25 神子の手配書 フェルナンド目線
25 神子の手配書 フェルナンド目線
俺は魔獣の襲撃の後始末に追われ、しばらくルークの護衛を離れていた。
誤算だったのは、後始末の中でも一番厄介だったのが、騎士団の魔法士の相手だったことだ。
倒した魔獣の素材はできるだけ回収する。これはギルドマスターの指示だ。
矢の回収も終えたが、それに、魔法士のひとりが目を留めた。
魔法士ローレンスは矢を手に取り、じっと見つめる。
その目は、獲物を見つけた猛禽のように細く鋭い。
「これは、妙ですね」とローレンスが低くつぶやく。
周囲の空気がわずかに張りつめた。
「攻撃力増加、命中精度増加……ここまでは普通です。ですが──」
ローレンスは矢尻を指先でなぞり、わざとらしく息を呑む。
「かすかに浄化が入っています。聖魔法の浄化ですよ。こんな付与、誰が?」
その視線が、俺の顔を探るように動いた。
逃がす気など最初からない、そんな執着がにじんでいる。
「瘴気で凶暴化していたのに早く討伐できた理由……これでしょう。こういう力は神子の能力とされています。もし扱える者がいるなら──」
ローレンスは一歩、距離を詰める。
「すぐにでも保護しなければなりません」
保護。
その言葉は、どう聞いても捕らえるに近い。
「知らないよ。矢に付与があるなんて思ってなかった」と俺が返す。
ローレンスは笑った。
だが、目だけはまったく笑っていない。
「そうですか。まあ、いずれわかりますよ」
その声音には、確信があった。
その後、騎士団は俺の意見を取り入れ、外壁の周囲に深い穴をいくつか掘った。
掘り出した土は積み上げられ、防壁として利用される。
次の魔獣の襲来は確定している。
ただ、それが来週なのか、一年後なのかはわからない。
騎士団は仕事を終え、次の町へ向かうことになったが──
出発の日、ローレンスは動かなかった。
外壁を眺めたまま、動こうとしない。
「ローレンス殿、出発しますよ」と騎士のひとりが声をかける。
ローレンスはゆっくり振り返り、静かに言った。
「わたしは残ります」
「は?」
「見つかるまで、ここに残ります。逃すわけにいきませんから」
その言葉に、周囲の空気が凍りつく。
だがローレンスは気にも留めない。
「この町には気配がある。あの矢に残っていた浄化……あれを扱える者が、どこかにいる」
その目は、泥の中から金塊を見つけ出そうとする強欲な鑑定士のそれだった。
その輝きは、どこか歪んでいる。
「見つかるまで、わたしはここに残ります。逃すわけにいきません」
そう言い残し、魔法士ローレンス・ブルーホークは冒険者として居座った。
一方ルークは、俺が忙しくなったことで、以前のように一人で薬草採りに出ていた。
薬師ギルドも、ルークの持ち込むものはすべて買い取るようになり、依頼を確認せず森へ入り、夕方には戻る生活になっている。
買取の時には必ず顔を出して少し話すが──最近は落ち着いて話す時間もない。
視界の端で、ルークが他の冒険者に声をかけられているのが見えた。
「それ、いい薬草だな。どこで採った?」と男が笑いながら言う。
「えっと、北の森のほうで……」とルークが答える。
「最近は護衛なしだよな?平気?」
「うん、危ない場所には行かないから」
「そうか、だが護衛がいる時は言ってくれ」
「ありがとう」
自然な会話だ。
ただの世間話だ。
それでも、胸の奥がざらつく。
距離が近すぎる。ルークに向ける安っぽい笑みが、反吐が出るほど不快だ。
そいつの視線が、ルークを値踏みするように動いた瞬間、思考が冷えた。
――やめろ。
口に出す前に、足が動きかける。
だが踏みとどまる。
ただ話しているだけだ。
それだけで排除するのは違う。
違うはずだ。
そんなふうに自分に言い聞かせながら、視線だけは外さない。
そんな折、王宮から急ぎの呼び出しが来た。
留守にするのは気が進まないが、断ることもできない。
出発前、ルークが森から戻るのを待ち、買取所で顔を合わせた。
「今日、呼び出しがあった。しばらく町を離れる」と俺が告げる。
ルークは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにいつもの調子に戻る。
「そうなんだ。気をつけてね」とルークが言う。
それだけだった。
胸の奥が、わずかに沈む。
ほんの少しでいい、寂しがってほしかった。
違う。
そうじゃない。
行かないでくれって……
俺がいなければ、あいつは危ない。
森も、魔獣も、あいつは負けない。だが……人間は。
「お前も気をつけろよ。森は安全じゃない」
「うん。大丈夫。危ない所へは行かないから」
その言葉に、胸の奥がざわついた。
大丈夫なはずがない。
あいつは、自分がどう見られているかをわかっていない。
無防備すぎる。隙だらけだ。
ローレンスの目が脳裏に浮かぶ。
あれは獲物を見る目だった。
他にもいる。
気づいていないだけで、あいつを狙う連中は確実にいる。
触らせたくない。
森にも、魔獣にも、あんな連中にも。
全部、俺が排除してやればいい。
俺がいればいい。
それだけでいいはずなのに。
それなのに、あいつは平気な顔で一人で森に行く。
俺がいなくても問題ないと言わんばかりに。
胸の奥に、黒いものが溜まっていく。
いっそ、危険だと思い知ればいい。
俺がいないと、生きていけないと。
そこまで考えて、息を吐く。
駄目だ。
それでは本末転倒だ。
守るためにそばにいるのに、壊してどうする。
だが、他の誰かに奪われるくらいなら。
その思考を、無理やり押し込める。
嫌な予感が、消えない。
◇◆◇◆◇
王宮で告げられたのは、思いがけない知らせだった。
ハイタック王国が神子の召喚を行った所、二人呼び出され、そのうち一人が逃げ出したという。
その者を見つけ、保護してほしいという通達が、各地の神殿に出された。
「神子の召喚」「逃げ出した一人」
その報告を聞いた瞬間、パズルのピースが音を立てて嵌まった。
あの浮世離れした雰囲気と、常識の欠落。そして、あの浄化の力。
ルークは、この国が血眼になって探している「神子」本人だ。
ローレンスのあの確信に満ちた目は、これを予期していたのか。
「……っ、どいつもこいつも」
一刻も早く戻らなければならない。
だが、そんな時に限って従姉妹たちの茶会という「貴族の義務」に足止めを食らう。
その僅かな隙を、あいつが突いた。
その間に、あいつ、マーシャルが動いた。
残された手紙にはこうあった。
「今後に備えて勉強のために出発する。経験のある騎士団と一緒だから心配するな」
出し抜かれた。
俺は王位継承権を放棄している。競争から降りている。それなのに、なにかと俺に絡んでくる。
あいつは、絶対にルークに近づく。
利用するために。奪うために。
胸の奥で、何かがはっきりと形を持った。
渡すつもりはない。
誰にも、一歩たりともあいつには近づかせない。
俺は馬を飛ばした。
腹の底で煮え立つような殺意を、ルークを守るという大義名分で塗りつぶしながら。
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