48 海辺の町再び
48 海辺の町再び
「ルーク、すまないがあの海辺の町が気になる。あの魔獣は瘴気に当てられたようだが、発生源の確認がとれていない。急ぎ調査をしたいんだ。一緒に戻ってもらえるか?」
フェルナンドにそう言われたとき、少しだけ胸がざわついた。
あの海辺の町。
逃げるようにして離れた、あの場所。
けれど、嫌いになったわけじゃない。あそこは、僕が守りたい場所だ。
「はい」
自分でも意外なほど、自然に笑ってうなずいていた。迷いはなかった。
話を聞いたクリフたちも、すぐに応じてくれた。
「俺たちも行く」
短く、それだけ。でも、それで十分だった。
彼らは瘴気を知っている。実際に見て、共に対処してきた仲間だ。
石や木の実を実際に使った経験もある。
「心強い」なんて言葉では足りないほど、彼らの存在は重かった。
出発の際、ギルドマスターが声をかけてくれた。
「時々、あの瘴気の場所の調査も入れるから安心してくれ」
その一言で、胸の奥に澱んでいた不安が、すっと軽くなった気がした。
僕たちは町を出た。マーシャルとローレンスも一緒だ。
ローレンスは途中で騎士団の本隊へ戻っていった。
正直、ずっと本隊にいて欲しい。
騎士団は各地のギルドを回り、瘴気への知識やスリングショットの使い方を広めながら進んでいるという。
あの町で始まったやり方が、着実に広がっている。それが、少しだけ誇らしかった。
海辺の町に着くと、景色はあのときと変わっていなかった。
潮の匂いも、波の音も。
なのに、以前とは何かが違う気がした。迎えてくれる人たちの表情が、明るいからだろうか。
「フェルナンド様!」
「戻ってきてくれたのか!」
その歓声の中で、僕にも声がかかる。
「ルークも一緒か!」
覚えていてくれたんだ。それだけで、胸がじわりと熱くなった。
僕はフェルナンドの屋敷に間借りすることになった。
遠慮したのだけれど……
「安全のためだ」
「いや、でも……」
「決定だ」
結局、押し切られた。
この人はいつも強引だ。あれほどの剣技を持ち、容姿も整っているのに、妙なところで遠慮がない。いや、僕が押しに弱いだけかもしれないけれど。
今、クリフたちは現地の赤毛の冒険者と共に瘴気の調査に出ている。
町では、残った冒険者たちがスリングショットの練習に励んでいた。
石を構え、真剣な眼差しで的を狙う。あのときの試行錯誤が、ちゃんと形になっていた。
そんな彼らが、調査から戻ってきた。
町の人々に肩を貸されながら、満身創痍でギルドへ転がり込んでくる。
「クリフ! みんな、すぐに……!」
僕は駆け寄り、即座に治療を始めた。
傷口に手をかざす。癒えろ、消えろ。
そう願うだけで、裂傷が静かに塞がっていく。何度繰り返しても、この感覚には、いつまで経っても慣れそうにない。
「助かった……」
クリフが荒い息を吐きながら言った。
「場所がわかった。ここから徒歩で三日、かなり奥地だ」
「範囲も広い。魔獣の数も増えているぞ」
赤毛の男が苦々しく言葉を継ぐ。
「剣の付与があったから何とか討伐できたが……ありゃあ、前回より数段ヤバい」
僕は無意識に、自分の手を見つめた。
やっぱり——僕の力が必要なんだ。
「わかった」
フェルナンドが即座に、鋭い声で応じる。
「無事に戻ってくれて感謝する。君たちも、よくやってくれた」
彼の声は落ち着いていたが、微かな殺気を孕んでいた。もう、戦いへの覚悟は決まっている。
「騎士団を集める」
短く告げる。準備はすでに整っている。全員の武器には、僕の付与が施されている。
魔獣は広範囲に散らばっているらしい。一度の乱戦では終わらないだろう。
まとめて押し寄せてくるのと、バラバラに襲ってくるのと、どちらがマシなのだろうか。
フェルナンドとギルドマスターが地図を囲み話し合いを始めた。
最初に発生源の瘴気を叩くのを前提として、問題は戦力の分散方法だ。
どう動き、どこから叩くか。
その背中を見つめながら、僕は静かに息を吐き出した。
あの黒い瘴気の嫌な感触は、まだ体に染みついている。
けれど、もう逃げるつもりはなかった。
それに……フェルナンドがいるから大丈夫だ。
自然にそう思えてしまう自分に、僕は少しだけ苦笑した。
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