05 神子は僕を側に置きたがる
05 神子は僕を側に置きたがる
廊下を歩いていたときだった。
角を曲がる手前で、声が聞こえてきて、思わず足を止めた。
「神子様が余分のことを気にしておりまして、そばに置きたいそうですが……どういたしましょうか」
マイル神官の声だった。ひそめた声で、誰かに問いかけている。
「そうのようですね。わたしも神子様から頼まれました。しかし……王子殿下が強く反対されている」
ブラウン神官だ。
僕は息をひそめ、壁に背をつけたまま動けなくなる。
「なんでも余分は神子様をいじめていたとか。そんな相手を心配されるとは……神子様はお優しい」
余分――それ、僕のことだよな。
胸の奥がじわりと重くなる。
「優しい……というより、殿下との距離が近すぎるのですよ。あのままでは、神子様が王家に取り込まれてしまう」
ブラウン神官の声がさらに低くなる。
「……教会としては避けたいところですね」
「ええ。神子様は教会の象徴であっていただかねば困る。王家の色に染まっては、我々の立場が弱くなる」
なんだそれ。
僕のことなんて、どうでもいいってことか。
「それに、他の神官見習いも余分の存在を快く思っていません。『神子をいじめていた』という噂が広まっていて……下手をすれば、彼らが勝手に手を出すかもしれない」
思わず喉が乾く。
……手を出すって、何を。
「確かに。あの余分は背が高く、動作も荒い。神子様のそばに置くのは危険です」
勝手なことばかり言いやがって。
言い返したいのに、足がすくんで動けない。
「普段、彼はなにをしているのです?」
「部屋にいるように言いつけています。図書室で本を借りて、部屋で読んでいるだけです」
「それだけ?」
「それだけです。なにかさせて問題が起きても困りますし……意外とおとなしい。部屋に籠もってくれている」
……好きで籠もってるわけじゃない。
「このまま波風立てずに……と思っているのですが」
「なるほど。わかりました。わたしも注意しておきます」
足音が遠ざかる。
僕はしばらくその場から動けなかった。
しばらくして、別の方向から声が聞こえてきた。
今日は自分の噂をよく聞く日なのだろうか?
ミツルギと王子が向かい合っている。
「オオヤナギはまだ来ないの?」
ミツルギが甘えるような声で言う。
……なんで、そんな言い方するんだよ。
「なぜ神子は余分を気にかけるのだ?」
王子が不機嫌そうに返す。
「当たり前です。知らない場所にいきなり来たんですよ。心細いに決まってます。心配なんです」
……は?
一瞬、何を言われているのかわからなかった。
「神殿に保護するよう言ってある」
「それでも心配です。僕のそばに置きたいです」
その言葉に、背中がぞくりとした。
嫌な予感しかしない。
「しかし神子。あいつはお前をいじめていたのだろう。そんなやつを気にかける必要はない」
「もういいです。神官長様に頼みます」
ミツルギがぷいとそっぽを向く。
王子が慌てて追いかけ、腕をつかんだ。
そのまま抱き寄せて、低い声で何かを言う。
「わかった。神子の願いを叶えよう。余分をそばに置く」
僕の心臓がどくんと跳ねた。
「ありがとうございます。やっぱり王子殿下は頼りになります」
「こら。また殿下と言ったな。レオナードだ」
「……レオナード」
二人の距離が近すぎて、見ているこっちが居心地悪くなる。
……なんなんだよ、これ。
その様子を見ていた神官がひとり、顔をしかめていた。
僕はそれ以上見ていられなくて、その場を離れた。
しばらくして呼び出され、僕は部屋に入った。
「神子様。よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
ミツルギはゆっくりとうなずいた。
「オオヤナギ、やっと来た。よろしくね。ずっとそばで立っていて。頼りにしてるから」
その声はやけに甘くて――なのに、逃げ場をふさぐみたいな響きがあった。
命令だ。
そうはっきりわかる声音だった。
僕は返事をしながら、胸の奥に沈むような不安を感じていた。
ここに来てから、一番嫌な感じがした。
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