46 浄化
46 浄化
ルークが剣に浄化の付与をしたと言ってきたとき、正直に言えば半信半疑だった。
「本当か?」
思わずそう口にしていたが、すぐに自分で否定する。
石も、矢も、木の実でさえルークが浄化を付与したから、瘴気を叩けた。
ならば剣が例外であるはずがない。
「なら、やることは一つだな」
小さく呟いて、息を吸う。
そして、あえて声を張り上げた。
「来い!」
森に響くほどの声。
静かに対処するなど考えなかった。
気配のない瘴気を、こちらに引き寄せるためだ。
案の定、反応した。
黒い網のようなそれが、一斉にこちらへと這い寄ってくる。
迷わず踏み込んで斬った。
俺の声に、騎士も冒険者も一瞬だけ息を呑んだが、斬ったのをみたやつらは迷いなく俺に続いた。
「斬れ!」「やれ!」「行くぞ!」
刃が振るわれる。
それだけで、瘴気は霧のように崩れて消えた。
「よし!」
思わず口の端が上がる。
瘴気を斬るたび、手応えがある。
確実に消えていく。
「はは……!」
誰かが笑った。
恐怖ではない。高揚だ。
俺たちは瘴気を斬り払いながら、戦いの中で確かな手応えと共に、昂っていくのを感じていた。
だが、ルークが心配しているのが、おかしいやら可愛いやらだったが、その様子に、思わず苦笑が漏れる。
「そんな顔をするな。問題ない」
そう言ったが、ルークは小さく首を振った。
「違います。まだ、奥に」
その言葉に、俺は視線を前へ戻す。
奥? 確かにあった。
あれは何だ。
瘴気の塊というには、異質すぎる。
湧き出しているのか、生み出しているのか。
言葉が見つからない。
「あれか」
誰かが低く呟く。
あそこだけ、空気が重い。瘴気の濃度が違う。
「行くぞ」
踏み込んだ。
だが、斬っても斬っても消えない。
いや、違う。
「再生している?」
誰かの声が震える。
剣が通じているはずなのに、追いつかない。
「くそ!」
歯噛みした、その瞬間だった。
「僕がやります」
後ろから声がした。
「下がってください」
「やめろ。下がれ」
やめてくれ、近寄るな……
だが、あいつは首を横に振る。
「これは、僕の仕事です」
その声には、迷いがなかった。
ルークが一歩前に出て、手をかざす。
「消えろ。だめです」
大声ではない。だけどあいつの意志が乗っていた。
瘴気が生き物のようにもがいた。
「だめです! 木の実を打ち込んで」
その声に従って、木の実が打ち込まれた。
「だめです!」
すると、その塊はもがいて……消えた。
「は?」
次に目に入ったのは、力を使い切ったルークの姿だった。
ふらり、と揺れる。
駆け寄って、崩れ落ちる前に、腕を伸ばして支えた。
「木の実を打ち込んで」
その声でさらに木の実が打ち込まれた。
「無茶をするな」
低く言いながら、しっかりと抱きとめる。
その瞬間、空気が変わった。
あれほど重かった圧が、嘘のように消える。
森が、息を吹き返したようだった。
「終わった、のか」
誰かの呟きが、やけに遠く聞こえた。
俺は腕の中のルークを見る。
しっかりと俺にしがみついて目を閉じている。
こいつがいなければ、浄化は成り立たない。
だが同時に、こいつがいるからこそ、俺たちでも戦える。
「これほどの力を持つ神子を、逃がすとはな」
苛立ちが胸の奥で燻る。
その後、すぐに次の発生箇所へ向かった。
同じように浄化を行い、周辺の町にも通達を出す。
「瘴気だまりの確認を徹底しろ。見つけ次第、報告だ」
「木の実が有効だ。集めておけ」
指示を飛ばすと、各地のギルドが動き出した。
あとは時間との勝負だ。
しばらく、この町に留まり、浄化後の様子を冒険者に確認させた。
異常が再発しないか。
残滓がないか。
徹底的にだ。
ギルドでの話し合いが終わり、外に出る。
「送る」
短く言うと、ルークは少し驚いた顔をしてから、うなずいた。
「お願いします」
並んで歩く。
他愛もない距離だが、悪くない。
本当は宿に呼びたい。
だが、急げば逃げる。
それくらいは分かっている。一度逃げられたからな。
部屋の前に着くと、ルークが扉を開けた。
「どうぞ」
自然に招き入れられる。
警戒はされていない。
それが分かるだけで、十分だ。
部屋に入り、椅子に腰を下ろす。
ルークが慣れた手つきで茶を用意する。
「どうぞ」
「ありがとう」
湯気の立つ茶を受け取り、口をつける。
そのときだった。
「コーヒー、あればよかったんですけど」
ぽつりと漏らしたその一言に、手が止まる。
「コーヒー?」
ゆっくりと問い返す。
ルークがはっと顔を上げた。
「え……あ」
しまった、という顔だ。
やはり、そうか。
「どうして知っている?」
「前にご馳走になりましたので」
追い詰めるつもりはない。
だが、逃がす気もない。
ルークは一瞬視線を泳がせてから、覚悟を決めたようにこちらを見た。
「先に言っておく」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「俺は王族だ」
空気が止まる。
「神子の手配書を見たとき、お前を思い出した」
ルークの瞳が揺れる。
「だが、それより前に気づいていた」
少しだけ、笑う。
「コーヒーや胡椒を知っていた時点でな」
ルークの息が止まる。
「すぐに問いただすこともできた」
だが、首を振る。
「やらなかった」
「どうしてですか」
小さな声。
「逃げるだろう」
と一言。
それから、ルークが苦く笑う。
「そうですね」
そして、ぽつりぽつりと語り始めた。
この世界に来たこと。
体が入れ替わっていること。
本来の自分の姿のこと。
すべてを。
静かに聞いた。
遮らず、急かさず。
話し終えたあと、しばらく沈黙が落ちる。
「そうか」
短く答える。
それだけで十分だった。
真実かどうかなど、もうどうでもいい。
目の前にいるのがルークであること。
それがすべてだ。
「逃げるな」
低く言う。
ルークが顔を上げる。
「今度は、ちゃんと言え」
視線を逸らさずに続ける。
「俺が守る」
それは命令ではない。
宣言だ。
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