第72話 小鈴を救いたければ、一人で来いと言われました
「私」
誰もいない部屋から。
小鈴の声がした。
「死ぬって」
俺は。
動けなかった。
新八さんが。
刀へ手をかける。
紬が。
部屋の中を見回す。
楓は。
戸口へ走った。
「小鈴!」
返事はない。
いや。
違う。
「私、死ぬって」
また。
聞こえた。
同じ声。
同じ速さ。
同じ。
震え方。
俺は。
息を止めた。
「……同じだ」
紬が。
俺を見る。
「何が」
「今の声」
俺は。
部屋を見る。
「さっきとまったく同じでした」
新八さんの顔が。
険しくなる。
「どういうことだ」
「分かりません。でも」
俺は。
耳を澄ます。
しばらく。
静か。
そして。
また。
「私」
少し。
間。
「死ぬって」
三回目。
俺は。
ぞっとした。
でも。
同時に。
何か。
おかしい。
小鈴が。
本当にどこかにいて。
こちらへ話しかけているなら。
毎回。
まったく同じにはならない。
「探しましょう」
俺が言う。
「壁」
「床」
紬が言う。
「天井」
新八さんが。
俺を見る。
「お前は何を探せる」
「俺だけ能力低くない!?」
でも。
探す。
壁。
叩く。
床。
覗く。
押し入れ。
寝床。
何もない。
俺が。
壁に耳をつけた時。
また。
「私」
声。
近い。
「死ぬって」
「うわっ!」
俺は。
飛び退いた。
そのまま。
足を引っかけた。
転んだ。
「痛っ!」
新八さんが。
「やはり役に立たんな」
と言う。
「今のは仕方ないでしょう!」
紬が。
壁を見る。
「この辺」
「はい」
俺も。
耳を近づける。
声。
壁の中。
いや。
もっと。
狭いところ。
その時。
楓が。
部屋の隅へ。
しゃがんだ。
「これ」
「何です」
小さな。
竹筒。
壁に。
半分。
埋まっている。
俺は。
覗く。
暗い。
何も。
見えない。
「竹?」
紬が言う。
「たぶん」
俺は。
筒へ。
耳を当てる。
すると。
遠くから。
声。
「私、死ぬって」
俺は。
筒から離れた。
「これだ」
新八さんが。
眉を寄せる。
「何だ」
「伝声管」
「何だそれは」
「声を遠くへ届ける筒です」
「未来の道具か」
俺は。
首を振った。
「いや」
竹。
筒。
穴。
繋げる。
それだけ。
「今でも作れる」
小十郎さんが。
竹筒を見る。
「つまり」
「未来の技術じゃない」
俺は。
少し。
嫌な感じがした。
「未来人じゃなくても」
手紙を見る。
現代日本語。
赤い糸。
消えた小鈴。
「未来人みたいなことはできる」
紬が。
小さく言った。
「怖がらせれば?」
「はい」
未来。
知っている。
そう思わせる。
何でもできる。
そう信じ込ませる。
その瞬間。
相手は。
実際より。
ずっと強く見える。
俺。
営業時代にも。
あった気がする。
専門用語を並べて。
すごそうに見せる人。
中身。
よく聞いたら。
普通。
いや。
今は。
そんな話じゃない。
◇
竹筒を。
追った。
壁。
廊下。
使われていない物置。
そこへ。
繋がっていた。
戸を開ける。
誰もいない。
でも。
床。
小さな。
髪飾り。
俺は。
拾った。
見覚え。
ある。
「小鈴の」
楓が言う。
俺は。
握った。
「ここにいた」
「いた、とは限らない」
小十郎さんが言う。
俺は。
見る。
「髪飾りだけ置かれた可能性もあります」
「……そうですね」
最近。
本当に。
すぐ信じない。
難しい。
でも。
必要。
紬が。
床を見ていた。
「足跡」
見る。
小さい。
子供。
たぶん。
小鈴。
それから。
もう一つ。
大人。
女。
「二人」
楓が言う。
紬が。
しゃがむ。
「この人」
