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社会勉強

【王立図書館の一室にて】

 その部屋は、静寂という名の空気で満たされていた。王立図書館の奥、許可を受けた者しか入れない書斎室。厚い木の扉と高い天井、棚には所狭しと革装丁の書物が並び、中央には頑丈そうな机と、背もたれの高い椅子が二脚だけ配置されていた。窓から差し込む光が、木目の床に淡い縞模様を描いている。


 「……ここが、今日からの“教室”です」


 ティアは少し緊張した面持ちで言った。


 「なんだか、個人指導って感じだな。家庭教師とか思い出すわ」


 「ええ、私は異世界人に教えるのは初めてですけど……頑張りますね」


 ゼンイチは軽く頷き、机に置かれた本に目を落とした。だが、そこには予想外の発見があった。


 「……これ、日本語じゃないか?」


 分厚い書物の表紙に、明らかに日本語で『異世界入門書』や『魔法と物理法則の関係』と書かれている。それだけではない。別の棚には、英語の技術書も数冊並んでいた。タイトルには“Introduction to Water Engineering”や“Basic Chemistry for Daily Use”とある。


 「もしかして、これって……」


 「はい。過去の来訪者たちが遺した書物です。王家の命で翻訳が進められたものもありますが、解読が難しいものも多くて」


 ゼンイチはその本を手に取り、懐かしさに目を細めた。


 「なるほど、異世界人がこの国に与えた影響って、思ったより深いんだな」


【国の歴史と構造】

 数日後、ティアは大きな巻物を広げた。精緻な地図が描かれたその羊皮紙は、王国の全貌を把握するためのものだった。


 「エラショード王国は、ゲルドニア大陸の南東部に位置しています。周囲は山と海に囲まれていて、侵入者は比較的少ないですが……」


 ティアが細い指で地図の中央を指し示す。


 「この“ヴェール”が首都です。現在の国王、ルシアン・ヴェール陛下が治めています」


 「873歳……だっけ?」


 「はい。王族は“始祖の血”を色濃く継いでおり、千年近く生きる者も珍しくありません。現在の陛下は二代目ですが、初代はこの国を創った人物として、神話に近い存在になっています」


 ゼンイチは思わず息を呑んだ。


 「なんか、スケールが違うな……」


 「この国は城塞都市の集合体として成り立っていて、外では農業や酪農が主に行われています。近郊は冒険者や衛兵が定期的に魔物を討伐してくれるので、比較的安全ですが……」


 ティアの声が少し沈んだ。


 「近年は都市に潜り込む違法移民や、闇取引も増えてきていて……王都も例外ではありません」


 「なるほどね。なんか、日本と変わらない部分もあるな」


【魔法の理論】

 次に扱うのは、ゼンイチにとって最大の関心事の一つ――魔法だった。


 「魔法の基本は、“体内の魔力”で“外の魔力”にイメージを伝えることです」


 ティアは「…“水球”」と小さな声で呟きながら、小さな水の球を手のひらに浮かべた。それは微かに振動しながら空中に浮遊していた。


 「特別な呪文は必要ありません。ただし、魔力操作には繊細な感覚と、何より反復訓練が不可欠です。最初はとても疲れると思いますよ?」


 「努力は嫌いじゃないさ。結構ハードな仕事をしてたからな」


 「それに、魔法名を声に出しながら訓練することで、脳と身体が“発動の流れ”を覚えてくれます。いわゆる、思考のショートカットですね」


 「お、言いたいこと分かった。ショートカットキーだ。たとえば“Ctrl+C”でコピーとか。無意識に手が動く感覚だろ?」


 「……その通り、です。えっと、コントロール?」


【実技:水魔法の練習】

 そしてついに、実技の日がやってきた。王立図書館の裏手にある噴水広場には、薄く朝の霧が漂い、水音が静かに響いていた。


 「ゼンイチさん、まずはこの水に手を当てて、流れを感じてください。意識を集中して、“水”という存在そのものを思い描くんです」


 ゼンイチは静かにうなずき、片手を水面にかざした。冷たい水の感触が指先に伝わる。実は魔法の本を見つけてから、宿でこっそりイメージトレーニングをしていたのだが、成功したことはなかった。しかし、今日はなぜか集中できる気がした。


 「………“水球”」


 つぶやいた瞬間、手のひらから細い水がしゅるりと伸び、宙に踊った。ティアが思わず歓声を上げる。


 「出ました! 成功です、ゼンイチさん!」


 「……マジで?」


 ゼンイチは唖然としながらも、内心の興奮を抑えきれなかった。


 「もう、トイレの水を汲みに行かなくても済みそうだな……」


 ティアはくすりと笑った。


 「ゼンイチさん、水属性にすごく適性があるかもしれませんね。たった数日で水が出せるなんて、普通はありえませんよ?」


 ゼンイチは噴水の水音を背に、空を仰いだ。


(こっそり練習していただけなんだけどね…)

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