28 ローレンスと嫌な男
28 ローレンスと嫌な男
今日は、気分転換に町を歩いてみようと思った。
……いや、探検なんて大げさだな。
ただ、ゆっくり散歩するだけだ。
そんなことを考えながら、きょろきょろと周囲を見回しつつ歩き出した。
部屋を出て、ギルドとは反対方向へ進む。
すると、小さな神殿が見えた。
神殿というより、教会とか礼拝所と呼ぶべき規模だろうか。
こんな基本的なことも知らないまま、ここまで来てしまった。
でも──これから覚えていけばいい。
……そう思ったのに。
胸の奥が、ざわついた。
落ち着かない。嫌な感じがする。
僕は神殿の前を通らないよう、そっと角を曲がった。
曲がった先には「診療所」と書かれた看板の建物があった。
看板には「癒し魔法の使い手がいます」と書かれている。
治癒魔法は神殿の人が使うものだと思っていた。
でも、こうして町でも働いているのか。
あの魔獣の襲撃で怪我をした人たちは、こういう場所で治してもらったのかもしれない。
さらに進むと、広場に出た。
いくつか屋台が並んでいる。
「かっこいいお兄さん、美味しいよ」
「お兄さん、かっこいいからおまけするよ」
そんな声が飛んでくる。
……随分とお世辞が多い。
そう思ったところで、気づいた。
この体はミツルギだ。
かっこいいのは当たり前だった。
はぁ……
かっこいいのに、気分はまったく上がらない。
「おや、ルーク」
声をかけられて振り向くと、ローレンスがいた。
「ローレンス、戻ったんですか?」
そう返すと、彼の隣にいた男が、じっとこちらを見てきた。
……嫌な視線だ。
どこかで感じたことのある、不快な感覚。
ローレンスは最近ハロルドのパーティに加わったが、少し留守にしていた。
だから昨日はいなかったのだ。
「あぁ、しばらく留守をしていたが……知っていてくれたんだな」
「えぇ、ハロルドから聞きました。いないからって狩りに誘われたんです」
「昨日って? 一緒に狩りしたの?」
ローレンスが一気に距離を詰めてくる。
「えぇ、その……一緒に狩りに。ハロルドと」
「一緒に狩りに行ったの? あぁぁぁぁ、一緒に……!」
ローレンスが大声を出し、周囲の視線が集まる。
屋台の人たちも手を止めてこちらを見ていた。
「はい、行きました」
「どうだった?」
「魔獣を倒しました」
「そうだよね……そうだ。ルークはいつもフェルナンドが護衛してるだろ? 今度から俺が護衛するから」
「護衛は必要ないです。それに今、森がおかしいから、僕は奥に行きません。だから護衛はいりません」
はっきり断る。
そのときだった。
ローレンスの後ろにいた男が、口を開いた。
「奥に行かないってどういうことだ? お前は冒険者だろう」
その声が耳に触れた瞬間、
空気が、冷たく変わった。
怒鳴ったわけでもない。
脅したわけでもない。
ただ声を出しただけなのに──
背筋に、氷の爪を立てられたような感覚が走る。
僕はゆっくりと、その男を見る。
目が合った瞬間、胸の奥がぎゅっと縮んだ。
表情は穏やかだ。笑っているようにも見える。
けれど、その奥にあるものは──
人を値踏みする、冷たい光。
僕を「人」として見ていない目だ。
まるで、手に入れるべき「物」を見るような。
……気味が悪い。
「お連れ様が待っているようですね。それでは」
僕はそう言って、その場を離れた。
……あれは誰だ。
感じの悪い、という言葉では足りない。
もっと、根本的に危険な気がする。
もし、あの人がこの町に居座るなら──
僕は、移動しよう。
散歩を始めたときの軽い気分は、もうどこにもなかった。
僕は重い足取りのまま、部屋へ戻った。
◇◆◇◆◇
僕はなんだか、ギルドにも森にも近づきたくなくて、図書館にいた。
静かな場所なら落ち着けると思ったのに──
本を開いても、文字は頭に入ってこない。
それでもここにいれば、誰にも関わられずに済むはずだった。
……そう思っていたのに。
扉が開く音がして、嫌な予感がした。
視線を上げると、そこにいたのはローレンスと、あの男。
――いや、見慣れないのに、目を逸らしたくなるような存在感がある。
「ルーク。こちらが君の護衛を引き受けてくれるそうなんだ。頼ってみたら?」とローレンスが嬉しそうに言う。
やめてくれ。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、僕は短く答えた。
「僕に護衛はいりません」
すぐに立ち上がる。
ここにいたらまずい。
だが一歩踏み出した瞬間、腕を掴まれた。
「ちょっと待てよ」とローレンスが笑う。
……強い。
図書館で騒ぎは起こせない。
だから声を抑える。
「外で話しましょう……離してください」
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