10 雑用係と町に出る
10 雑用係と町に出る
門を出て、人の流れの邪魔にならない隅に立つ。石畳の冷たさが足裏からじんわりと伝わってきて、なぜか落ち着かない。僕は自然と視線を落とし、そのままじっと待った。
人と目を合わせるのは、どうにも苦手だ。前の世界でもそうだったし、こっちに来ても直らない。直す必要があるのかも、よくわからないままだけど。
「早いな」と声をかけられ、顔を上げる。
ケントだった。朝の光の中で、彼の表情はやけに明るく見える。
「あぁ」と短く返す。
「歩きながら話そうか」とケントが言い、ジョンとビルも軽く手を振る。
三人の足取りは軽い。僕だけが、少し遅れてついていく。
「その服で来たのか?」とケントが僕の格好を見て言った。
「他に服がなくて」と答えると、自分でも情けなくて苦笑が漏れた。
神官見習いの制服。これしかないというのは、やっぱり異常だ。
「よし、まず服を買いに行こう」とケントが即断する。
迷いがない。そのことに少し驚いた。
「俺はケント。お前は?」
「オオヤナギ」
「ジョンだ、オオヤナギ」
「ビルだ。治してくれてありがとな」
三人は気さくに笑う。その笑い方が、僕の肩の力を少しだけ抜いた。
こういう距離感に、まだ慣れていない。けれど、嫌じゃない。
むしろ――少し、うれしい。
露天の店が並び始めていた。布を広げ、商品を並べ、声を張り上げる準備をしている。
その中の一軒で、ケントが立ち止まった。
「ここだ」
僕は思わず足を止める。
「古着?」
口に出してから、自分の声にわずかな戸惑いが混じっていることに気づいた。
「当たり前だ」とケントが笑う。
「おい、この兄さんに似合うの選んでくれ」
赤毛の娘に声をかけると、彼女はぱっと顔を上げてこちらを見た。
「ペギーよ。そんな服着てこの店に来た人は初めてよ」
からかうような調子。けれど嫌味はない。
「他に持ってなくてね」と僕が言うと、彼女はすぐに動いた。
迷いがない。
生成りのシャツ、茶色のズボン、濃い灰色の上着。
手に取られるたびに、布の質感や色合いが目に入る。こんなふうに服を選んでもらうのは、いつ以来だろう。
「どう? その金茶色の髪を引き立てるわ」
金茶色。そう言われると、少しだけ自分の髪が他人事のように感じる。
「なるほど。ここで着替えさせてくれ」とケントが言い、僕はうなずいた。
支払いを済ませ、布で仕切られた場所に入る。
制服を脱ぐと、妙に軽くなった気がした。布一枚の重さじゃない。もっと別のものを、少しだけ置いてきたような感覚。
着替えて外に出る。
「バッグ売ってる店、知ってる?」と僕が聞くと、ペギーがすぐに布のバッグを差し出した。
「それを」と言って受け取る。
自然と、少しだけ笑っていた気がする。
「おぉ、やっぱり色男だね」とケントが笑う。
「まったくだ。でも色男を見ても腹はふくれん。なんか食いに行こうぜ」とジョンが言い、ビルも同意する。
「悪い、待たせたな」と僕が言うと、ジョンが背中を軽く押した。
「いいってことよ。行くぞ」
押される感触が、妙にあたたかい。
串に刺した肉の匂いが鼻をくすぐる。焼ける音、油のはぜる音、人の声。
パンに挟んだ肉、甘い果実水。
三人と並んで食べる食事は、想像していたよりずっと楽しかった。
こんなふうに笑いながら食べるなんて、いつぶりだろう。
ケントが僕を見て言う。
「オオヤナギって背が高くてかっこいいのに、どうして自信なさそうなんだ? ずっと下向いてるし」
「そうか……気がつかなかった」と答える。
本当は気づいている。ただ、どうしようもないだけだ。
前の世界で染みついたものは、簡単には抜けない。
三人は笑いながら僕の肩を叩く。
「もっと胸張れよ、色男」とケント。
「そうだそうだ」とビル。
その言葉が、胸の奥にゆっくりと沈んでいく。
痛くはない。むしろ、あたたかい。
王宮の門の手前で別れる。
「笑え、色男」とケントが言う。
「そうだ、もったいないぞイケメン」とビル。
ジョンが僕の肩を叩く。
「笑ってろ、色男。またな」
三人が手を振る。
僕も手を上げる。ぎこちないけど、それでも。
胸の奥が、じんわりとあたたかくなっていた。
門をくぐり、すぐに道を外れて植え込みの陰に入る。
新しい服を脱ぎ、制服に着替える。
さっきまでの時間を、ここに置いていくみたいで、少しだけ惜しい。
部屋に戻る途中、足が軽いことに気づいた。
いつもより疲れていない。
「まったくこき使ってくれますね。でももうすぐ終わりだ」と小さく呟く。
柔軟をし、魔力を流す。
次の休みは冒険者ギルドに行って、あれを食べて――そんなことを考えているうちに、意識が落ちた。
翌日。
ミツルギの機嫌は明らかに悪かった。
こうなると、八つ当たりが来る。
僕は水の玉を見つめる。前よりも少し小さい。
気づいているのか、気づいていないのか。誰も何も言わない。
言われるのは、いつも僕だ。
どうするか。
考える。
空間収納。離れた場所にホールを作れる。
なら、水も離せるかもしれない。
試す価値はある。
そう考えていると、
「余分、なにぼんやりしてる! 神官長にこの手紙を届けろ!」とミツルギが怒鳴った。
「失礼しました」と頭を下げ、両手で手紙を受け取る。
「それでは神子様、失礼いたします」と言ってその場を離れる。
内容はわかっている。
疲れているから王宮に滞在したい。
そういう話だ。
神官長の機嫌は悪くなるだろう。そして文句は全部、僕に来る。
どうせ遅くなるなら、急ぐ必要もない。
僕はゆっくり歩きながら、試す。
少し先にホールを出す。
十メートル先に、空間が開く。
小石を吸い込んだ。
できた。
そのまま石を吸い込みながら歩く。これは使える。
神官長から解放された頃には、空はもう暗かった。
戻ると、ミツルギが待っていた。
笑顔だった。でも、目は笑っていない。
「……遅かったね、ライト」
甘い声なのに、背筋が冷える。
「神官長が……」と言いかけると、一歩近づかれた。
「ねぇ、ライト。今日、町に行ったんだって?」
息が止まる。
「……どうして」
「神殿の人たち、なんでも話してくれるんだよ。僕、可愛いから」
微笑み。
同じ形のはずなのに、まるで別物。
「楽しそうだったね。三人も友達ができて」
言葉が出ない。
胸の奥が、さっきとは違う意味で冷えていく。
「ライト。君ってさ……僕の顔を使ってるくせに、勝手に友達作るんだ?」
胸が凍りつく。
逃げ場がない。
「僕はね、ライト。君が僕のそばにしかいられないようにしてあげてるの」
胸元を軽く掴まれる。
力は強くないのに、動けない。
「なのに……僕を置いて、町で笑ってたんだ?」
甘い声。けれど、刃のように鋭い。
「……許さないよ?」
手が離れる。
「明日も頑張ろうね、ライト」と笑う。
その笑顔は、どんな暴力よりも恐ろしかった。
胸の奥に残ったあたたかさが、ゆっくりと冷えていくのを感じながら、僕はただ立ち尽くしていた。
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