第76話 俺は政宗様と出会う前から、伊達領内にいたそうです
「俺は」
政宗が。
低い声で言った。
「お前を知っていた?」
誰も。
答えなかった。
答えられるわけがない。
俺だって。
知らない。
「いや」
俺は。
焼け焦げた帳面を見る。
小十郎さんを見る。
政宗を見る。
もう一回。
帳面を見る。
「いやいやいやいや」
嫌な時。
俺は。
大体。
同じ言葉を繰り返す。
便利だから。
「おかしいでしょう!」
俺は叫んだ。
「俺は雷に遭って、この時代に来たんですよ!」
「知っております」
小十郎さんが。
静かに答える。
「それから政宗様と会った!」
「はい」
「捕まった!」
新八さんが。
「俺が捕らえた」
と言った。
「今、自慢するところじゃないでしょう!」
「自慢ではない」
「じゃあ何です!」
「事実だ」
腹立つ。
でも。
その通り。
「とにかく!」
俺は。
自分を指差した。
「俺はこの時代へ来て、捕まって、政宗様に会った! その前はいません!」
小十郎さんが。
焼けた帳面を見る。
「私も」
少し。
間。
「その認識です」
「でしょう!」
「ですが」
出た。
また。
「ですが」の後には。
大体。
嫌な話が来る。
最近。
知ってる。
「この帳面には」
小十郎さんが。
指を置く。
「あなたの名がある」
「同姓同名!」
「神谷拓真という名は、この辺りでは珍しいかと」
「そりゃそうですけど!」
俺は。
帳面に。
近づく。
読めない。
本当に。
こういう時。
現代人。
無力。
「ほかには?」
俺が聞く。
小十郎さんが。
少し。
黙った。
「何です」
「いえ」
「その顔やめてください!」
「どの顔でしょう」
「絶対まだ嫌なこと書いてある顔!」
小十郎さんが。
珍しく。
目を逸らした。
確定。
ある。
「読んでください」
「拓真殿」
「お願いします」
「後悔されるかもしれません」
「もう今さらでしょう!」
俺。
自分が四人目とか。
最初じゃないとか。
作られたとか。
政宗になるとか。
散々。
聞いた。
今さら。
何?
小十郎さんは。
諦めたように。
帳面を読み始めた。
「神谷拓真と名乗る男」
「はい」
「馬術、不得手」
俺は。
止まった。
新八さんが。
俺を見る。
紬も。
俺を見る。
「……次」
俺が言う。
小十郎さん。
続ける。
「平地にて、しばしば転倒」
「待って!」
「次へ参ります」
「何で今だけ素直なんですか!」
「妙な言葉を用いる」
俺。
黙る。
「時折、己を未来より来た者と称す」
全員。
俺を見る。
「いや」
俺は。
両手を上げた。
「そこまで俺なら、もう俺でしょう!」
紬が。
真顔で言った。
「たぶん拓真」
「たぶんじゃない!」
新八さんが。
「馬に乗れず、転ぶ」
「そこを本人確認に使うな!」
楓まで。
「うるさい?」
と聞いた。
小十郎さんが。
帳面を見る。
「記されております」
「書いた奴出てこい!」
いや。
何百年前。
じゃない。
十年以上前。
でも。
腹立つ。
さらに。
小十郎さんが。
少し。
眉を動かした。
「まだあります」
「もう何でも来い!」
半分。
やけくそ。
「神谷拓真、曰く」
「はい」
「未来人を万能だと思うな」
俺は。
頭を抱えた。
「俺じゃん!」
紬が。
「拓真だね」
「もう認めますよ!」
いや。
認めたら駄目。
だって。
俺。
いなかった。
十年以上前。
政宗様が。
まだ。
子供の頃。
「待って」
俺は。
政宗を見る。
「政宗様」
「何だ」
「本当に」
少し。
言いづらい。
「俺と会ったことないんですか」
政宗は。
黙った。
珍しく。
すぐには答えない。
俺の胸が。
少し。
嫌な感じ。
「何か」
小十郎さんが聞く。
政宗は。
遠くを見るように。
片目を細めた。
「記憶というほどではない」
「何です」
「夢かもしれぬ」
「それでも言ってください」
政宗は。
少し。
嫌そうな顔。
何だろう。
この人でも。
話したくないこと。
あるんだ。
「俺が」
声。
低い。
「まだ幼い頃」
「はい」
「右目を失った後だ」
部屋。
少し。
静かになる。
政宗の右目。
失われた。
幼い頃。
「夜」
政宗が続ける。
「知らぬ男がいた」
俺の喉。
乾く。
「顔は」
「覚えておらぬ」
「声は」
政宗が。
俺を見る。
「お前に似ていた」
誰も。
言わない。
俺も。
言えない。
「その男は」
政宗。
少し。
笑った。
「俺に申した」
「何て」
少し。
間。
「その目で天下を見ろ」
俺は。
即答した。
「俺、そんな格好いいこと言いません!」
紬も。
即答。
「確かに」
「あなたは庇って!」
「無理」
「何で!」
でも。
本当に。
俺じゃない。
そんな。
格好いい。
決め台詞。
無理。
俺なら。
たぶん。
『痛いですよね』
とか。
『大丈夫じゃないですよね』
とか。
何を言えばいいか分からなくて。
変なこと。
言う。
「だから」
俺は。
少し。
笑った。
「別人です」
政宗が。
俺を見る。
「そうか?」
「はい」
「俺は」
少し。
間。
「お前なら言うと思うがな」
俺は。
何も言えなくなった。
やめて。
そういう。
急に。
ちょっと。
嬉しいこと。
言うの。
◇
千代は。
部屋の隅に。
座っていた。
煤。
顔。
黒い。
目。
赤い。
ずっと。
泣いた後。
でも。
今は泣いてない。
俺は。
どうすればいいか。
分からなかった。
怒る?
