02.コミュ障魔女が状況を知るには書物から
異世界に飛ばされたらまずはどうするだろうか?
目に見える風景や人々を観察する。できれば行き交う人々に声をかけるだろう。
人との交流は言葉からの情報だけではなく、適切な場所や人へと繋いででくれる可能性が高い。
しかし、リリアには魔女狩りで火あぶりをされた過去がある。これは彼女の心の大きな傷となっていた。
無実の罪で殺されたのだから、当然のことだろう。
異世界で魔女狩りにあった時は、どこからともなく情報がもれ、あっという間に磔にされたのだ。弁解の余地も、逃亡の余地もなかった。
自分の情報を話すことに几帳面すぎるほどに慎重になるには十分な理由である。
「星那さんという人は、会場を回ってみるといいと言っていたわね。」
コミュ障魔女リリアにとって、星那のアドバイスは貴重なものだった。
現時点のこの世界において、できることは星那のアドバイスを受け止め、会場をめぐること。
幸い、ここには書籍が集まっているようだ。
書籍や新聞というのは良質な情報が詰まっている。技術書同人誌の即売所とはいえ、この世界の状況を少しでも知ることができるだろう。書籍相手なら会話しなくても大丈夫。売り物とはいえ、冒頭や目次くらいは読ませてくれるだろう。
リリアは会場をぐるっと周りブース1つ1つを見てまわることにした。
ここでリリアには大きな誤算が生まれた。ブースにいた技術者たちはリリアがブースで立ち止まると、積極的に本について話しかけてきたのである。
自分が執筆した書籍に興味を持っている人物がブースで足を止めたのだから当然のことだった。
はじめは警戒していたリリアだが、徐々に口を開くようになっていく。
「仮想通貨の本...この世界は紙幣と硬貨のほかに、目に見えないお金が存在するのね。」
「小さな機械..スマートフォンのアプリというものを作るための入門書。どこの世界も入門書は人気ね。」
「猫の生活をよりよくするための技術本。この世界にも猫がいるのね!」
「大きなイベントを行う時、受付でどのような技術を使えばいいか説明している本。この世界でも人が集まるお祭りがあるようだわ。」
「VR??また別の世界に飛ばされるのかしら!!?怖いわ!!とても高度なテレポーテーションの技術なのね。え、違うの。そういう技術じゃないのね。」
技術書典に並ぶ本はどれも、リリアの興味をひくには十分だった。
どのブースの技術者もリリアがブースを覗くとどのような技術なのか、どういう本なのか快く教えてくれた。
この世界は不思議な呪文を記載することで色々な機械を作り、動かし、人々の生活をよくしていたのだ。
それはリリアが使う魔法にも似ていて、どこか安心できた。そして、リリアはここにいる技術者たちはリリアを迎え入れてくれているとすら感じることができた。
不安ばかりの魔女狩りからの転生だったけれども、少し希望が持てた瞬間でもあったのだ。
ふーっと息をつくと、少しばかりの希望がもてたこの世界にさらに情報を収集したい情報にかられてきた。しかし、リリアはあることに気づいていた。
「それにしても売り切れている本も多いわね。プログラムと呼ばれる魔法はとても人気なのだわ。」
売り切れ本の多さである。
この世界ではどうやらリリアが使うような魔法は存在していないが、その代わりにプログラムというものが存在し、プログラマーやエンジニアと呼ばれる人たちは最新の技術を求めてイベントに集まっているのだ。
売り切れた本もぜひ見てみたい。この世界にはどんな魔法があるのか知りたい。
そう思っていたリリアに飛び込んできたのは人だかりができたテーブルだった。
「見本誌...?」
そこは見本誌の立ち読みコーナーだった。
さきほど売り切れていた本もそこには並べられ、読むことができるようになっていたのである。
「これでさらに情報収集ができるわ!」
リリアは魔女服の広がった袖を腕まくりし、気合いを入れた。
そしてまだ見たことのない本を片っ端から読んでいく。どれもこれも面白い、そして生活をサポートするための技術はこの世界の生活の一端を知ることができた。
どれだけの時間がたったであろうか。リリアはすっかり集中していた。
最後の1冊を机に戻した時、会場にアナウンスが流れる。
「本日は技術書典にご来場いただき、誠にありがとうございました。本日の来場者数は2万人でした。これにて技術書典は終了となります。一般参加のみなさまは速やかにおかえりください。」
このアナウンスが終わると会場は拍手に包まれた。リリアもつられて拍手をする。
『ここには自分が住んでいた町と同じくらいの人々がきてたのね。私がいた国よりはるかに大きな国かもしれないわ。』なんて悠長に考えているとゴゴゴゴゴゴ...という地鳴りにも似た無数の足音。
会場にいた一般参加者と呼ばれる人々が一斉に出口へと向かった音だ。
「え、あ、ちょっと...!!」
リリアは一般参加者の帰宅列に巻き込まれてこまれていく。
「おかえりはこちらでーす!お気をつけてお帰りくださーい!」
スタッフの誘導により、会場の外へと連れ出されるリリア。エレベーターに乗せられ、技術書典の会場からすごい勢いで離れていく。
「ちょっと、何よこの箱!!!どこにいくのよ!!?」
「とりあえず1F押しておきますねー」
リリアは焦っていた。人の波に焦っていたのでも、来場者が自分が住んでいた町と同じくらいのサイズだったことにでもない。
エレベーターから降りた瞬間、喉まででかかっていた言葉が零れ落ちる。
「帰るって、どこに行けばいいのよっ!!!」
リリアは自分がいた世界よりも大きな国だと発覚したこの世界で、帰るところもないまま、池袋という大都会に放り出されたのだ。




