ひと狩りいこうぜ ~プーの森5~
辺りは、静寂に包まれていた。
まるで、あの狂獣の咆哮が幻だったかのように。
ゼンイチは地面に転がり、息を切らしながら空を見上げていた。鼓動がうるさいほどに響いている。全身の力が抜け、指先が痺れている。
「……終わった……のか?」
誰にともなく呟いたその声に、草を踏みしめる足音が近づいてくる。
「やったな、ゼンイチ」
泥まみれのガルドがにやりと笑って立っていた。マントの端が破れ、大剣はひび割れていたが、彼の目は生きていた。
「……俺、本当に倒せたのか……?」
ゼンイチがぼんやり呟くと、別の声が飛んできた。
「本当に刺して、爆発までさせたじゃないですか。あの巨体の脇腹を、あそこまで抉るなんて……すごいです、ゼンイチさん!」
ティアが駆け寄ってきた。彼女の髪は風に揺れ、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。それでも笑顔は、いつも以上に輝いていた。
「風魔法、合わせてくれてありがとう。あれがなかったら届かなかった」
「いいえ、私はきっかけを作っただけ。最後に決めたのは、ゼンイチさんです」
ゼンイチははにかみながらうなずいた。達成感と恐怖と安堵が、胸の奥で入り混じっていた。
「……お前ら、いちゃついてる場合じゃねえぞ」
どさりと何かが落ちる音。見ると、ゲイルが大剣を杖代わりにしながら歩いてきた。その顔には大きな青あざができており、肩が明らかにおかしい角度に傾いている。
「ゲイルさん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃねぇけど……まあ、命はある。あいつの右腕と張り合っただけでこのザマとはな」
「無茶しすぎです……!」
ティアが慌てて回復薬を取り出すと、ゲイルは苦笑して手を振った。
「あとでいい。今はまず、こいつの確認だ」
そう言って、マッドグリズリーの死体へと歩み寄る。巨大な体は完全に動かなくなっていた。体表の金色の体毛は、血と泥で汚れ、輝きは失われている。
「……やはり、呪いの痕跡がある」
ガルドが低く唸る。
「この額の黒斑。魔力が変質してる……誰かが意図的に変えたか、あるいは……」
「魔族か?」
ゲイルが唇を歪めた。
「どうだろうな…今更奴らが攻撃してくるとは思えない。しかも都心から離れた森で呪いを使う意味はない。しかし、ただの自然発生じゃあり得ねぇ」
ゼンイチはその会話を聞きながら、少しずつ立ち上がる。
「つまり……これは、偶然じゃないってことですか?」
「ああ、そういうこった。」
重たい空気が、その場を支配した。
だがその中で、ティアだけが微笑みを浮かべたまま、ゼンイチの肩にそっと手を添えた。
「でも、ゼンイチさんがいたから助かりました。今日、あなたがいなければ……きっと誰かが命を落としていた」
ゼンイチは言葉を失い、ただ頷いた。
手のひらには、まだドリル剣を使った余韻が残っている。あの一撃が、仲間を救ったのだと、ようやく実感が湧いてきた。
ゲイルがぽつりと呟いた。
「まさか、ゼンイチにここまで助けられるとはな……見直したぜ、お前はもう立派な戦士だ」
ゼンイチは照れくさそうに笑った。
「……まあ、俺、マンション管理士なんですけどね」
一同の顔に、疲れと安堵の入り混じった笑いが広がった。
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