「分かるんです?」
「右」
「右?」
「右足」
紬が。
足跡を指す。
「少し短い」
俺には。
分からない。
でも。
紬は。
歩幅を見る。
「引きずってる」
小十郎さんの顔が。
変わった。
俺も。
思い出す。
「志乃」
あの女。
逃亡。
傷。
足。
「志乃かもしれない」
俺が言う。
新八さんが。
「なら追う」
「待って」
自分で。
言った。
全員。
俺を見る。
「何です」
紬が聞く。
俺は。
足跡を見る。
「志乃だと思わせたいだけかもしれない」
沈黙。
新八さんが。
少し。
意外そうな顔。
「何です、その顔」
「いや」
「成長したと思いました?」
「少し」
「もっと素直に褒めて!」
紬が。
「調子に乗るから駄目」
と言う。
何で。
でも。
本当に。
足を引きずる女。
赤い糸。
志乃。
分かりやすすぎる。
本当に志乃か。
それとも。
志乃を疑わせたい誰か。
まだ。
分からない。
◇
指定された場所は。
崩れた水車小屋だった。
紬と。
初めて。
あの人買いの手掛かりを追った。
山道の近く。
嫌な場所。
俺は。
地図を見る。
「また一人で来い、ですか」
新八さんが。
俺を見る。
「行くな」
「行きます」
「一人では行くな」
「はい」
新八さん。
少し。
黙った。
「素直だな」
「最近、一人で行って良かったこと一回でもありました?」
「ない」
「即答!」
紬が。
「私も行く」
と言った。
俺は。
紬を見る。
言いたい。
危ない。
来るな。
でも。
前に。
散々。
揉めた。
だから。
正直に言う。
「怖いです」
紬が。
少し。
目を細める。
「何が」
「あなたが来るの」
「じゃあ残る?」
「それも怖い」
「面倒」
「知ってますよ!」
俺は。
息を吐く。
「だから」
言う。
「来てください」
紬が。
少し。
驚いた顔。
「変なの」
「はい」
「怖いのに?」
「怖いから」
俺は。
紬を見る。
「一人で行きたくないです」
少し。
長い。
沈黙。
紬が。
「仕方ない」
と言った。
何だろう。
その。
すごく。
偉そうな感じ。
でも。
少し。
安心した。
◇
小十郎さんは。
城へ残ると言った。
「何でです」
「私が狙われている可能性があります」
「だからでしょう!」
「だからです」
「自分が死ぬって書かれた人が一番冷静なのやめてください!」
小十郎さんが。
少し笑う。
「慌てれば死ななくなるのですか」
「ならないけど!」
「では」
「でも!」
言葉。
詰まる。
小十郎さんは。
俺を見る。
「拓真殿」
「はい」
「小鈴を」
少し。
間。
「お願いします」
胸。
重い。
「はい」
今度は。
ふざけなかった。
◇
夜。
水車小屋。
水の音。
ぎい。
ぎい。
壊れた水車。
動かない。
なのに。
風で。
少し。
軋む。
新八さん。
離れて。
隠れる。
紬。
俺の隣。
楓も。
少し後ろ。
「一人じゃないけど」
紬が言う。
「怒られますかね」
「敵に?」
「うん」
「怒らせておきましょう」
戸。
開ける。
暗い。
中。
人影。
小さい。
「小鈴」
俺は。
一歩。
入る。
少女。
座っていた。
縛られていない。
口も。
塞がれていない。
泣いても。
いない。
ただ。
膝を抱えている。
「小鈴」
もう一度。
呼ぶ。
顔。
上げる。
俺を見る。
そして。
叫んだ。
「来ないで!」
俺は。
止まった。
「大丈夫です」
「来ないで!」
「誰かいる?」
首を振る。
「じゃあ」
「私」
小鈴の声が。
震える。
「自分で来た」
俺は。
何も言えなかった。
紬も。
止まる。
「……自分で?」
小鈴が。
頷く。
「誰かに攫われたんじゃ」
「違う」
