名工ローガン 前編
名工ローガンと書いているのに、心の汚い人には一瞬違うように見えるみたい…
王都ヴェイルの中央区。石造りの旧劇場が改装された由緒あるオークション会場には、すでにガスランタンの灯りが煌々と灯されていた。
今宵の目玉はただ一つ――
《アイスドラゴンの牙》。それも、最も長く、魔力伝導効率と強度に優れると言われる「犬歯」。
会場の中央には、魔導ガラスのケースに収められたそれが鎮座していた。長さ二メートルを超える巨大な牙は、青白く淡い光を帯び、周囲の空気すら凍りつかせるような威圧感を放っていた。
ローガンは会場後方の椅子に腰を下ろし、口元に葉巻をくわえながら、じっと牙を見据えていた。
(……間違いねぇ。あれが犬歯。文句なしの最高級品だ)
その牙に、やはり目をつけている者がいた。
貴族席、金の刺繍が施されたローブを纏う中年男。名はアールス・ガランティーノ。南部領主の三男にして、武器コレクターとしても知られる男だ。
(貴族風情が、見せびらかすために牙を買うつもりかよ……)
ローガンのこめかみがぴくりと動く。
そして、鐘が鳴った。
「本日、目玉品となります。アイスドラゴンの『犬歯』!このサイズはこのエラショード王国始まって以来初となります。」
どよめきが走る。案内人の声が熱を帯びる中、入札が始まった。
「金貨二千!」「二千五百!」「三千!」
あっという間に金額が跳ね上がる。
その中で、アールスが初めて声を上げた。
「五千だ」
場が一瞬静まる。
「……貴族様のお出ましか」
ローガンが口元で呟くと、周囲の職人や商人たちがそっと視線を向けた。
「五千五百」
ローガンがゆっくりと手を挙げた。
会場に再び緊張が走る。名工ローガンが本気で競りに来た。そんな空気が一瞬で広がった。
「六千」
アールスが声を張る。だが、その声にはわずかに焦りが滲んでいた。
(あの声……もう余裕はねぇな)
ローガンは腰を上げ、葉巻を噛み潰す勢いで睨み据えた。
「──七千」
静かな、だが誰よりも重く響く声だった。
気迫が空気を変える。ローガンの瞳には、牙しか映っていない。まるで獲物を前にした猛獣だ。
アールスが口を開きかけ、言葉を詰まらせる。
「……っ……」
全会場が沈黙した。誰も、金額ではなく**「覚悟の差」**を見たのだ。
アールスは椅子に背を預け、悔しげに目を伏せた。
「他に……ご入札は──ございませんか?」
静寂。
「それでは……アイスドラゴンの犬歯、金貨七千枚にて、名工ローガン殿が落札!」
静かな拍手が起こった。
だがローガンは微動だにしない。目は牙に注がれたまま。
(ゼンイチ。これで、お前の刀はとんでもない代物になるぞ……)
それから数分後。
「次は、同個体から採取された“アイスドラゴンの鱗”十枚セット!」
ローガンは即座に手を挙げた。
「二千」
誰も手を挙げない。牙の競りで空気を支配した男に、張り合う者などいなかった。
「……落札、金貨二千枚!」
さらに続く。
「こちらは希少素材、“アイスドラゴンの髭”! 一部の魔術師からは“魔力の導線”としても注目されています!」
「五百」
即決だった。周囲の魔術関係者がわずかにざわつくも、やはり誰も手を出さない。
「……こちらも名工ローガン殿が落札!」
会場の拍手が静かに広がる中、ローガンはようやく席を立った。
獲物をすべて狩り終えた狩人のように、迷いも疲れもなく。
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