44 自覚
44 神子の自覚
瘴気の浄化は、ひとまず終わった。
でも「念のため確認する」ということで、僕たちはそのまま野営することになった。
焚き火がぱちぱちと音を立てている。
少し離れたところでは、騎士団や冒険者たちが交代で見張りをしていた。
「ルーク、無理はするな」
フェルナンドが短くそう言った。
「はい……大丈夫です」
そう答えたけど、本当は少しだけ疲れていた。
魔力が抜けた実感も味わったし。
体というより、気持ちの方が。
「休め。何かあれば起こす」
「ありがとうございます」
うなずいて、僕は毛布にくるまった。
横になると、すぐに静けさが広がる。
でも、頭の中は、全然静かじゃなかった。
最後に見た、あのくぼみ。
あそこだけ、空気が違った。
重くて、冷たくて、近づくだけで背中がぞくっとするような、嫌な気配。
「怖かったな」
小さく呟く。
あれを見たとき、思った。
あそこをどうにかできるのは、僕だけだって。
理由なんて分からない。
でも、そう思ってしまった。それがわかっていても逃げ出したかった。
でも、フェルナンドがそばにいてくれたから、立ち向かえた。
「神子か」
ぽつりと、口に出す。
あのとき、手のひらを向けたら瘴気が消えた。
あれは偶然じゃない。
あの感覚は、今でもはっきり残っている。
だったら「僕が、神子なんだ」
そう考えると、不思議と逃げ場がなくなる。
怖いのは、いやだ。
あんなものに向き合うのは、本当は嫌だ。
でも「この世界の人が苦しむのも、いやだ」
あの町のことを思い出す。
魔獣に怯えていた人たち。
必死に戦っていた冒険者たち。
そして、指揮を執って、みんなをまとめていたフェルナンド。
「僕も、その一人でいいんだ」
特別じゃなくていい。
利用されるとか、そんなことじゃない。
ただ「僕が助けたいから」
そう思えば、少しだけ肩の力が抜けた。
焚き火の向こうに、フェルナンドが立っているのが見えた。
誰かと短く言葉を交わして、それから周囲を見回している。
あの人は、ずっと動いている。
誰よりも前に立って。
誰よりも迷いなく。
「すごいな」
思わず、そう呟いた。
今日のことを思い出す。
「撃て!」って大声で指示を出して。
自分から瘴気に突っ込んで、剣で、あっさりと斬ってしまう。
「いや……あっさりじゃないよね」
苦笑する。
普通は、あんなことできない。
怖いはずなのに。
それに、ときどき僕の方を見ていた。
確認するみたいに。
ちゃんといるか、無事か、確かめるみたいに。
「なんでだろう」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
何度思い返しても、同じ気持ちになる。
「かっこいいな……」
自然と、言葉がこぼれた。
そして、そのまま「好きだな」
ぽつりと続いた。
言ってから、少しだけ顔が熱くなる。
でも、否定する気にはならなかった。
どうして、怖いなんて思ったんだろう?
あのとき距離を取ろうとした。
逃げるみたいに、離れてしまった。
助けてくれたのに。
守ってくれていたのに。
「もったいないこと、したな」
小さく笑う。
でも、今は、ちゃんと分かる。
怖いだけじゃなかった。
近すぎて、分からなくなっていただけだ。
焚き火の音が、だんだん遠くなる。
体が、ゆっくりと沈んでいく。
「明日も、頑張ろう」
小さく呟いた。
神子としてでも。
ただの冒険者としてでもいい。
この町を守るために。
あの人と、同じ場所に立つために。
そう思いながら、僕は、そのまま眠りに落ちていた。
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