第80話 五人の死は未来予知ではなく、誰かの殺人予告でした
「次は」
部屋の外から。
女の声がした。
「誰がいい?」
俺は。
すぐに戸を開けた。
廊下。
誰もいない。
右。
左。
人影。
ない。
「待て!」
新八さんが。
俺の肩を掴んだ。
「追うな」
「でも!」
「小鈴が先だ!」
その一言で。
止まった。
そうだ。
小鈴。
俺は。
振り返る。
床。
小さな体。
薬師が。
小鈴の口元。
瞼。
脈。
見ている。
「どうです」
返事。
ない。
「生きてますよね」
返事。
して。
頼むから。
薬師が。
低い声で言った。
「息はある」
俺の膝から。
力。
抜けそうになる。
でも。
続き。
ある。
「ただし」
嫌だ。
その言葉。
最近。
本当に。
嫌い。
「かなり弱い」
俺は。
床へ。
しゃがんだ。
「小鈴」
返事。
ない。
青白い。
顔。
前にも。
毒を飲まされた。
あの時も。
死にそうになった。
また?
何で。
この子ばっかり。
「同じ毒ですか」
俺が聞く。
薬師が。
首を振った。
「違う」
楓が。
小鈴の横へ。
しゃがんだ。
「触っていい?」
薬師が。
頷く。
楓は。
小鈴の指。
口元。
着物。
匂いを嗅ぐ。
俺は。
見ているしかない。
本当に。
こういう時。
何もできない。
現代人。
未来人。
何でも。
名乗ってるくせに。
「飲まされたんじゃない」
楓が言った。
俺は。
見る。
「何で分かるんです」
「口」
「口?」
「匂いが薄い」
楓は。
次に。
部屋を見る。
鼻。
少し。
動かす。
「でも」
顔を上げる。
「ここ、変な匂いがする」
全員。
黙る。
俺も。
鼻。
使う。
分からない。
煙?
香?
甘い?
少し。
重い。
「香炉」
楓が言った。
部屋の隅。
小さな香炉。
新八さんが。
すぐ。
近づこうとする。
「触らないで!」
俺が。
思わず叫ぶ。
新八さんが。
止まる。
「何だ」
「分かりませんけど!」
「分からぬのか!」
「でも何か入ってるかもしれないでしょう!」
楓が。
布を使って。
香炉の蓋を。
開ける。
灰。
炭。
そして。
少し。
知らない葉。
「眠らせる草」
楓が言った。
「でも、量が多い」
薬師も。
近づく。
匂いを。
ほんの少しだけ。
確かめる。
「呼吸を弱らせるものが混じっている」
俺は。
小鈴を見る。
「つまり」
声。
震える。
「誰かに飲まされたんじゃない」
楓が。
頷く。
「吸った」
ぞっとした。
触れなくていい。
口に入れなくていい。
部屋へ。
置くだけ。
それで。
人が。
死ぬ。
「犯人は」
小十郎さんが。
低い声で言う。
「この城内へ入り」
「……」
「小鈴の部屋へ香炉を置ける者」
俺は。
部屋の外を見る。
女の声。
誰もいない。
でも。
いた。
誰か。
さっきまで。
この近くに。
◇
「全員」
俺は言った。
声。
少し。
強かった。
「一つの部屋に集まってください」
紬が。
すぐに。
「嫌」
俺は。
振り向いた。
「今は反論しないでください!」
「また閉じ込めるの?」
「違います!」
「何が違うの」
「だって!」
声。
大きくなる。
「小鈴が死にかけたんですよ!」
紬も。
黙らない。
「見れば分かる!」
「じゃあ!」
俺は。
止まった。
言おうとした。
だから。
俺の言うことを聞け。
危ないから。
守るから。
何もするな。
動くな。
また。
それ。
俺は。
口を閉じた。
息を吐く。
一回。
二回。
「……閉じ込めたいです」
紬が。
少し。
顔を変える。
俺は続ける。
「正直」
言う。
「ものすごく」
「……」
「紬も」
「……」
「千代も」
「……」
「楓も」
「……」
「愛姫様も」
全員。
見る。
「一つの部屋に入れて」
「……」
「鍵かけて」
「……」
「新八さんを十人くらい置いて」
新八さんが。
「俺は一人だ」
と言う。
「分かってます!」
少し。
息。
楽になる。
でも。
続ける。
「そうしたい」
紬が。
俺を見る。
「じゃあ、すれば」
「嫌です」
「どっち」
「俺一人で決めるのが嫌なんです!」
紬。
黙る。
