33 瘴気の調査
33 瘴気の調査
僕は、クリフのパーティーメンバーであるダグラス、パーシー、ナタリー、ローズたちと一緒に、湿った土の匂いと葉のざわめきに包まれた森の中へと足を踏み入れていったのだけれど、正直なところ自分がこの場にいること自体に少しだけ場違いな感覚を覚えていた。
彼らとは一度だけ狩りに同行したことがあるのだが、そのときも僕が何かをする前に戦闘は終わってしまい、気づけばただ後ろで見ているだけになっていたほどで、前衛と中衛の連携は完成されており、無駄のない動きで魔獣を仕留めていく姿は見ていて圧倒されるものだった。
それでも今回、瘴気を見に行くのについてきてくれと言われて引き受けたのは、前に魔獣の襲撃を経験したからだ。
あれは酷かった。だから、他人事として知らんふりすることはできなかったからだ。
「ギルドには、僕が一緒に行ったことを内緒にしてくださるなら」の条件はつけたけど。
そう言った僕に対して、クリフはほんの一瞬だけ考えるように視線を落としたあと、静かにうなずきながら「わかった」と短く答えてくれた。
森の中は一見するといつもと変わらないように見えたのだが、最初の戦闘が始まった瞬間、その違和感ははっきりとした形で現れた。
前に彼らと狩りに行った時と同じ魔獣なのに、強さが違う。
「ダグラス、左だ!」
クリフの鋭い声が飛び、すぐに「分かってる!」とダグラスが応じるのだが、そのやり取りの最中にも魔獣の動きは明らかに速く、そして重くなっていて、剣がぶつかる音さえもどこか鈍く響いているように感じられた。
「ちっ、こいつ……前より硬くなってるぞ!」
ダグラスが低く舌打ちをしながら言うと、「瘴気の影響だろうね」とパーシーが落ち着いた声で答え、その言葉が現実味を帯びて胸の奥に沈んでいく。
戦闘が終わるたび、僕はすぐに前に出て仲間の状態を確認した。
どんなに小さなかすり傷であっても放置すれば動きに影響が出ると分かっているからこそ、その場で必ず治癒を施すようにしていた。
「ちょっとじっとしてて」
そう言ってナタリーの腕に手を当てると、傷口を包むように淡い光が広がり、血が止まり、皮膚がゆっくりと元に戻っていくのが分かる。
「……やっぱりすごいね」
ナタリーがほっと息をつきながらそう言い、「これでまた動ける」と小さく笑うと、その空気に少しだけ緊張が緩む。
「一緒に来てもらってよかったよ、ルーク」
とクリフが振り返りながら言い、「本当に助かってる」とローズも続けたので、僕は少しだけ視線を逸らしながら答える。
「いや、僕は……これくらいしかできないから」
そう言うと、ダグラスが軽く笑いながら「それができるやつがどれだけいると思ってんだ」と言い、クリフもまた「それでも十分すぎる」と静かに重ねた。
そして、ゆっくりと歩を進めて行くと、クリフが立ち止まった。
森の音が、遠くなったように感じる。
風の流れも、葉の擦れる音も、どこか鈍くなっている。
「なんか、嫌な感じしない?」とローズが小さく言い、「ああ、気配が変だ」とパーシーも同意する中で、クリフが前を見据えたまま低く言葉を落とした。
確かに空気が重くなった。
「この先、少しのところだ」
その一言で、全員の緊張が一段階引き上がる。
「少しずつ進もう。この前よりやばい」
誰も反論せず、ただうなずきながら足音を殺して前へ進む。
そして、クリフがぴたりと足を止めた。
僕もその背中に合わせて止まり、視線の先を追った瞬間、思わず息を呑んだ。
一目見て瘴気だと思った。
想像していたような、霧ではなく。
シーツくらいの大きさの黒い網。それがいくつか、地面を移動している。
その一つが、近くにいた魔獣へと、音もなく覆いかぶさる。
黒い網が魔獣の体に触れた瞬間、溶けるように吸い込まれていき、そのまま完全に取り込まれてしまう。
そして「でかくなった……」ナタリーの震える声の通り、魔獣は一回りどころか二回りも大きく膨れ上がり、その目には理性の欠片も残っていないような濁った光が宿っていた。
瘴気は森のなかに散らばって行った。
……魔獣を探しているのか?
「明らかに増えている」クリフはそう言った。
そして判断は早かった。
「下がるぞ」
その言葉に従い、僕たちは一歩ずつ、音を立てないように慎重に後退を始める。
けれど、違和感がある。
あれほどのものが動いているのに、気配がまったく感じられない。
ゆっくり、ゆっくりと距離を取る。
そのときだった。
視界の端に、黒いものが映った。
「だめ!」その思いを手のひらからぶつけた。
瘴気は伸び縮みして消えた。
「うおっ」「おぉ!」
小さな驚きの声が上がるが、誰も動きを乱さない。
そのまま静かに後退を続けた。
「……今のは、やばかったな」
ダグラスが息を吐き、「ほんとに無理……」とナタリーが肩を震わせ、「怖かったぁ……」とローズが力なく笑う。
クリフが僕を見る。
「ルーク、よく気づいた」
「たまたまだよ」
「いや、違う。助かった」とパーシーが言った。
胸の奥がざわつく。
怖い。あれは、本当に怖い。
「あの黒い霧が、瘴気ですか?」
僕の問いに、クリフがうなずく。
「ああ、多分そうだ」
「帰って報告しよう」
その判断に全員が同意し、僕たちは森を抜けるまで一切の油断をせずに進み続けた。
帰り道でも強化された魔獣が現れたが、一目見てかなわないと思った。
だから、僕は魔獣の前足を拘束しようとした。だが、魔獣は拘束をものともしなかった。僕は再度、魔法を打った。
なんとか前足を拘束した魔獣を必死で倒した。
「ルーク。そんなこともできるのか?」
「あぁ。なんとか」
「ソロで行けるはずだな」
森を抜けて街が見えたとき、ようやく緊張がほどける。
「ここまで来れば大丈夫だな」とクリフが言い、「ありがとう」「助かった」と仲間たちが口々に言ってくる。
僕は軽くうなずきながら「気をつけてください」とだけ返し、打ち合わせ通りギルドの手前で一人離れた。
あれが瘴気。もし広がったら。
もし街に来たら、どうなるんだろう。
僕たちは対処できるのだろうか?
「ルークお兄さん」
「うん? ポール?」
「お兄さん。どうしたの。ぼんやりして」
「ちょっと、考え事をしていたんだ。ポール。こんにちは」
「一緒に歩いていい?」
「家に帰るだけだけど」
「うん、手、繋いで」
僕は手をだした。ポールは自分から僕の手を握った。
「森に行ったの?」
「うん。そうだ。前にも言ったけど、森に行ってはいけないよ」
「うん、お姉さんにもすごく、怒られた」
「だろうな」
「そうだ。お店に行こうよ。パンをどうぞって言ってたよ」
そう言うとポールは、僕を引っ張ってお店に向かった。
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