35 町のうわさ
35 町のうわさ
「ねえ、聞いた?」
朝の井戸端で、声をひそめるようにして話題に上がるのは、決まってあの男だ。
最近この町に来た冒険者、ルーク。
「イケメンなのにさ、全然調子に乗ってないのよ」
「そうそう、薬草採りばっかりしてるんだって?」
「なのに治癒が使えるって……ずるいわよね」
誰かがため息をつく。
わたしは桶を持ったまま、何でもない顔をしてその会話を聞いていた。
内心では、舌打ちしたい気分なのに。
控えめで、優しくて、しかも顔がいい。
そんな男が、ただの薬草採りなわけがない。
なのに――
「この前ね、うちの腰痛、あの子が治してくれてねえ」
「まあ!」
「すっごく優しくてねえ……」
ほら、こうなる。
おばちゃん連中はもう完全に取り込まれている。
笑顔で、丁寧で、見返りも求めない。
そんなの、好かれるに決まってる。
「うちの婿に来てくれないかしらって思っちゃうわ」
「分かるわぁ」
軽口のようでいて、半分は本気だ。
わたしは思わず口を開いた。
「でも、強くないんでしょ?」
一瞬、空気が止まる。
けれどすぐに、
「それでもいいのよ」
と、誰かが笑った。
「優しい人の方がいいじゃない」
面白くない。
全然、面白くない。
強くない冒険者なんて、本来なら誰も相手にしないはずなのに。
あの男は、例外だ。
しかも
「最近は、メアリーのところによく行ってるみたいね」
その一言で、わたしの手がぴたりと止まった。
パン屋のメアリー。
あの女。
「弟のポールを助けてもらったんでしょう?」
「それで知り合ったって」
「うまくやったわよねえ」
くすくすと笑いが広がる。
わたしは奥歯を噛んだ。
あれは偶然じゃない。
絶対に違う。
弟を使ってる。疑いない。
あの女、分かってやってる。
「この前なんて三人で海に行ったんですって」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締まる。
海に!三人で。
家族みたいに。
「いいわよねえ、ああいうの」
「仲良さそうで」
「もう決まりじゃない?」
決まりですって!
その言葉に、思わず顔を上げた。
冗談じゃない。
まだ、何も決まってない。
勝手に決めるな。
わたしは桶を強く握った。
水面が揺れる。
やられた。
完全に先を越された。
気づいたときには、もう距離を詰められていた。
弟を使って、自然に、無理なく。
警戒されない形で。
ずるい。
本当に、ずるい女だ。
でも、「負けない」
ぽつりと、わたしは呟いた。
誰にも聞こえないくらいの、小さな声で。
優しいだけの男なら、まだ隙はある。
押せばいい。
近づけばいい。
あの女みたいに、遠回りする必要はない。
正面からでも、取りに行ける。
だって、まだ、あの男は誰のものでもない。
わたしは桶を持ち上げると、そのまま歩き出した。
次に会ったとき、どう動くか。
もう決めている。
今度は、わたしが仕掛ける番だ。
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。