慰める?
抱きしめる?
説教?
全部。
違う気がする。
俺は。
千代の前へ。
座った。
「千代」
返事。
ない。
「聞こえてます?」
小さく。
頷く。
「記録庫に火をつけましたね」
肩。
震える。
「はい」
声。
小さい。
「誰かに言われた」
「はい」
「もう一人の千代?」
「はい」
「でも」
俺は。
焼けた帳面を見る。
「最後は全部燃やさなかった」
「……怖くなったから」
「はい」
「止めた」
「はい」
「帳面を持ち出した」
「はい」
一つずつ。
確認する。
千代が。
顔を上げた。
「拓真」
「はい」
「怒って」
俺は。
止まった。
「え」
「怒って」
目。
濡れる。
「怒られないと」
声。
震える。
「私、自分が何をしたか分からなくなる」
胸。
痛い。
何だ。
それ。
そんな。
顔で。
言うな。
「怒ります」
俺は。
言った。
千代が。
少し。
目を閉じる。
「火をつけたのは駄目です」
「はい」
「誰かに言われたからって」
「はい」
「怖かったからって」
「はい」
「それで全部よかったことにはなりません」
「……はい」
千代。
泣く。
でも。
俺も。
喉。
痛い。
「記録が燃えた」
「……」
「兵が怪我したかもしれない」
「……」
「政宗様が困る」
政宗が。
横から。
「もう困っておる」
と言った。
俺は。
「今、少し黙っててください!」
と返した。
政宗。
少し。
笑う。
千代も。
泣きながら。
少し。
口元が。
動いた。
「だから」
俺は続ける。
「怒ります」
「はい」
「でも」
千代を見る。
「嫌いにはなりません」
千代が。
止まる。
「何で」
「知りませんよ」
本当に。
知らない。
でも。
嫌いじゃない。
それだけ。
「怒ってるのに?」
「怒ってます」
「嫌いじゃないの」
「はい」
「変」
「よく言われます」
紬が。
後ろから。
「私にも」
と言った。
「何が」
「最初」
紬。
少し。
目を逸らす。
「悪いことしてても、今すぐ嫌いにはならないって」
俺は。
思い出す。
崖。
男。
殺したかもしれない。
紬。
「言いましたね」
「同じことばっかり」
「大事なんですよ」
千代が。
泣いた。
今度は。
声を出して。
俺は。
何も。
しなかった。
いや。
できなかった。
だから。
ただ。
隣にいた。
◇
帳面。
最後。
焼け残った。
数枚。
小十郎さんが。
慎重に。
めくる。
「これは」
「何です」
「筆跡が違います」
「誰の?」
政宗が。
近づく。
そして。
止まった。
「俺だ」
俺たち。
全員。
政宗を見る。
「え?」
「俺の字だ」
「子供の頃の?」
「ああ」
紙。
古い。
文字。
幼い。
でも。
政宗本人が。
認めた。
小十郎さんが。
読み上げる。
『神谷拓真へ』
俺は。
息を止める。
『大人になった俺を』
少し。
間。
『天下人にしろ』
誰も。
言わない。
政宗だけが。
少し。
笑った。
「俺らしい」
俺は。
本気で。
叫んだ。
「子供の頃から無茶振りしてたんですか!」
「知らぬ」
「自分でしょう!」
「覚えておらぬ」
「便利!」
でも。
字。
本物。
政宗が。
書いた。
らしい。
俺へ。
大人になった俺を。
天下人にしろ。
それ。
今。
まさに。
俺が。
やろうとしてる。
「じゃあ」
俺は。
ゆっくり。
言う。
「子供の政宗様は」
「……」
「本当に俺と会った?」
答え。
ない。
その時。
帳面の間から。
一枚。
紙。
落ちた。
ひらり。
床。
俺は。
拾う。
絵。
子供。
片目。
たぶん。
政宗。
隣。
若い男。
俺と。
同じ顔。
「……俺?」
紬が。
覗く。
「似てる」
新八さんも。
見る。
「お前だな」
「でも」
俺は。
絵を見る。
男の右手。
手首から。
腕へ。
長い傷。
俺には。
ない。
眼帯の一人目?
違う。
傷のある二人目?
傷。
場所が違う。
俺は。
絵。
政宗を見る。
また。
絵。
「誰ですか」
誰も。
答えない。
政宗が。
絵を受け取る。
じっと。
見る。
そして。
小さく。
言った。
「俺は」
「はい」
「こいつを知っている」
全員。
政宗を見る。
「思い出したんですか」
政宗は。
頷いた。
でも。
顔。
笑ってない。
「こいつは」
一度。
息。
吐く。
「俺に天下を取れと言った男ではない」
「じゃあ」
「俺に」
政宗が。
絵の中の男を見る。
「天下を取るなと言った男だ」
俺の胸が。
冷えた。
同じ顔。
俺。
政宗。
子供。
そして。
相反する。
二人。
一人は。
天下を見ろ。
一人は。
天下を取るな。
政宗が。
低く言う。
「拓真」
「はい」
「どうやら」
片目。
鋭くなる。
「俺たちは、ずっと前から」
少し。
間。
「お前たちに喧嘩を売られていたらしい」
俺は。
何も。
言えなかった。
だって。
今のところ。
一番。
喧嘩してる相手。
大体。
俺だった。




