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街並み拝見2

 「どうぞ、中へ」


 ティアが鍵のようなものをひねると、扉が静かに開いた。

 ゼンイチが中に足を踏み入れると、木の香りがふんわりと鼻をくすぐった。


 床はしっかりした板張りで、靴を脱ぐべきか一瞬迷ったが、玄関のようなスペースには小さな靴棚があり、それを見て自然と脱ぐ流れになった。


 「靴を脱ぐ文化って、過去に来た異世界人の影響なんだそうです。土足文化だったのが、今では“玄関で脱ぐ”のが当たり前になりました」


 「へえ……影響でかいな、先人たち」


 部屋はシンプルながら機能的だった。リビングと寝室がゆるやかに区切られ、簡素なキッチンと水回り、書き物机、戸棚には既にいくつかの生活用品が整然と収められている。


 「これ、冷蔵庫みたいなもんか?」


 「はい、熱を吸い取る術式が記録された魔石が使われています。魔導師がいなくても動くように、魔力を貯める魔石が動力源になってるんです」


ゼンイチは興味深げに扉を開け、中をのぞき込んだ。確かにひんやりしている。だが電気の音もしなければ冷気の風もない。静かなのに、冷たい。


 「魔石か……これって、どれくらいもつもんなの?」


 「この程度の用途なら、数年単位で使えますよ。魔力消費はごくわずかなので」


 「こっちは、洗濯……?」


 「その箱は“洗浄槽”ですね。水の生成と水流を生む魔法が組み合わさっていて、服や布製品を入れるだけで洗ってくれます。乾燥機能はないので、干す必要がありますが」


 「ほんと、ハイテクというかローテクという

 「じゃあ、照明も魔石でつくの?」


 ティアは少し困ったように首を横に振った。


 「光系の魔法は、実は魔力の消費がとても激しいんです。なので、ほとんどの家庭では蝋燭を使ったランプを使っています。あちらの棚に予備の蝋燭がありますから、必要なときにお使いください」


 「なるほどな。節電……じゃない、節魔力か」


 ティアはくすっと笑いながら、紙束を取り出した。


 「こちらは、この国の基本的な制度や、生活ルールをまとめた案内書です。文字はすでに日本語に翻訳済みなので、ご安心を。以前の来訪者が、翻訳魔法の標準化を進めてくれたおかげで」


 「……もういろいろ便利すぎて、何を疑えばいいか分かんなくなってくるな」


 「疑う、ですか?」


 「いや……なんとなく、だよ。すべてがスムーズすぎると、どっかに落とし穴がある気がするってだけ」


 ティアは少しだけ表情を曇らせたが、すぐに笑みを戻した。


 「落とし穴……は無いと信じたいですが。わたしも初めての“来訪者対応”で、まだ未熟なので、不便があればなんでもおっしゃってください」


 「初めて?」


 「はい。異世界の方がこの世界に来られるのは、十年ぶりですから。これまで私は、記録や文献でしか接したことがなくて……でも、だからこそ、こうして直接お話しできるのが、本当に嬉しいんです」


 その目は真剣で、まっすぐだった。

 ゼンイチは思わず照れたように頭をかいた。


 「そっか、よろしく頼むよ。ティアさん。……なんか、ちょっとだけ楽しみになってきたかも」


 「では、お腹もすいたでしょうし、次は街の食堂にご案内しますね」


 ティアの言葉に、ゼンイチはようやく自分の腹の音に気づいた。

 そういえば、最後に何か食べたのは――あの世界で、会社の給湯室で口にしたコンビニのパンだったか。


 「そういえば、ずいぶん食べてなかったな……」


 苦笑しながらつぶやいたゼンイチに、ティアは小さく笑ってうなずいた。


 二人は並んで建物を後にし、街の通りへと歩き出す。


 「ほんと、街並みがきれいだな。都市計画って、レベル高いんじゃないか?」


 ゼンイチは感心したように、整然と並ぶ建物と石畳の道に目をやる。高低差の少ない地形に、碁盤の目のような道が続き、視線の先まで見通せる構造は、どこか日本の都市開発にも似ていた。


 「ふふ、昔の異世界人の影響でしょうか」


 ティアはうれしそうに微笑みながら答えた。


 「この都市の基本構造は網目状で、魔物の襲撃時にも避難しやすいように計画されているんですよ。水路や街路の配置、公共施設の位置なんかも、異世界の知識をもとにしている部分が多いんです」


 「なるほど……そりゃすごいな。俺の世界にも都市設計って分野があるけど、こっちの街もだいぶ計算されて作られてる感じがするよ」


 しばらく歩いたあと、ゼンイチはふと横を歩くティアに問いかけた。


 「そういえば、さっきから街の人、みんな耳が尖ってるけど……エルフって、やっぱ長生きなんだよな?」


 「ええ、長命です。ただ、今の街の住民は混血が進んでいますから、だいたいは50歳から200歳くらいですね。人間の感覚では30~60歳くらいでしょうか」


 「200で“普通”って、すごい世界だな……じゃあ、さっきの王様も……?」


 ティアは少しだけ声を潜めて答えた。


 「王族は特別です。古代の血を濃く引いているので、なかには1000年以上生きている方もいます。現王も、八百年を超えていると聞いています」


 「八百……そりゃあ人間の感覚で話が通じないわけだ……」


 「ここは基本的にエルフの国なんですが、交易も盛んで、他の種族も住んでいます。ただし、入国審査が厳しくて……最近は特に、違法に入ってきた人たちが問題になってるんです」


 「違法って、そんな奴がこの世界にもいるのか?」


 「ええ、たとえば難民が密かに入り込んだり、身分証を持たないまま住み着いていたり……」


 言葉を切ったティアが足を止めた。

 視線の先では、路地裏から出てきた小柄な男が、街角の衛兵に呼び止められている。男は焦ったように周囲を見渡し、何かを言い訳しながら手を振っていたが、衛兵はそれを無視し、腕をつかんで連行していった。


 周囲の住民たちは、あえて目を合わせないようにして足早に通り過ぎる。

 どこか、慣れた反応のようだった。


 「……ああいうのが増えてるんです。未登録の移民や、身元不明の者。都市の防衛や資源配分にも関わるので、王は特に警戒しています」


 ティアは小さく肩をすくめる。


 「ゼンイチさんはちゃんと記録されていますし、心配はいりません。でも、念のため、慣れるまでは私と一緒に行動していた方がいいですね」


 「そりゃまあ、一人じゃ何がどこにあるかもわからないしな。案内よろしく頼むよ」


 やがて、大通りの一角にある木造の建物の前でティアが足を止めた。

 窓からは温かな明かりと香ばしい香りが漏れてくる。壁には簡素ながら美しい木彫りの装飾が施され、重厚な扉の上には店の名前が、エルフ文字で記されていた。


 「こちらが評判の食堂です。焼き魚とハーブのスープが名物なんですよ。きっと気に入ってもらえると思います」


 「楽しみだな。異世界初メシ、ありがたくいただくよ」


 扉を開けると、香ばしい香りが鼻をくすぐった。

 木の梁が走る高い天井、壁に並んだ酒瓶、揺れるロウソクの明かり。どこか懐かしさを感じさせる空間に、ゼンイチの表情がゆるんだ。


 だが、先ほど目にした「未登録の者」の姿は、彼の胸の奥に小さな棘のような違和感を残していた。



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