12 逃亡 2
12 逃亡 2
外の足音がした瞬間、僕の背中に冷たいものが走った。
そして、ドアが開いた。
「今日は疲れたな」と低い声がした。
「なんの騒ぎだったんだ?」と別の男が続ける。
「さぁな……」と三人目が気の抜けた声で答えた。
僕がいるのを知っているのに、知らない笑顔で会話が続いた。
すぐに指を口元に当てて、静かにしろと合図してきた。
僕も同じように、右手を上げて応じる。
声を出さなくても通じる、この緊張の共有がありがたかった。
「大丈夫だと思うが、隣に人がいるんだ」とビルが小声で言う。
僕はゆっくりとうなずいた。
ここで音を立てれば終わりだ。
それだけは、誰もが理解している。
少しして、空気が緩んだ。
「腹が空いただろう」とビルが言い、ポケットからパンを取り出した。
差し出されたそれは、少し潰れていたけれど、温もりが残っていた。
「食ってから話せ」とジョンが低く言う。
僕は一瞬だけためらったが、受け取った。
食べ物を前にして、警戒よりも先に身体が反応する。
一口かじる。
乾いたパンだったが、やけに甘く感じた。
ジョンが物入れからマントを取り出す。
「ちょうど良かった。ペギーから預かったんだ。マントが入荷したって」
差し出された布は、思ったよりしっかりしていた。
逃げる身には、何よりありがたい。
僕はパンを飲み込んでから、ゆっくりと口を開いた。
「……僕は、追われている」
それだけ言って、言葉が止まる。
全部は説明できない。
自分でも、どこからどこまでが正しいのか整理できていない。
それでも、伝えなければならないことはひとつだった。
「命を狙われている」
その言葉だけは、はっきりと告げた。
三人は顔を見合わせる。
軽口を叩いていた雰囲気は消え、真剣な目に変わっていた。
やがて、ケントが口を開く。
「じゃあ、今度外出する時、一緒に行こう。それまでここに隠れてろ」
その言葉は、思ったよりもあっさりしていた。
だが、その裏にある覚悟は伝わってくる。
僕は深くうなずいた。
助かった、という言葉は出なかった。
代わりに、胸の奥が少しだけ軽くなる。
視線を動かすと、ビルの足に目がいった。
動き方が不自然だ。
無理をしているのが、見ればわかる。
「その足、無理したな」と僕は言った。
ビルは肩をすくめる。
「まぁな……俺たち、無理しないわけにはいかねぇし」
苦笑混じりのその言葉に、僕は少しだけ笑った。
「わかる気がする。でも治すから、ベッドに靴を脱いで」
ビルは一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに従った。
靴を脱いだ瞬間、強烈な臭いが立ち込める。
「うわ……」と誰かが小さく声を漏らす。
僕は思わず笑ってしまった。
「これはひどいな」
軽く手をかざし、清浄をかける。
空気が一変する。
重かった臭いがすっと消え、代わりに澄んだ感覚が広がった。
「おぉ……!」
「さすが!」
「匂いもすごかったが、さすが色男だ」とジョンが茶化す。
「内緒だよ」と僕は軽く言った。
そして、ビルの足首に手を当てる。
熱を帯びたような腫れ。
無理を重ねた痕がはっきりと残っていた。
僕はゆっくりと魔力を流す。
急がず、丁寧に。
傷んだ部分をなぞるように、整えていく。
ビルの呼吸が、少しずつ落ち着いていくのがわかった。
「無理するなと言いたいけど……明日また治療するから」
そう言って、軽く足首を叩く。
ビルはしばらく黙っていたが、やがて絞り出すように言った。
「ありがとう……」
その声は、思ったよりも小さかった。
そして、少し間を置いてから続ける。
「ベッドを……提供する」
言い終わると同時に、ビルはベッドから降りた。
僕は一瞬、言葉を失った。
逃げてきた僕に、ここまでしてくれるのか。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
「ありがたい。甘えるよ……借りるね」と、僕は静かに答えた。
この場所は、まだ安全とは言えない。
それでも今は、確かに居場所だった。
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