34 三人で海へ.
34 三人で海へ
僕はポールに手を引かれたまま、石畳の道を歩いていた。
やがて、小さなパン屋の前でポールがぴたりと止まった。
「来たよ、姉さん!」
勢いよく扉を開けて中に入ると、焼きたてのパンの匂いがふわっと広がった。
「いらっしゃい……あら、ポール」
カウンターの向こうにいた女性が顔を上げる。柔らかい雰囲気の人で、ポールによく似ていた。
「ルークお兄さん。連れて来たよ」
ポールが誇らしげに僕を引っ張る。
「この前はご馳走様」
僕が軽く頭を下げると、彼女は少し驚いたように、それから優しく笑った。
「こちらこそ、ポールがいつもお世話になってます」
そう言ってから、棚に並んだパンの中からいくつかを包み始める。
「はい、どうぞ」
差し出された紙包みを受け取って、僕は慌てて財布を取り出した。
「いえ、お金は――」
「いいの」
メアリーさんはやわらかく首を振る。
「売れ残りだから。持って帰らないともったいないの」
「でも……」
言いかけた僕の言葉を遮るように、彼女は少しだけ真剣な顔になる。
「その代わり、お願いしてもいい?」
「お願い?」
思わず聞き返すと、メアリーさんはポールの頭にそっと手を置いた。
「今度の休みに、一緒に海に行ってあげてほしいの」
「海……?」
「お友だちが家族で海に行ったそうで、ポールが羨ましそうで」
「でも、僕は」
「ポールはルークさんを慕っています」
「ルークお兄さん、海行こう!」
ポールがぱっと顔を輝かせる。
その様子を見て、僕は少しだけ迷った。
でも、「うん、いいよ」
そう答えると、ポールが嬉しそうに飛び跳ねた。
「やった!」
メアリーさんもほっとしたように微笑む。
「ありがとう。本当に助かるわ」
その笑顔に、僕は小さくうなずいた。
そして、次の休みの日。
僕たちは三人で海へ向かった。
潮の香りが強くなっていく。波の音が、遠くから少しずつ近づいてくる。
「海だー!」
ポールが駆け出す。
「転ぶよ、ポール!」
メアリーさんが声をかけるけど、ポールは止まらない。
僕はその後ろ姿を見ながら、ゆっくりと歩いた。
砂浜に座って、持ってきたお弁当を広げる。
波は穏やかで、空は青くて、風は少しだけ涼しい。
「こういうの、久しぶりだな……」
ぽつりと呟くと、メアリーさんが少し遠くを見ながら言った。
「父がね、冒険者だったの」
「え……」
「ある日、帰ってこなかった」
その声は、静かだった。
悲しみを押し込めたような、そんな響き。
「母も、そのあと病気で亡くなって」
僕は何も言えなかった。
ただ、波の音だけが続く。
「だからね、ポールだけは……寂しい思いをさせたくないの」
メアリーさんはそう言って、遠くで遊んでいるポールを見る。
その視線は、とても優しかった。
「パン屋で働いてるとね、売れ残りを持って帰れるの。だから、なんとかやっていけてる」
少しだけ笑う。
「贅沢はできないけど、食べるものには困らないから」
僕は手に持っていたパンを見た。
温かくて、柔らかい。
「美味しいです」
そう言うと、メアリーさんは少し驚いて、それから嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
遠くからポールの声がする。
「ルークお兄さーん!」
「今行くよ!」
僕は立ち上がって、砂を払った。
この時間が、少しでも続けばいいと思った。
穏やかで、何も起こらない時間。
でも、なぜか、胸の奥がざわつく。
まるで、ここにも追いつかれるような気がして。
それでも僕は、その不安を振り払うように、ポールのもとへと走った。
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