第71話 小十郎さんは、政宗様を守るためなら政宗様を殺すかもしれないと言いました
「その時の私は」
小十郎さんが言った。
夜の古道。
縛られた男。
三百人分の米。
月明かり。
そして。
「殿を守るために、殿を殺すのでしょう」
俺は。
しばらく。
何も言えなかった。
それから。
「いやいやいやいや!」
声が。
山に響いた。
「意味分からないでしょう!」
新八さんが。
俺を見る。
「少し静かにしろ」
「無理ですよ!」
俺は小十郎さんを指差した。
「守るために殺すって何ですか!」
「そのままです」
「そのままじゃない!」
小十郎さんは。
相変わらず。
静か。
怖いくらい。
「例えば」
「はい」
「殿が殿でなくなる時が来れば」
俺は。
黙った。
「殿でなくなる?」
「多くの民を意味なく殺し」
「……」
「家臣の言葉を聞かず」
「……」
「天下というものだけに取り憑かれ」
「……」
「今の伊達政宗様ではなくなったなら」
小十郎さんが。
少しだけ。
目を伏せる。
「止めるのも、家臣の役目でしょう」
俺は。
何も言えなかった。
忠義。
俺が知ってる。
戦国ものの。
忠臣。
主君に絶対。
命令なら死ぬ。
裏切らない。
そういう。
分かりやすいやつ。
でも。
小十郎さんは。
違う。
何でも。
はい。
とは言わない。
政宗が馬鹿なことを言えば。
止める。
怒る。
困る。
それでも。
最後には。
ついていく。
「じゃあ」
俺は聞いた。
「今の政宗様が天下を取って」
小十郎さんを見る。
「変わったら」
声。
少し。
小さくなった。
「殺すんですか」
小十郎さんは。
答えなかった。
その沈黙が。
一番。
怖かった。
「……否定してくださいよ」
俺が言う。
「今すぐ?」
「はい」
「できません」
胸。
冷える。
紬が。
小十郎さんを見る。
「何で」
「未来の私が何を見て、何を失い、何を決めるのか」
小十郎さんが答える。
「今の私には分からないからです」
また。
それ。
でも。
俺も。
同じことを言った。
未来の俺が紬を斬るかもしれない。
絶対にしない。
とは。
言えなかった。
知らないから。
何が。
自分を変えるか。
分からないから。
「嫌ですね」
俺が言う。
小十郎さんが。
少しだけ笑った。
「ええ」
「もっと簡単に、俺は絶対やらないって言ってくれた方が楽なのに」
「それは嘘になります」
「本当に」
ため息。
「伊達家、面倒な人しかいませんね」
新八さんが。
「お前も含めてな」
と言った。
「俺、伊達家なんですか?」
紬が。
「今さら?」
と聞く。
胸。
少し。
変な感じがした。
でも。
今。
そこを掘ると。
泣きそうだから。
やめた。
◇
城へ戻った。
捕らえた男も。
連れてきた。
名は。
榊原源内。
五十を過ぎたくらい。
昔。
伊達家に仕えていた。
遠藤基信という重臣の。
元配下。
政宗の父。
輝宗様が亡くなった後。
伊達家を離れた。
らしい。
俺。
この時代の人間関係。
本当に。
知らないことばっかり。
未来人なのに。
「未来人を万能だと思うな」
最近。
心の中で言うだけで。
少し落ち着く。
便利。
◇
政宗へ。
報告した。
武器。
米。
榊原。
未来を知る女。
そして。
小十郎さんが。
政宗を殺す未来。
政宗は。
黙って。
最後まで聞いた。
俺は。
心の中で。
祈った。
頼む。
今回は。
言わないで。
絶対。
言うな。
「面白い」
「何でも面白がるな!」
無理だった。
俺は叫んだ。
政宗が。
俺を見る。
「何だ」
「自分が殺される話ですよ!」
「それが小十郎なら、なお面白い」
「面白くない!」
政宗は。
小十郎さんを見る。
俺は。
嫌な予感がした。
「小十郎」
「はっ」
「お前」
やめて。
「俺を殺せるか」
部屋。
静か。
俺は。
小十郎さんを見る。
頼む。
今回は。
少し。
空気読んで。
「必要ならば」
「何で!」
俺が一番に叫んだ。
新八さん。
顔。
険しい。
紬も。
黙っている。
愛姫様まで。
少し目を見開いた。
でも。
政宗だけが。
笑った。
「そうか」
「殿」
小十郎さんが。
政宗を見る。
「必要でなければ、決して」
「分かっておる」
「しかし」
「分かっておると言った」
小十郎さんが。
黙る。
政宗は。
少し。
嬉しそうだった。
本当に。
意味が分からない。
「ならば安心だ」
「何がですか!」
俺は。
もう。
我慢できない。
「信頼って、殺していいことじゃないでしょう!」
政宗が。
俺を見る。
「誰が殺してよいと言った」
「今の流れ!」
「必要ならば、と申しただけだ」
「それが怖い!」
政宗は。
少し考える。
「では拓真」
「何です」
「俺が狂ったらどうする」
止まる。
「民を殺し」
「……」
「愛を疑い」
愛姫様の顔。
少し動く。
「小十郎を斬り」
「……」
「紬を殺し」
俺の胸。
刺さる。
「それでも俺に従うか」
俺は。
すぐには答えられなかった。
政宗が。
笑う。
「ほれ」
「……止めます」
やっと。
言う。
「どうやって」
「知りませんよ」
「殺すか」
