談合
王都塗装組合に所属する業者二社に、見積もりを依頼した。
内容は、ゴウザの見積もり書から金額の部分だけを消したものを転写魔石で複写し、それを各社に渡して条件を揃えた。転写の魔石は王立図書館の許可を得て使用させてもらったもので、書類の複製には極めて便利だ。
一週間後、二社からも見積もりが仕上がったとの連絡が入り、ゼンイチは三社すべてを理事会に招集。集会室にて、三者立ち会いのもと、見積書を開示する場を設けた。
まずはゴウザの所属する「安心塗装」。提示された金額は金貨1500枚。
次いで、「飛翔工房」と名乗るイノシシ獣人の業者――こちらは1550枚。
最後に、「陽光塗装」という人間の若者が率いる業者――こちらは1600枚だった。
金額はいずれも大差なく、材料や工程もほぼ横並び。だが、業者の印象は大きく違った。
「飛翔工房」の担当は終始頭をかきながらもごもごと話し、清潔感に欠ける印象。
「陽光塗装」の担当者も覇気がなく、書類の内容もすぐには把握できていない様子だった。
そうして比較してみると、ゴウザの「安心塗装」はやはり手慣れており、印象も悪くない。
見積もり額の違いがほとんどないなら、応対の良いほうがいい――リネアやフォルムも「よく分からないけど、ゴウザさんが一番ちゃんとしてた気がする」と、素直な感想を述べた。
だが、そこでゼンイチは一枚の封筒を静かに取り出し、テーブルの中央に置いた。
「こちらをご覧ください。王都の修繕工事を多く請け負っている、老舗工務店『ブレア建築工房』の見積もりです」
業者たちの視線が封筒へ集まる。
「念のため――図書館に出入りしている工事業者にも、同じ条件で見積もりをお願いしていました。もちろん、依頼元の名前は伏せています。内容は先ほどと同一、金額は……金貨950枚です」
空気が一変した。
三人の業者はそれぞれわずかに身を引き、視線を泳がせる。ゴウザですら、しばらく沈黙した後、ぎこちなく笑った。
「いやいや、それは……まあ、材料の品質や職人の腕で、どうしても差が出ますからね? うちは信頼を最優先にしておりますんで……」
ゼンイチはそんなゴウザに目を向け、静かに言った。
「ええ、そういう可能性も考えて、今日までに王都塗装組合とは別の数人の職人に、社名を伏せて意見を聞きました。でも、皆さん口を揃えてこう言ったんです。『この内容で1500枚以上は高すぎる』と」
理事たちの表情が一斉に引き締まる。
「もし、安心塗装さんだけが高かったのなら、個別の事情で説明がつくかもしれません。でも、今日ここにいる三社すべてが、950枚より大幅に高い金額を提示してきた。これはもう――談合していたとしか、考えられないでしょう」
場が静まり返った。
ゴウザは、唇を噛んだまましばらく沈黙していたが、やがて堰を切ったように言葉を吐き出した。
「……談合なんて、どこにでもありますよ。業者同士で協力しなきゃ、生き残れないんだ。価格を下げすぎたら、今度は職人にまともな給料が払えなくなる。そうなったら、誰が責任持って現場を任せられるっていうんですか!」
語気を強めながら、ゴウザはミリアに向かって身を乗り出した。
「ミリアさん、あんたも昔から見てきたでしょう? 塗装業なんて薄利で、ちょっとした事故や材料高騰で簡単に潰れる。俺たちは真面目にやってきたんです。どうか、それだけはわかってくださいよ……!」
ミリアは眉をひそめ、何か言いかけたが、ゼンイチが静かに口を開いた。
「わかります。確かに――過当競争になりすぎると、手抜き工事が横行したり、労働環境も悪くなる。それに、業者が潰れてしまっては結果的に建物の管理側も困る。だからこそ、業界全体で健全な価格を維持する必要があるのは理解してるつもりです」
そこまで言って、ゼンイチは視線を上げ、三人の業者を見渡した。
「でもね……市場価格の一・五倍っていうのは、不誠実すぎますよ。素人相手なら高くふっかけてもバレないって、そう思ってたんじゃありませんか?」
業者たちは目をそらした。
「もし、こんなやり方がまかり通るようになれば――王都のマンションは、どこも資金が足りなくなって修繕ができなくなる。そして都市そのものが衰退するんです」
ゼンイチの声には、怒りではなく、静かな警告が込められていた。
「だから、私は言います。素人相手に詐欺まがいの仕事をするような業者は、排除されるべきです。 この件は、国王への助言の中にも含めます」
ゴウザの顔が青ざめ、声を震わせた。
「ま、待ってくれ! 会社が潰れる……! お願いだから、名前だけは――名前だけは出さないでくれ……!」
涙をこらえるようにして訴えるその姿に、ゼンイチは小さく息を吐いた。
「名前は伏せます。通達として、各マンションに『不自然な見積もりがあった場合は精査するように』と注意喚起をしてもらうとともに、各塗装組合にも警告してもらいます。それだけで十分ですから」
ミリアが、やや寂しそうな顔で頷いた。
「……ゴウザ。あんたの気持ちは分かるよ。でも、今回はブレア建築工房にお願いするしかないね…」
ゴウザをはじめとする三社の業者たちは、それでも何か言いたげに口を開きかけたが、結局誰も言葉にはできなかった。やがて、肩を落とし、重い足取りで部屋を後にしていった。
会議室に静寂が戻る。
「……ゼンイチさん、すごい……」
「ゼンイチさんがこのマンションに住んでくれてよかったね……」
リネアとフォルムが目を丸くして呟いた。
ゼンイチは小さく苦笑して、残った見積もり書を整えながら言った。
「俺も、誰かを責めたくて言ってるわけじゃない。けど――黙ってたら、悪い流れは変わらないからな」