俺は。
みんなを見る。
「だから相談してください」
「……」
「どうするか」
「……」
「俺は閉じ込めたい」
「正直だね」
楓が言う。
「はい」
「気持ち悪いくらい」
「そこまで言う!?」
少し。
楓が。
笑った。
でも。
目。
笑ってない。
怖い。
みんな。
怖い。
俺だけじゃない。
◇
結局。
決めた。
一つ。
全員。
できるだけ。
一緒に動く。
二つ。
一人で。
部屋へ入らない。
三つ。
食べ物。
飲み物。
香。
薬。
誰から渡されたか分からないものは使わない。
四つ。
異変。
すぐ言う。
我慢しない。
「普通ですね」
俺が言った。
小十郎さんが。
頷く。
「ええ」
「未来の技術でも何でもない」
「はい」
俺は。
少し。
安心した。
こういうのでいい。
たぶん。
未来。
予言。
時間。
複製。
そういう。
訳の分からないことばっかり。
考えてた。
でも。
今は。
普通に。
守る。
一人にならない。
知らないものを食べない。
変な匂いがしたら言う。
それでいい。
「拓真」
傷のある俺が。
言った。
俺は。
見る。
「何です」
「だから」
嫌な予感。
「俺を殺せば止まる」
俺は。
本気で。
腹が立った。
「まだ言うんですか!」
「五人が」
「小鈴は生きてる!」
「でも」
「あなたが死んだら犯人が止める保証はあるんですか!」
男。
黙る。
「ないでしょう!」
「……」
「あなたが死んだ瞬間」
俺は。
小鈴を指差す。
「犯人が、じゃあやめますって言うんですか!」
男。
何も言わない。
「むしろ」
小十郎さんが。
静かに言った。
「あなたが自ら死ぬことこそ、相手の狙いかもしれません」
傷のある俺。
顔。
変わる。
「予言を信じ」
「……」
「己を殺す」
「……」
「それほど容易な誘導はありません」
俺は。
男を見る。
「ほら!」
「お前に言われると腹が立つ」
「何で!」
「俺だからだ」
「俺も俺です!」
紬が。
「うるさい」
と言った。
二人。
同時に。
黙った。
◇
小十郎さんは。
紙を。
見ていた。
――あと四人。
「何です」
俺が聞く。
「文字は読めません」
「はい」
「ですが」
また。
ですが。
「書き方が違う」
俺は。
近づく。
「何と」
「以前の手紙」
「美月さん?」
「ええ」
小十郎さんが。
紙。
並べる。
墨。
濃さ。
筆圧。
字の形。
俺も。
見る。
現代日本語。
俺なら。
読める。
でも。
書いた人。
正直。
分からない。
ただ。
何度も見た。
美月さんの字。
思い出す。
少し。
丸い。
丁寧。
この。
『あと四人』
もっと。
強い。
乱れてる。
「違う」
俺が言った。
「美月さんの字じゃない」
紬が。
「じゃあ誰」
と聞く。
「分かりません」
最初の千代。
さよ。
志乃。
それとも。
別の誰か。
日本語。
書ける。
どうして。
◇
その答えは。
思っていたより。
早く。
来た。
城内。
聞き込み。
香炉を。
誰が運んだ。
誰が見た。
誰が。
小鈴の部屋へ。
そして。
一人の女中が。
震えながら。
言った。
「千代様です」
俺は。
止まった。
「……誰?」
「千代様が」
今の千代。
顔。
真っ青。
「私?」
「はい」
千代。
首。
振る。
「違う」
声。
震える。
「私は」
「千代」
俺は。
見る。
「何か運びました?」
千代が。
泣きそうな顔。
「香炉」
全員。
黙る。
「誰に言われた」
「楓」
今度は。
楓を見る。
楓。
無表情。
でも。
目。
鋭い。
「私?」
千代が。
泣きながら。
頷く。
「楓だった」
「違う」
即答。
「でも!」
千代が。
声。
大きくなる。
「顔も!」
「違う」
「声も!」
「違う」
「絶対に楓だった!」
部屋。
重い。
俺は。
楓を見る。
でも。
知ってる。
その時刻。
楓。
俺といた。
帳簿。
見ていた。
「楓にはアリバイがある」
俺が言う。
新八さんが。
「ありばい?」
「一緒にいた証拠です!」
「未来語か」
「今そこ!?」
でも。
そう。
楓。
俺の隣。
いた。
じゃあ。
千代が。
嘘?
