表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『奥州から始める伊達政宗との天下統一 〜未来人の俺、独眼竜の無茶振りに今日も振り回されています〜』  作者: 藤原朝臣御神常陸介釋寛浩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/17

第9話 道端で拾った美少女に、助けてなんて頼んでないと言われました

「小十郎さん」


「何でしょう」


「馬、嫌いです」


「三度目です」


「だって痛いんですよ」


「どこがです」


「尻が」


「それも三度目です」


「人が真剣に尻の痛みを訴えてるのに、その態度は冷たくないですか?」


「拓真殿」


「はい」


「あと半日、ずっとその話をなさるおつもりですか」


俺は黙った。


小十郎さんも黙った。


馬だけが歩いている。


パカパカ。


パカパカ。


揺れる。


痛い。


やっぱり痛い。


「小十郎さん」


「尻の話なら聞きません」


「まだ何も言ってないでしょう!」


「では、何です」


「降りていいですか」


「上流の村へ着くのが日暮れになります」


「俺の尻と日暮れ、どっちが大事なんです?」


「日暮れです」


「即答!」


この人。


最初に会った時は、穏やかで優しい人だと思った。


間違いだった。


いや、穏やかではある。


優しくもある。


ただし。


時々、とんでもなく容赦がない。


俺たちは今、水路問題の原因を調べるため、上流の村へ向かっていた。


同行者は俺と片倉小十郎。


それから護衛の兵が三人。


新八さんもいる。


「おい、新八さん」


「何だ」


「代わってくれません?」


「何を」


「馬」


「嫌だ」


「まだ全部言ってないのに!」


「お前の馬に乗りたくない」


「どうして」


「先ほどから妙な歩き方をしている」


俺は自分の乗っている馬を見る。


確かに。


少し斜めに進んでいる。


「これ、俺のせいなんです?」


「馬にも乗り手を選ぶ権利があるのだろう」


「馬権?」


「何だ、それは」


「いや、何でもないです」


前途多難だった。


水路問題も。


俺の乗馬技術も。


それに。


正直な話。


少し怖かった。


昨日、平助は言った。


上流の村との水争いで兄を殺された、と。


死人が出ている。


村同士が憎み合っている。


そんな場所へ、俺たちは向かっている。


俺は戦国時代へ来てから。


何となく。


忘れかけていた。


いや。


忘れようとしていた。


ここは。


人が簡単に死ぬ時代だ。


政宗と喧嘩して。


小十郎さんに呆れられ。


新八さんとくだらない言い合いをして。


泥の中で転んで村人に笑われる。


そんな毎日が続いていたから。


もしかすると。


案外。


この時代でも楽しく生きられるかもしれない。


そんなふうに思い始めていた。


でも。


平助の兄は、水を巡る喧嘩で死んだ。


「……平和ボケって、こういうことなのかな」


思わず呟いた。


「何か申しましたか」


小十郎さんが聞く。


「いや」


少し迷った。


「俺のいた時代では、人が刀を持って歩いてないんですよ」


「以前にも聞きましたね」


「人を殺したら捕まるし」


「この時代でも、誰を殺してもよいわけではありません」


「分かってます。でも……何ていうか」


言葉を探す。


「人が死ぬことが、もっと遠かったんです」


小十郎さんは答えなかった。


「もちろん、事故も病気も戦争もあります。でも俺は、自分が殺されるなんて本気で考えたことなかった」


「今は?」


「考えてますよ」


「そうですか」


「特に政宗様に無礼を言った後とか」


小十郎さんが少し笑った。


「殿は、あれで拓真殿を気に入っておられます」


「あれで?」


「言葉の綾です」


「今、あれでって言いましたよね」


「聞き間違いでしょう」


絶対言った。


だが。


それ以上、俺が追及する前だった。


先を進んでいた新八さんが馬を止めた。


「待て」


空気が変わった。


護衛の兵が刀へ手を伸ばす。


俺も止まった。


いや。


馬が止まらない。


「ちょ、止まれ。止まれって!」


そのまま新八さんの馬へ近づいていく。


「おい!」


「俺じゃない! こいつが言うこと聞かないんです!」


「手綱を引け!」


「引いてます!」


「強く!」


「どのくらい!」


「いいから引け!」


ようやく馬が止まった。


新八さんに睨まれる。


「お前、本当に役に立たぬな」


「営業マンに乗馬スキル求めないでください」


「静かに」


小十郎さんの声。


今度こそ。


俺は口を閉じた。


「どうしました?」


小声で聞く。


新八さんが道の脇を指した。


最初は。


何も見えなかった。


草。


木。


土。


でも。


少し。


赤いものが見えた。


布。


いや。


着物?


