29 もうダメだ
29 もうダメだ
庭で改めて向かい合う。
「フェルナンドは薬師ギルドの依頼で護衛をしていました。僕たちで話し合って決めたことではありません。そしてはっきりとお申し上げますが、僕はソロでやっていけます。護衛はいりません」
「なんだ、その生意気な言い方は」
と護衛が低く言い、僕の腕を掴む。
その手に力がこもる。
痛い。
思わず顔をしかめた、そのとき、空気が、すっと冷えた。
「お前たち、乱暴にするんじゃない」
男が、ゆったりとした口調で言った。
穏やかだ。
だが、逆らえない圧がある。
護衛の手が、わずかに緩む。
「部下が失礼した。君と話したいと思ってね」と男が言う。
微笑んでいる。
――なのに。
目が、まったく笑っていない。
「それなら、薬師ギルドと話せばいいのかな?」
「……」
「ここで失礼するよ。すぐに会えるね。ルーク」
彼らは、軽く頭を下げると去って行った。
さんざんだったとため息をつきながら歩いていると、部屋の近くで、ローレンスが待っていた。
「忠告しておく」とローレンスが静かに言う。
「あの方は王子だ。逃げるのは無理だ」
背中に冷たいものが走る。
「逃げるってどういう意味ですか?」
思わず言い返す。
「僕は護衛がいらないと言ってるだけです。それに、今の森はどこかおかしい。近づきたくないんです。怖いので」
言い切った。
でも、ローレンスは笑った。
その笑みは、まるで――
逃げ場なんて最初からないと知っている顔だった。
部屋に戻る気にもならなくて、僕は港に向かった。
ここは、町中と違う品物を扱う店がある。
そんな店でコーヒーや胡椒を探したけれど見つからなかった。
だけど、のんびり商店をみて回るのは楽しい時間だった。
だから僕は、歩いた。港へ向かって。
潮の匂いが強くなってくると、少しだけ呼吸が楽になる。
波の音を聞いていると、余計なことを考えなくて済む。
「あれ?」
港で、聞き慣れない声が響いていた。
「三日後に臨時便が出るぞー! シクレト行きだ!」
三日後。別の町!
頭の中で、言葉が何度も繰り返される。
「行ける? 行ける! 自由だし」
ぽつりと呟く。
誰も聞いていない。
それなのに、妙に現実味があった。
ここから離れられる。
マーシャルも、ローレンスも――
そして、フェルナンドさんも、いない場所へ。
気づいた時には、もう足が動いていた。
「すみません、予約したいんですけど」
自分でも驚くくらい、迷いがなかった。
予約してから、あれっと思ったくらいだ。
だけど、それでいいんだ。治療院で働いてもいいし……
宿を引き払う。荷物は少ない。空間収納で間に合う。
「世話になりました」
「急だな。君がいないと寂しくなりそうだ」
「僕もです。いつも美味しい食事をありがとうございます」
「いやぁ」
「お世話になりました」
それ以上は言わない。
ギルドにも顔を出す。
「しばらく離れます」とだけ伝えた。
フェルナンドさんへの伝言は――残さなかった。
残せなかった、が正しいかもしれない。
この町の僕の痕跡を全部消したい気分だった。
◇◆◇◆◇
船がゆっくりと岸を離れる。
波の音が少しだけ強くなる。
その音に紛れて、ようやく息を吐いた。
「行こう」
それだけを言って、前を見る。遠ざかる町を見なかった。
ここから先は、僕の知らない場所だ。
でも――
それでいい。
むしろ、その方がいい。
僕はフェルナンドさんが、僕を引き留める声を聞きたいと思ってしまう自分を、胸の奥で必死に押し込めた。
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