか知りませんよ」
「いつも通りでよい」
あっさり言われた。
「あちらの世界のマナーでよい」
「だから、そのあちらのマナーも知らないんですって」
思わず身振りが大きくなる。
「園遊会とか、そんなの招待されたことないですし」
「招待されることがあるのか?」
フェルナンドが興味深そうに聞き返す。
「えーと……」
どう説明したものか迷いながら言葉を探す。
「大きな功績があれば、です。オリンピックとか、オリンピックって言うのは競技会ですね」
「ほう」
「あと、大きな発見とか。僕みたいな庶民はテレビで見るだけです」
一気に説明すると、フェルナンドがにやりと笑った。
嫌な予感がする。
「それなら話は早い」
やっぱり。
「その園遊会の真似をすればいい」
「は?」
固まる。
「どういうことですか」
「簡単だ。肩の力を抜いて、適当に会話をして、失礼のないように振る舞えばいい」
「それが一番むずかしいんですけど」
まるで駄々をこねている子供だ。
フェルナンドは楽しそうに肩をすくめる。
「大丈夫だ。ルークならできる」
「根拠が雑すぎる」
「それに」
フェルナンドが少しだけ顔を近づける。
「向こうも、おまえに興味がある」
「それが一番いやなんですけど」
本音が漏れた。
フェルナンドは声を出して笑う。
「安心しろ。俺がついている」
だから、その俺が安心なのか、危険なのか分からないから、困ってるの!
だけど
「ほんとですか」
「ああ」
短く、迷いなく返ってくる。
「なら、まあ……なんとか」
完全には納得していないけど。
「やるしかないか」
小さくつぶやくと、フェルナンドは満足そうにうなずいた。
その様子を見て、また思う。
この人にはかなわない。
気づけば、いつもこの人の言う通りに動いている。