「できれば殴ります」
「お前が俺を?」
「弱いのは知ってます!」
「ならば殺すか」
「嫌です」
「なぜ」
「嫌だからです!」
子供みたい。
でも。
本当。
「じゃあ逃げるかもしれない!」
「……」
「小十郎さんに頼むかもしれない!」
「……」
「紬に相談するかもしれない!」
紬が。
「何で私」
と言う。
「頼りにしてるからでしょう!」
言ってから。
恥ずかしい。
紬。
少し黙る。
政宗が。
笑った。
「ならば同じではないか」
「何が」
「お前も」
俺を見る。
「俺を何でも許すつもりはない」
「当たり前です」
「小十郎もだ」
政宗が。
静かに言った。
「だから安心だ」
俺は。
少しだけ。
分かった気がした。
何でも肯定する人間ばかりの方が。
怖い。
止める人間。
怒る人間。
間違っていると言う人間。
政宗は。
それを。
信じている。
たぶん。
◇
榊原源内の話を。
改めて聞いた。
半年前。
女。
顔は見ていない。
直接。
会ってもいない。
いつも。
使者が来た。
少女。
小柄。
痩せている。
怯えた目。
右手首。
赤い糸。
俺は。
嫌な予感。
「年は」
「十三か十四」
心臓。
鳴る。
小鈴。
「髪は」
「黒い」
「声は」
「小さい」
小鈴。
似てる。
でも。
今。
小鈴は城にいる。
はず。
「その少女が」
小十郎さんが聞く。
「何を伝えた」
榊原が答える。
「伊達政宗様は天下を取る」
政宗。
少し笑う。
やめろ。
「その直後」
榊原が。
小十郎さんを見る。
「片倉小十郎が、殿を殺す」
部屋。
静か。
「それを防ぎたければ」
「……」
「殿が天下へ進む前に止めろ」
俺は。
眉を寄せる。
「殺せとは」
榊原が。
首を振る。
「言われておらぬ」
俺は。
壁の文字を思い出す。
――天下を取る前に、独眼竜を殺せ。
「じゃあ」
俺が言う。
「あの文字は、あなたたちじゃない?」
「知らぬ」
即答。
「武器蔵に」
「文字など残しておらぬ」
また。
別。
誰か。
いる。
「あなたたちは」
俺が聞く。
「政宗様をどうするつもりだったんです」
榊原が。
少し。
言いにくそうに。
「捕らえる」
俺は。
「は?」
と聞いた。
政宗が。
「俺を?」
少し。
面白そう。
やめろ。
「殿を」
榊原。
頭を下げる。
「無理やりにでも、天下取りから遠ざける」
俺は。
頭を抱えた。
「それ、守ってるつもりなんですか」
「生きていただくためだ!」
「本人の意思は!」
榊原が。
黙る。
また。
これ。
守るため。
閉じ込める。
小十郎さん。
政宗を殺す。
紬を助けるため。
逃がす。
俺たち。
本当に。
同じこと。
何度も。
やる。
「人間って」
紬が。
ぼそっと言う。
「面倒」
俺は。
「本当にね」
と返した。
◇
話が終わった頃。
楓が。
駆け込んできた。
顔。
悪い。
「拓真」
「何です」
「小鈴がいない」
俺は。
止まった。
「……え」
「部屋にいない」
「どこか外へ?」
「誰も見てない」
背中。
冷たい。
俺は。
走った。
今度は。
転ばなかった。
少し。
誇らしい。
いや。
今じゃない。
小鈴の部屋。
空。
寝床。
着物。
小さな。
櫛。
全部。
ある。
でも。
小鈴だけ。
いない。
そして。
枕元。
赤い糸。
一本。
紙。
俺は。
近づく。
文字。
現代日本語。
また。
胸が。
痛くなる。
読んだ。
――小十郎を救いたければ。
少し。
間。
――今夜。
――ひとりで来て。
俺は。
目を閉じた。
また。
ひとりで来い。
本当に。
好きだな。
敵。
その言葉。
紬が。
横から聞く。
「何て」
俺は。
答えた。
「小十郎さんを救いたければ」
「……」
「今夜、一人で来い」
新八さんが。
後ろから言った。
「駄目だ」
「まだ何も言ってません」
「お前は行くと言う」
「まだ!」
「顔」
紬が。
言う。
「顔に書いてある」
俺は。
ため息。
でも。
紙。
裏。
ある。
嫌な予感。
裏返した。
そこには。
もう一行。
――神谷拓真へ。
その下。
――今度は、お前が誰を見捨てるか見せて。
俺の手が。
震えた。
小鈴。
小十郎さん。
政宗。
紬。
誰か。
また。
俺に。
選ばせようとしている。
俺は。
紙を握った。
そして。
言った。
「行きます」
新八さんが。
即座に。
「殴るぞ」
「ひとりでは行きません」
全員が。
少し。
止まった。
俺は。
紬を見る。
新八さんを見る。
楓を見る。
小十郎さんを見る。
「もう」
言う。
「一人で選ばない」
紙。
握る。
「一人で行けって言われたからって」
少し。
笑う。
「素直に従うほど、俺、いい会社員じゃなかったんで」
紬が。
「辞めたしね」
と言った。
「そうです!」
本当に。
こういう時だけ。
妙に。
心強い。
でも。
部屋の隅。
誰もいないはずの場所から。
小さな声がした。
「でも」
全員。
振り向く。
小鈴の声。
「ひとりで来ないと」
俺の背中が。
冷たくなる。
声。
する。
でも。
小鈴はいない。
「私」
少し。
間。
「死ぬって」
俺は。
何も言えなかった。




