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二人での昼食 ≪ティア目線≫

 定食屋の扉をくぐると、木の香りと素朴なスープの匂いが鼻をくすぐった。昼時ということもあり、数組の客で賑わっていたが、常連らしい年配のエルフが静かに食事をとっている姿が多く、どこか落ち着いた空気が流れていた。


 いつもの席に腰を下ろし、ティアはようやく表情を緩めたように見せかけながらも、心の内では思考を巡らせていた。


(狂獣化……それに必要な魔石は、自然に転がっているような代物じゃない。希少な魔物の核、精製技術、保管に必要な専用の魔道具。そんなもの、下層の業者や不法移民に手に入るはずがない……)


 グリズリーの襲撃。それがただの偶然だったと信じるには、状況があまりに整いすぎている。まるで、あの場にいた誰かを狙って放たれたかのように。


(……もし、本当に誰かが意図的に仕掛けたとしたら──敵は、もっと大きな存在かもしれない)


 貴族。あるいは、他国。いや、もっと根深く、国の内側に潜んでいる何か。


 ティアは無意識に指先を組み、視線を落とした。


(私に……守れるのだろうか?)


 ゼンイチは異世界人だからなのか、身の危険に対して鈍感なところがある。だからこれまで、命を狙われても普段通りの生活が出来ているのだろう。でも、敵の規模を知れば今度こそ心が折れてしまうかもしれない。


(……まだ話せない。少なくとも、今は)


「ティア?」


 ふいに呼ばれ、はっと顔を上げた。ゼンイチが心配そうにこちらを覗き込んでいた。手には木製のスプーンを握りしめたまま、眉根を寄せている。


「ごめん、ぼんやりしていました」


「なんか……すごく考え込んでる顔してたからさ。食欲なかったら、無理しなくていいよ?」


 その声は、いつもの軽さをほんの少し抑えていた。冗談交じりに笑いながらも、ちゃんと本気で心配してくれているのが伝わってくる。


「大丈夫だよ、俺。ちゃんと護衛もいるし──」


 言いかけて、ゼンイチは腰の刀にそっと手を当て、得意げに笑った。


「それに、新しい刀も手に入ったしね。ローガンの自信作だし、何かあっても切り抜けられるって。ティアもいるし、ガルドもいる。心強い仲間がそばにいるって、結構……安心できるもんだよ?」


 不器用な言葉だった。でも、そのひとつひとつが、ティアの胸に染み込むようだった。


 この人は、鈍感なんかじゃなかった。怖くないはずがないのに、それでも前を向いている。自分を信じて、周りを信じて、踏み出そうとしている。


(本当に……強いな、この人は)


 ティアは小さく微笑み、スプーンを手に取った。


「ありがとう、ゼンイチさん。……あなたがそう言ってくれるだけで、少し安心した気がします」


「ん? そっか。……よかった」


 照れくさそうに笑うゼンイチを見て、ティアの胸に温かい何かが灯るのを感じた。


(……もし本当に、もっと大きな敵がいたとしても)


 ゼンイチを守る。今度こそ、自分の手で。


(絶対に……負けない)


 スープの湯気が、溢れた魔力でほのかに揺れた。

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