いのちだいじに
あれから三か月――。
ゼンイチの住むマンションでは、ついにブレア建築工房による大規模修繕工事が始まった。
塗装前の洗浄作業では、魔法使いの職人たちが総勢二十名ほど、縄で屋上から吊られながら、水魔法で外壁を丁寧に洗い上げていた。
空中で水圧に振られながら、ホースのように魔法水流を放つ――その姿はまさに、異世界ならではの光景だった。
――あの高さで振られて…よく平気だな……。
ゼンイチは感心しながらも、改めてここが異世界なのだと実感する。
大規模修繕工事が始まるまでの間、ゼンイチは国家土地管理局には談合に関する注意喚起と是正の要望を提出していた。異世界人という特殊な立場からか、対応は迅速に行われ、即座に各組合への通達と調査が行われたようだ。
ゴウザたちの会社名を伏せて報告をしたが、ゼンイチが陳情したことと、そのマンションの工事からゴウザ達が外されたという事実が広まり、王都塗装組合が談合で異世界人を怒らせたとの噂が瞬く間に広がってしまった。
この時、ゼンイチはゴウザ達がどのような立場に追いやられたのか、想像もしていなかった。
そして、ある晩のことだった。
その日、ゼンイチは王立図書館での調べものを終え、先日見つけた隠れ家的な食事処で簡単な食事を済ませた後、薄暗い裏路地を通って帰途についていた。
石畳の路地は夜気に濡れ、建物の隙間から吹き込む風がひゅうと冷たく鳴いた。
――何か、視線を感じる。
背後から、肌に刺すような何かが突き刺さる感覚。
ゼンイチは首元の汗が急に冷たくなるのを感じながら、少しだけ歩調を速めた。
だが――遅かった。
「ッ!」
目の前に、フードを深く被った男がぬっと現れた。
その男は一言も発さず、静かに腰から剣を抜く。男の見慣れない銀色の目が、一瞬、月光にきらめいたように見えた。
――ヤバい、殺される!
ゼンイチの思考が凍りついた瞬間、男は爆発的な加速で突っ込んできた。
足元を滑らせるようにしながら、一直線に跳びかかってくる。
「ス、スチームッ!!」
反射的に、ゼンイチは両手を前に突き出し、魔法を発動した。
次の瞬間、男の目前で白い蒸気が噴き出す。視界を奪われた男が「ッ!」と声を漏らし、勢いを殺された。
ゼンイチはさらに両手を広げて、全方向にスチームを展開した。周囲の視界が一瞬で白い霧と熱気に包まれる。
「うおおおおおっ!!」
叫びながらゼンイチは反転し、全速力で路地を駆け抜けた。
蒸気の中で背後から剣が振るわれる風を感じたが、間一髪でかわせたようだ。胸が、喉が、焼けるように苦しい。
――走れ、走れ、走れ!死にたくない!
マンションの灯りが見えた。迷わず玄関に飛び込み、管理人室の扉を叩く。
「た、たたた、たすけて!今、襲われた!剣持ったやつが!」
ドアが開き、驚いた顔の管理人が、すぐに飛び出してきた。
「な、何だって!?ちょっと待て、今、緊急魔石を……!」
管理人は壁に設置された緊急用の魔石に手を当て、魔力を流し込む。
淡く光る石が音を立てて共鳴し、遠方の対になる魔石へと信号を送った。
しばらくして、青い制服に身を包んだ警備隊員が三名、駆けつけてきた。
腰に細身のロングソードを下げ、柄には小さな魔石が埋め込まれている。
「通報を受けて駆けつけた。被害者はあなたか?」
「は、はい……さっき……フードを被った男に、剣で……」
ゼンイチは荒い息を吐きながら、なんとか状況を説明した。
警備隊はうなずき、彼を護衛しながら現場に向かった。
蒸気の名残がまだ地面に残る裏路地で、隊員たちは周囲をくまなく確認したが、すでに刺客の姿はなかった。
「残念ながら、痕跡はほとんど残っていない……。ただ、魔力反応はわずかに残っている。素人の犯行ではないな」
隊長格らしき男が眉を寄せた。
「今後、十分に注意して行動してください。あなただけを狙った可能性が高い」
隊員たちは真剣な表情でそう言い残し、去っていった。
ゼンイチは、その場に立ち尽くす。
(これはもう……完全に異世界なんだ)
目を閉じると、蒸気の中でギラリと光った剣の刃が、何度も脳裏をよぎった。
なんか今日自分の作品情報を見たら、エピソードの横に☺マークがついてました。何だかよく分からないけどうれしいです。(^^♪




