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名工ローガン 後編

牙を手に入れてから、ローガンの工房には昼夜の区別が消えた。


 灯されたガスランタンの光の中、彼はただ一人、牙を前に座り続けていた。

 青白く光る牙は、まるでこちらを試すように無言でそこに在る。


(これを自由に削れる機会なんざ──もう、一生来ねぇだろうな)


 手に入れたのは、アイスドラゴンの犬歯。品質もサイズも申し分なし。

 しかも鱗、髭、牙の破片まである。素材はすべて揃った。


 ──ならば、どう造る。


 ドリル剣。あれはゼンイチの突飛な発想と、自分の技術を融合させた名品だった。

 あの破壊力はゲイルにより王都中に響き渡った。


 しかし──今回は違う。奇をてらうな、と己に言い聞かせる。

 力任せの破壊ではない、刀本来の切る、突く、受ける、この特性を生かさなければ…


 牙の魔力伝導率、硬度、温度による特異性──すべてが武器素材の理想形。

 だからこそ、誤魔化しは通じない。技術も精神も、今ある限界を超えなければ牙に見透かされる。


「……本気でやるしかねぇな」


 そう呟いた日から、ローガンは寝床も食事も最低限に削り、工房にこもった。


 時間はただ過ぎていった。

 素材の特性を洗い出し、温度、湿度、加工角度、振動の伝わり方まで記録し続ける。

 何度も図面を描き、破り捨てる。


(もっと軽く……いや、強度が落ちる……バランスが悪い……このままじゃ……)


 夜が明けても、灯りは消されない。

 やがて、気づけば十日が経っていた。


 その夜、ローガンは虚ろな意識のまま、牙の前に正座した。


「……なあ、教えてくれ。お前が“斬りたい”と思う形ってのは、どんな姿なんだ?」


 青白く光る牙が、ほんのわずかにきらめいた気がした。


 ──シンプルでいい。美しくなくていい。ただ、正確で、強く、使いやすくあれ。




その瞬間、ローガンの中で曖昧だった像が、音を立てて形を結んだ。


「決まりだ。最強で、最も“普通”な刀を造る。……いや、そうじゃねぇな──究極の機能美を追求すればいい。」


 そこからさらに一か月、ローガンは牙を削り続けた。


 金属のように溶かして成形することはできない。

 この牙の唯一の加工方法は──削ること。


 しかも通常の砥石では歯が立たず、ローガンはダイヤの粉を鋳込んだ特製の研磨盤を十枚用意した。

 一日に削れるのは、わずか髪一本分にも満たない。


 磨き、測り、また磨く。


 慎重に刃の曲線を削り出し、バランスを整え、攻防優れた形状に整える。


 鍔には、王家への献上品かと思わせるほどの金属細工が施された。オリハルコンを使い、力の伝達を無駄なく手に返す精密な構造を持たせた。


 持ち手は、アイスドラゴンの髭を芯に通し、トレントの薄皮を黒染めして編み込む。

 時間と共に握り手になじみ、魔力を伝える導管のような働きを持つよう調整した。


 最後に残った牙のかけらと鱗の粉末を混ぜ合わせ、特製の薬液で練り固めた鞘を作る。

 外気から魔力を遮断し、刀を常に一定の状態に保つ精妙な構造だ。


 そして、ついにその時が来た。


 静かな朝。鳥の鳴き声が微かに聞こえる時間。

 ローガンは作業台の前に立ち、刀をそっと持ち上げた。


 長さ約八十センチの刀身は、まるでエメラルドのような青緑色を湛え、光を乱反射させる。

 見る角度によって表情が変わり、幻想的な輝きが刃を走る。


 全体の造形はただ一言、「美しい」。

 だがそれは、華美さではない。研ぎ澄まされた機能美だ。


 重すぎず、軽すぎず。握った瞬間に、手と刀が一体になる。


 ――完全な刀だった。


「……出来た」


 ローガンの口から漏れたのは、たった一言。

 その言葉には、満足でも自慢でもない、深い静かな達成感がこもっていた。


 彼は刀を布で丁寧に包み、ゼンイチへの納品の準備を始める。


(さあ、受け取れ。お前のために、俺が造り上げた……世界に一本しかねぇ、究極の刀を)

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