いや。
顔。
声。
同じ。
「また」
傷のある俺が。
低く言う。
「複製か」
俺は。
すぐ。
「待ってください」
全員。
見る。
「何です」
紬が聞く。
俺は。
考える。
「顔を似せるだけなら」
「……」
「この時代でもできますよね」
「どうやって」
「化粧」
「……」
「髪型」
「……」
「服」
「……」
「暗い廊下」
千代を見る。
「思い込み」
千代。
傷ついた顔。
俺は。
すぐ。
「千代が悪いって意味じゃないです」
「……」
「人間、知ってる顔を見たら」
「……」
「細かいところまで確認しない」
楓が。
静かに。
頷く。
「声も」
「真似できる」
「歩き方も」
「できます」
未来。
超常。
複製。
また。
そう思いそうになった。
でも。
違うかもしれない。
ただの。
変装。
ただの。
声真似。
それだけで。
十分。
人を。
騙せる。
◇
その時。
小さな声。
「拓真」
俺は。
振り向いた。
小鈴。
目。
開いてる。
ほんの少し。
「小鈴!」
俺。
すぐ。
近づく。
「大丈夫ですか」
馬鹿。
大丈夫なわけ。
ない。
でも。
聞く。
しかない。
小鈴の唇。
動く。
「次は」
俺。
止まる。
「何です」
「……紬」
全員。
紬を見る。
俺の背中。
冷える。
小鈴。
続ける。
「あの人が」
「……」
「言ってた」
「何て」
小鈴の目から。
涙。
落ちる。
「次は」
一度。
呼吸。
苦しい。
「紬を」
俺。
手。
震える。
「井戸に落とすって」
その瞬間。
城中。
悲鳴。
遠く。
女。
叫ぶ。
「誰か!」
俺たち。
走った。
今度。
俺。
転ばない。
頼む。
古井戸。
人。
集まってる。
縁。
片方の。
草履。
紬の。
俺。
横を見る。
今の紬。
いる。
隣。
ちゃんと。
いる。
「じゃあ」
喉。
乾く。
「誰が」
井戸。
底。
暗い。
そして。
下から。
声。
聞こえた。
「拓真……」
俺の胸。
止まる。
知ってる。
声。
今の紬と。
同じ。
でも。
少し。
違う。
もっと。
疲れてる。
「助けて」
俺は。
井戸の中。
覗く。
暗い。
見えない。
でも。
分かった。
一度目の紬。
死んだはずだった。
生きていた。
そして。
今。
井戸の底に。
落とされている。
俺の隣で。
今の紬が。
震える声で言った。
「……私じゃない」
「分かってます」
「でも」
井戸。
見る。
「私の声」
「はい」
今の紬が。
俺の袖を。
掴む。
「拓真」
「何です」
「助けるの?」
俺は。
見た。
今の紬。
井戸。
また。
二人の紬。
また。
選ばせる。
でも。
今度は。
考えなかった。
「助けます」
今の紬が。
少し。
顔。
歪む。
俺は。
続ける。
「あなたも来てください」
「え」
「一人で決めない」
井戸。
見る。
「一人で助けない」
紬。
黙る。
そして。
小さく。
言った。
「……分かった」
その瞬間。
井戸の底。
一度目の紬が。
叫んだ。
「来ないで!」
俺は。
止まる。
「何で!」
下。
声。
震える。
「下に」
少し。
間。
「もう一人いる」
俺の背中。
冷たくなる。
「誰が」
一度目の紬が。
泣きそうな声で。
言った。
「拓真」
俺は。
何も。
言えなかった。
また。
俺だった。