「人?」


俺は馬から降りた。


今度は転ばなかった。


少し嬉しい。


しかし。


それどころではない。


道の脇。


草むらの中に。


誰かが倒れていた。


「待ってください」


新八さんが俺を止める。


「罠やもしれぬ」


「罠?」


「近づいたところを狙う」


「でも」


「私が見ます」


新八さんが慎重に近づく。


刀へ手をかけたまま。


俺たちは待つ。


やがて。


新八さんが振り返った。


「娘だ」


「生きてます?」


「分からぬ」


俺は走った。


「拓真殿!」


小十郎さんが呼んだが。


止まれなかった。


草むらに倒れていたのは。


少女だった。


十六、七歳くらい。


いや。


もっと若いかもしれない。


汚れた着物。


裸足。


長い黒髪は絡まり。


頬も泥で汚れている。


だが。


美しい顔をしていた。


目を閉じていても分かるほど。


そんなことを考えた自分を、少し嫌になった。


人が倒れているのに。


俺は何を見ている。


「おい」


肩へ触れる。


反応がない。


「大丈夫か」


もう一度。


すると。


少女の瞼が。


わずかに動いた。


「生きてる!」


俺は振り返った。


「水!」


新八さんが竹筒を投げる。


今度は受け取った。


俺だって成長する。


蓋を開け。


少女を起こそうとした。


その瞬間。


ガッ。


手首を掴まれた。


「いてっ!」


少女が目を開けていた。


鋭い目だった。


倒れていた人間とは思えないほど。


俺を睨んでいる。


「触るな」


かすれた声。


「いや、でも」


「触るなと言った」


「分かった。分かったから」


俺は手を離す。


少女も力を抜いた。


いや。


抜いたというより。


力尽きた。


また倒れそうになる。


「危ない!」


反射的に支える。


少女が睨む。


「触るな」


「今倒れかけたでしょう!」


「余計なことするな」


「余計って」


「助けてなんて頼んでない」


言われた。


俺は黙った。


腹が立った。


正直に言う。


ものすごく。


人が心配してるのに。


水まで持ってきたのに。


助けてなんて頼んでない。


何だ、その言い方。


「そうですか」


俺は言った。


少し冷たくなった。


自分でも分かった。


「じゃあ勝手にします」


「……何?」


「俺が勝手に水を置く。飲みたかったら勝手に飲んでください」


竹筒を地面に置く。


少女が見る。


俺を見る。


「施しはいらない」


「じゃあ貸します」


「何?」


「水。一口分」


少女が眉を寄せる。


「後で返してください」


「どうやって」


「知りません」


「馬鹿なの?」


初対面の美少女に馬鹿と言われた。


「よく言われます」


「……」


「でも、飲まないと死にますよ」


少女の目が変わった。


死ぬ。


その言葉に。


何かがあった。


俺は後悔した。


でも。


もう遅い。


少女は竹筒を見た。


長い間。


見ていた。


それから。


震える手を伸ばした。


掴む。


口へ運ぶ。


一口。


二口。


三口。


途中から。


止まらなくなった。


俺は言った。


「ゆっくり飲んだ方が」


少女が睨む。


黙った。


怖い。


全部飲み終えると。


少女は竹筒を抱いたまま言った。


「……返せない」


「何が」


「水」


「別に今日じゃなくていいです」


「いつ」


「そのうち」


「そのうちって、いつ」


「面倒くさいな!」


思わず叫んだ。


少女が驚いた。


俺も驚いた。


小十郎さんが咳払いする。


「拓真殿」


「すみません」


なぜ俺が謝る。


いや。


俺が叫んだからか。


少女は俺を見ていた。


少し。


変な目で。


「……あんた」


「はい」


「変」


「今日会ったばかりの人に二回も悪口言われた」


「馬鹿で、変」


「増えた!」


新八さんが後ろで笑った。


俺は振り返る。


「笑わないでくださいよ!」


「いや」


新八さんは本当に楽しそうだった。


「お前にも天敵がおったのだな」


「初対面ですよ!」


「相性がよさそうだ」


「どこが!」


少女は黙っていた。


でも。


ほんの少し。


口元が動いた気がした。


笑った?


