第70話 次に死ぬのは、小十郎さんだと書かれていました
――次に死ぬのは、小十郎。
俺は。
紙を持ったまま。
動けなかった。
「拓真?」
紬が呼ぶ。
俺は。
顔を上げる。
「小十郎さん」
「何」
「今、政宗様と一緒です」
新八さんの顔が変わった。
俺は走った。
「待て!」
待てない。
小十郎さん。
死ぬ。
次に。
死ぬ。
そう書いてある。
俺は。
城の廊下へ飛び込んで。
角を曲がって。
足を引っかけて。
転んだ。
「痛っ!」
「こういう時まで転ぶな!」
後ろから。
新八さん。
怒鳴る。
紬も。
追いついて。
「本当に何で毎回転ぶの!」
「俺だって好きで転んでるわけじゃない!」
膝。
痛い。
でも。
立つ。
走る。
「小十郎さん!」
部屋の戸を。
開けた。
政宗。
いた。
小十郎さん。
いた。
二人とも。
普通に。
生きている。
俺は。
その場で。
息を吐いた。
「よかった……」
小十郎さんが。
少し驚いた顔で。
俺を見る。
「何がです?」
「生きてる」
「はい」
「本当に?」
「今のところは」
「そういう言い方やめてください!」
政宗が。
面白そうに。
俺を見る。
「拓真」
「何です」
「俺の無事は確認せぬのか」
「あ」
忘れてた。
政宗の眉が。
少し動く。
「いや!」
俺は。
慌てた。
「政宗様も生きてて良かったですよ!」
「ついでか」
「違います!」
「今、忘れておったな」
「忘れてません!」
紬が。
後ろから。
「忘れてた」
と言った。
「裏切るな!」
政宗が。
少し笑った。
でも。
俺が紙を出した瞬間。
その笑みが消えた。
◇
小十郎さんは。
紙を見た。
表。
――今度は、政宗を守れる?
裏。
――次に死ぬのは、小十郎。
俺は。
小十郎さんの顔を見る。
「どう思います?」
小十郎さんは。
すぐに答えなかった。
紙。
指。
折り目。
文字。
じっと。
見る。
「私を守りますか」
「え」
「この文を信じて」
「それは」
「私を政宗様から離す?」
俺は。
口を閉じた。
たぶん。
そうする。
安全なところへ。
行ってもらう。
いや。
閉じ込める。
また。
それ?
紬の時と。
同じ。
「拓真殿」
小十郎さんが。
静かに言う。
「これは警告ではないかもしれません」
「でも」
「我々を動かすためのものかもしれない」
俺は。
眉を寄せた。
「小十郎さんが死ぬって書けば」
「私を守ろうとする」
「はい」
「殿の予定を変える」
「……はい」
「私の予定も」
「……」
「敵が狙っているのが、その変更後だとしたら?」
俺は。
紙を見る。
嫌だ。
本当に。
嫌。
「じゃあ」
声。
大きくなる。
「信じても危ない! 信じなくても危ないってことですか!」
「はい」
「最悪!」
政宗が。
静かに言った。
「ならば三つ目を選ぶ」
俺は。
すぐ。
見る。
「また二択を壊そうとしてる!」
「何が悪い」
「悪くないけど、毎回力技なんですよ!」
「二つしか道がないと申す者は、大抵三つ目を見ておらぬ」
悔しい。
ちょっと。
格好いい。
認めたくない。
「で」
俺は聞く。
「三つ目って何です」
政宗が。
少し笑う。
「まだ考えておらぬ」
「先に格好つけるな!」
小十郎さんが。
小さく。
笑った。
生きてる。
その笑いを見て。
少し。
安心した。
でも。
紙。
ある。
安心。
できない。
◇
「拓真」
紬が。
紙を見ていた。
「何です」
「これ」
指。
折り目。
「前にも見た」
俺は。
止まる。
「どこで」
紬が。
少し。
顔を険しくする。
「志乃の手紙」
空気が。
変わった。
「赤い糸の?」
「うん」
志乃。
山ノ瀬。
人買い。
小十郎さんの失われた印。
赤い糸。
未来人。
ずっと。
絡んでいた。
「文字は読めない」
紬が言う。
「でも、この折り方」
紙の端。
内側に。
二度。
狭く折る。
「同じ」
小十郎さんが。
紙を受け取る。
「確かですか」
「たぶん」
「たぶん?」
俺が言う。
紬が。
睨む。
「じゃあ拓真は、一年前にもらった手紙の折り方、全部覚えてる?」
「すみませんでした」
早い。
謝罪。
営業時代に。
鍛えた。
新八さんが。
「役立っておるな」
と言う。
何が。
でも。
志乃。
また。
出てくる?
生きている。
逃げた。
美月さんと。
繋がっていた。
いや。
赤い糸を真似しているだけかもしれない。
「決めつけない」
俺は。
自分に言った。
紬が。
見る。
「何を」
「赤い糸だから志乃。日本語だから未来人。伊達家の印だから内通者」
指を折る。
「全部、まだ分からない」
小十郎さんが。
頷いた。
「その通りです」
少し。
嬉しい。
でも。
褒められてる場合じゃない。
◇
その日の午後。
楓が。
帳簿を持ってきた。
「拓真」
「何です」
「これ」
村。
名前。
米。
数字。
正直。
見るだけで。
眠くなる。
「今、嫌そうな顔した」
「してません」
「した」
「顔読める人、増えすぎ!」
楓は。
無視して。
地図へ。
印を置いた。
「米が消えてる村」
「はい」
「共通点がある」
俺は。
見る。
「何です」
「半年前」
楓が言う。
「同じ薬売りが来てる」
小十郎さんの目が。
変わる。
「男ですか」
楓が。
首を振る。
「女」
俺の背中が。
冷えた。
「特徴は」
「若いかは分からない。顔を隠してた」
「手首」
紬が。
先に聞いた。
楓が。
見る。
「赤い糸」
沈黙。
俺は。
頭を抱えた。
「また!」
本当に。
赤い糸。
多すぎ。
志乃。
美月さん。
知らない女。
同一人物?