「脅された?」
「少し」
「少し!?」
俺は。
思わず。
声が大きくなる。
小鈴が。
肩を揺らした。
「すみません」
俺は。
すぐ。
小さくする。
「でも」
喉。
乾く。
「何で」
小鈴が。
俺を見る。
「小十郎様を助けるため」
「……」
「小十郎様が政宗様を殺したら」
「……」
「拓真も」
「……」
「紬も死ぬって」
また。
未来。
誰か。
言った。
「誰に聞いたんです」
小鈴が。
答えない。
「小鈴」
「私一人なら」
声。
震える。
「いいって」
俺の中で。
何か。
切れた。
「良くない!」
小鈴が。
びくっとする。
でも。
止められない。
「何で!」
声。
大きい。
「何でみんな、自分一人が消えればいいって考えるんですか!」
紬が。
横から。
「拓真も言えないけどね」
と言った。
俺は。
振り向いた。
「今それ言う!?」
「本当でしょ」
「本当だけど!」
小鈴が。
驚いた顔。
少し。
笑いそうになる。
でも。
笑わない。
「私」
小鈴が言う。
「役に立たないから」
胸。
刺さる。
「何もできない」
「違います」
「盗んだ」
「はい」
「嘘ついた」
「はい」
「迷惑かけた」
「はい」
紬が。
俺を見る。
俺は。
分かってる。
でも。
嘘で慰めたくない。
「でも」
俺は。
小鈴を見る。
「だから死んでいいにはならない」
「……」
「盗んだのは悪い」
「……」
「嘘も悪い」
「……」
「迷惑も、まあ」
「まあ?」
「かけました」
小鈴。
少し。
泣きそう。
俺も。
苦しい。
「でも」
言う。
「悪いことをした人間が、全部消えなきゃいけないなら」
一度。
息を吸う。
「俺なんか何回消えるんですか」
紬が。
「四回くらい?」
と呟く。
「人数と混ぜないで!」
小鈴の口元が。
少しだけ。
動いた。
その時。
奥。
暗闇。
足音。
引きずる。
ずる。
ずる。
俺は。
前へ出た。
新八さん。
外。
気配。
動く。
女。
出てきた。
手首。
赤い糸。
足。
引きずる。
顔。
俺は。
知っている。
「志乃」
紬の声。
冷たい。
志乃は。
痩せていた。
前より。
もっと。
疲れた顔。
俺が。
身構える。
でも。
志乃は。
すぐに言った。
「私じゃない」
「何が」
「小鈴を連れてきたのは私じゃない」
「でも」
「私は」
志乃が。
小鈴を見る。
「この子を逃がしに来た」
俺は。
何も言えなかった。
紬が。
低く言う。
「信じろって?」
志乃が。
目を閉じる。
「信じなくていい」
その瞬間。
屋根。
上。
女の声。
「また裏切るの、志乃?」
全員。
見上げた。
月。
屋根。
人影。
細い。
女。
長い髪。
田中美月じゃない。
知らない。
でも。
志乃が。
震えた。
本当に。
震えた。
そして。
名前を呼んだ。
「……千代」
俺は。
止まった。
「え」
紬も。
顔を上げる。
千代。
俺たちのところにいる。
泣き虫。
夜を怖がる。
子供と一緒に泣く。
あの。
千代?
屋根の女が。
笑った。
「久しぶり」
志乃は。
青ざめている。
そして。
言った。
「違う」
「何が」
俺が聞く。
志乃が。
屋根の女から。
目を離さない。
「その千代は」
声。
震える。
「お前たちが助けた千代じゃない」
俺は。
少し。
安心しかけた。
でも。
次の言葉で。
止まった。
「最初の千代だ」
屋根の女が。
ゆっくり。
こちらを見る。
そして。
俺に。
笑った。
「神谷拓真」
名前。
知っている。
「今度は」
月明かり。
女の顔。
あの千代と。
少しだけ。
似ていた。
「私も助けてよ」
俺は。
何も。
答えられなかった。