気のせいかもしれない。


小十郎さんが少女へ尋ねる。


「名は」


少女の顔が固まった。


「……ない」


「ない?」


「捨てた」


「家は」


「ない」


「親は」


「死んだ」


短い答え。


一つ一つ。


扉を閉じるような答え方だった。


小十郎さんは、それ以上聞かなかった。


俺も聞かなかった。


聞けなかった。


でも。


一つだけ。


「どこへ行くつもりだったんです?」


少女は答えない。


「行く場所、あるんですか」


「関係ない」


「ないんですね」


「ある」


「どこ」


「……」


「ないでしょう」


「うるさい!」


怒鳴られた。


俺は頭を掻いた。


面倒だ。


本当に。


でも。


放っておけない。


それも分かっていた。


「小十郎さん」


「何でしょう」


「この子、連れて行けません?」


少女がすぐに言った。


「嫌」


「まだ誰もあなたに聞いてない」


「勝手に決めるな!」


「でも、このまま置いていけないでしょう!」


「置いていけ!」


「死ぬでしょうが!」


「関係ない!」


「あるんですよ!」


俺も声を上げた。


少女が黙った。


俺も黙った。


何で。


こんなに腹が立つんだろう。


知らない少女なのに。


今日会ったばかりなのに。


たぶん。


似ていたからだ。


帰る場所がない。


行く場所も分からない。


一人で。


どうすればいいか分からない。


俺だって。


今。


同じだ。


「……死にたいんですか」


聞いた。


少女は答えなかった。


「本当に死にたいなら」


俺は言葉を探した。


「俺には、止められないかもしれない」


小十郎さんが俺を見る。


新八さんも。


でも続けた。


「でも、腹が減って倒れただけなら。行く場所がないだけなら」


少女を見る。


「とりあえず飯を食ってから考えません?」


少女は黙っていた。


「俺も、この時代じゃ行く場所ないんです」


「……何、それ」


「そのままです」


「嘘」


「本当です。雷に打たれて、気づいたら四百年以上昔にいました」


少女の顔が。


完全に。


馬鹿を見る顔になった。


「……頭、おかしいの?」


「三回目の悪口!」


新八さんがまた笑う。


「もういいです!」


俺は少女へ手を差し出した。


「とにかく。立てます?」


少女は手を見る。


俺を見る。


また手。


「触るなって言った」


「じゃあ自分で立ってください」


少女は立とうとした。


足に力が入らない。


ぐらつく。


俺は支える。


「触るな!」


「倒れるでしょう!」


「放せ!」


「嫌です!」


「何で!」


「俺が後味悪いから!」


本音だった。


正義でも何でもない。


善人だからでもない。


目の前の少女を置き去りにして。


後で死んだかもしれないと考えるのが。


嫌だった。


俺が。


嫌なだけだ。


少女は。


しばらく俺を睨んでいた。


やがて。


小さく言った。


「……一食だけ」


「え?」


「飯。一食だけ」


「はい」


「食べたら行く」


「それは後で考えましょう」


「行く」


「はいはい」


「信じてない」


「はい」


「むかつく」


「それ、俺もです」


睨み合う。


その横で。


小十郎さんが、小さくため息をついた。


「拓真殿」


「何です」


「殿に何と説明するおつもりですか」


俺は固まった。


忘れていた。


伊達政宗。


あの男がいる。


嫌な予感しかしない。


「道端で拾いました、と」


「犬猫ではありません」


「じゃあ、倒れてた少女を助けました」


「殿は面白がるでしょうね」


「ですよね」


「恐らく」


「絶対ですよね」


「恐らく」


言い換えたところで同じだ。


俺は少女を見る。


少女も俺を見ている。


相変わらず。


敵を見る目で。


俺はため息をついた。


この時。


まだ知らなかった。


この口の悪い少女が。


本当に。


俺の最初の侍女になることを。


そして。


伊達政宗と初対面したその日に。


あの独眼竜本人へ。


「うるさい。黙って」


と言い放つことを。


もちろん。


俺も。


小十郎さんも。


新八さんも。


誰一人として予想していなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