別人?
真似?
「これ」
俺は。
地図を見る。
「薬売りが米を集めた?」
楓が。
首を振る。
「分からない。でも」
村を。
指す。
「女が来た後、村の米が帳簿と合わなくなってる」
新八さんが。
低い声で言った。
「三百人分の武器」
俺が続ける。
「なら」
小十郎さんが。
「三百人分の兵糧も必要」
全部。
一本に。
繋がる。
かもしれない。
まだ。
証拠じゃない。
でも。
嫌な線。
見える。
◇
夜。
小十郎さんが。
知らせを持ってきた。
「古道で、不審な荷車が動いています」
「どこへ」
「峠の西」
「政宗様の視察予定とは逆?」
「表向きは」
嫌な言い方。
「行きます」
俺は。
すぐ言った。
新八さんが。
「お前は残れ」
「何で!」
「転ぶ」
「理由それ!?」
紬が。
「行く」
と言う。
俺は。
「紬も残って」
と言いかけて。
止まった。
紬が。
見る。
「何」
「……行きます?」
「行く」
「ですよね」
最近。
学んだ。
勝手に。
決めない。
ただ。
怖くないわけじゃない。
ものすごく。
怖い。
でも。
それも。
言う。
「危なくなったら逃げてください」
「拓真も」
「俺は」
「拓真も」
強い。
「はい」
新八さんが。
「どうせ逃げ遅れる」
と言う。
「最初から諦めるな!」
◇
夜の古道。
暗い。
月。
雲。
遠く。
車輪の音。
ぎし。
ぎし。
荷車。
一台。
二台。
三台。
もっと。
新八さんたちが。
囲む。
「止まれ!」
男たち。
動く。
刀。
でも。
数で。
押さえる。
戦いは。
短かった。
俺は。
後ろ。
ちゃんと。
後ろ。
紬に。
「弱いから」
と言われた。
知ってる。
荷車。
開ける。
米。
大量。
袋。
袋。
袋。
「三百人分」
小十郎さんが。
低く言った。
本当に。
謀反軍。
いる?
俺は。
捕らえられた男を見る。
五十くらい。
傷。
古い。
武士。
「誰の命令です」
答えない。
「政宗様を殺すつもりですか」
男の顔が。
変わった。
「違う!」
叫んだ。
俺は。
止まる。
「では何のために」
小十郎さんが聞く。
男は。
縄。
縛られたまま。
睨む。
「我らは」
声。
震える。
「政宗様を守るために集まった」
俺は。
何も言えなかった。
「……武器三百人分で?」
「必要だからだ」
「誰から守るんです」
男が。
小十郎さんを見る。
長く。
見る。
俺は。
嫌な予感がした。
「天下だ」
男が言う。
「政宗様が天下を取れば」
少し。
間。
「必ず殺される」
俺の胸が。
冷える。
また。
未来。
また。
予言。
「誰に聞いた」
新八さんが。
男を睨む。
「言えぬ」
「未来人?」
俺が聞く。
男が。
俺を見る。
目。
少し。
揺れる。
知ってる。
俺を。
「神谷拓真」
名前。
呼ばれた。
「誰から聞いたんです」
男は。
笑った。
苦い。
「未来を知る者からだ」
俺は。
頭を抱えたかった。
でも。
その前に。
男が言った。
「政宗様を殺すのは」
全員。
黙る。
男の目。
小十郎さん。
「片倉小十郎」
空気が。
止まった。
俺は。
小十郎さんを見る。
本人。
いる。
静か。
表情。
読めない。
「……は?」
俺が。
やっと。
声を出す。
男は。
続ける。
「天下を取った政宗様を」
「……」
「片倉小十郎が殺す」
新八さんが。
男の胸ぐらを掴んだ。
「ふざけるな」
「真実だ!」
「誰が信じる!」
「信じぬなら、いずれ見ればよい!」
俺は。
紙を思い出す。
――次に死ぬのは、小十郎。
でも。
この男は。
小十郎さんが。
政宗を殺す。
と言う。
矛盾。
いや。
両方?
「その後」
俺は。
聞いた。
怖い。
でも。
聞く。
「小十郎さんはどうなる」
男が。
俺を見る。
そして。
答えた。
「死ぬ」
小十郎さんが。
初めて。
少しだけ。
目を細めた。
男は。
声を震わせる。
「片倉小十郎は」
「……」
「伊達政宗を殺したあと」
「……」
「自分も死ぬ」
俺は。
何も言えなかった。
隣で。
紬が。
俺の袖を。
掴んだ。
そして。
小十郎さん本人が。
静かに。
言った。
「なるほど」
俺は。
振り向く。
「なるほどじゃないでしょう!」
小十郎さんが。
少し。
笑う。
「ですが」
出た。
また。
ですが。
嫌な予感。
「もし」
小十郎さんは。
政宗のいない夜道で。
静かに言った。
「私が殿を殺す未来が、本当にあるのなら」
俺の喉が。
乾く。
「その時の私は」
少し。
間。
「殿を守るために、殿を殺すのでしょう」
俺は。
何も。
返せなかった。
それが。
小十郎さんなら。
ありそうだと。
一瞬。
思ってしまったからだ。




