第68話 天下を取る前に、まず兵糧を三倍にしろと言われました
「兵糧を三倍にしろ」
政宗が言った。
俺は。
三秒。
黙った。
それから。
答えた。
「無理です」
政宗が頷く。
「知っておる」
「だったら言うな!」
久しぶりだった。
何だろう。
この感じ。
ついさっきまで。
一人目の俺が。
二人目の俺が。
本当の一人目が。
紬が二人。
美月さんも二人。
田中さんが生きてる。
未来が消える。
日本がどうなる。
そんな話をしていた。
なのに。
翌日。
城へ戻った俺を待っていたのは。
兵糧三倍。
急に。
現実。
いや。
これも十分おかしい。
「半年だ」
政宗が言う。
俺は。
耳を疑った。
「はい?」
「半年で三倍にしろ」
「聞こえてましたよ!」
「ならば返事をせよ」
「無理です!」
「知っておる」
「会話が一周した!」
横で。
小十郎さんが。
珍しく。
少しだけ。
笑っていた。
「小十郎さん」
「はい」
「止めてくださいよ」
「私も止めました」
「本当に?」
「ええ」
「何て」
「二倍程度にしてはどうかと」
「そっち!?」
駄目だ。
この人も。
伊達家の人だった。
忘れていた。
いや。
分かっていた。
でも。
最近。
未来人だの。
時間だの。
世界だの。
話が大きすぎて。
小十郎さんがまともに見えていただけだ。
相対評価だった。
「拓真」
政宗が。
机の上の地図を指す。
「天下を取るには兵が要る」
「はい」
「兵には飯が要る」
「はい」
「ゆえに」
嫌な予感。
「飯を増やせ」
「雑!」
俺は。
机を叩きそうになった。
でも。
相手。
殿様。
我慢。
会社員時代の。
無駄に身についた。
上司に対する忍耐。
今こそ使え。
「……一つ」
俺は言った。
「聞いていいですか」
「申せ」
「三倍にするのって」
地図を見る。
「本当に米を三倍作る必要あります?」
政宗の片目が。
少し細くなった。
「どういう意味だ」
来た。
これ。
こういう時だけ。
妙に嬉しくなる。
営業時代。
客が。
最初に言った要望と。
本当に必要なものが。
違うことがある。
『もっと売上を増やしたい』
でも。
よく聞いたら。
請求漏れ。
契約更新忘れ。
在庫管理めちゃくちゃ。
売上を増やす前に。
穴を塞いだ方が早い。
「例えば」
俺は指を折る。
「米を多く作る」
一本。
「腐らせない」
二本。
「鼠に食わせない」
三本。
「運ぶ途中でなくさない」
四本。
「どこの村にどれだけあるか、ちゃんと把握する」
五本。
「米だけじゃなく、粟や稗や豆、芋みたいな保存できるものも使う」
指。
足りない。
「つまり」
小十郎さんが。
静かに言った。
「作る前に、漏れを塞ぐ」
「そうです!」
俺は。
嬉しくなって。
小十郎さんを見る。
分かってくれる。
この人。
本当に。
好き。
いや。
変な意味じゃない。
政宗が。
少し不満そうに言う。
「俺も分かっておったぞ」
「今、絶対分かってなかったでしょう!」
「分かっておった」
「嘘だ!」
「主君を疑うか」
「最近、未来人の偽物とか未来の嘘とか散々見たので、疑う癖がつきました!」
小十郎さんが。
「それは殿には関係ないのでは」
と静かに言う。
正しい。
悔しい。
◇
結局。
俺たちは。
まず。
帳簿を見ることになった。
正直。
嫌だった。
戦国時代に来てまで。
数字。
帳簿。
表。
会社か。
「拓真」
政宗が言う。
「何だ、その顔は」
「前の職場を思い出してます」
「嫌か」
「ものすごく」
「ならば慣れておるな」
「そういう問題じゃない!」
でも。
見る。
仕方ない。
山ノ瀬。
その周辺。
いくつかの村。
年貢米。
蔵。
運び出した量。
残った量。
おかしい。
明らかに。
「合いませんね」
俺が言う。
小十郎さんが。
頷く。
「ええ」
「帳簿だと」
指でなぞる。
「もっと残ってるはずですよね」
「その通りです」
「でも蔵にはない」
「はい」
「盗まれた?」
「可能性はあります」
「役人?」
「それも」
俺は。
ため息をつく。
また。
誰かが悪い。
誰かを捕まえる。
そういう話?
でも。
嫌な予感がした。
最近。
人間が。
単純じゃないと。
嫌というほど。
思い知らされた。
◇
現地へ行った。
政宗は来なかった。
当然。
というか。
来られたら困る。
あの人。
村人が緊張する。
代わりに。
新八さん。
小十郎さん。
紬。
楓。
そして。
俺。
千代も来たがった。
でも。
紬が言った。
「足手まとい」
千代が泣いた。
紬が。
少し困った顔をした。
「……泣かないで」
余計泣いた。
最終的に。
千代は。
子供たちのところへ残った。
あの子。
戦えない。
交渉も。
帳簿も。
得意じゃない。
でも。
泣く子供の隣には。
自然に座れる。
それも。
大事な仕事だと。
最近。
思う。
「拓真」
紬が呼ぶ。
「何です」
「ぼーっとしてる」
「考えてました」
「珍しい」
「失礼!」
楓が。
少し笑う。
最近。
この二人。
相変わらず。
仲がいいのか悪いのか。
分からない。
たぶん。
両方。
◇
村の蔵。
中身。
少ない。
帳簿。
多い。
役人。
青ざめる。
村長。
目を逸らす。
俺は。
思った。
ああ。
これ。
両方。
何かやってる。
「正直に言ってください」
俺が言う。
誰も。
答えない。
「怒りません」
紬が。
横から言った。
「嘘」
「え」
「怒るでしょ」
「いや」
「盗んでたら怒る」
「それは」
「嘘じゃん」
村人。
こっちを見る。
俺は。
ものすごく。
気まずい。
「紬!」
「何」
「今それ言う?」
「嘘つくなって言ったの拓真」
痛い。
正しい。
本当に。
面倒。
「……怒るかもしれません」
俺は言い直した。
「でも」
村長を見る。
「先に事情を聞きます」
長い。
沈黙。
最初に。
口を開いたのは。
役人だった。
「私が抜きました」
新八さんの顔が。
険しくなる。
俺は。
聞く。
「どれくらい」
「十俵」
「何に使った」
答えない。
「博打?」
首を振る。
「酒?」
首を振る。
「女?」
紬に睨まれた。
何で俺が。
役人が。
小さく言った。
「未亡人と」
「……」
「親のない子らに」
俺は。
止まった。
新八さんも。
少しだけ。
眉を動かす。
「勝手に?」
「はい」
「帳簿は?」
「誤魔化しました」
悪い。
完全に。
悪い。
でも。
その米で。
冬を越した。
人がいる。
「村長さん」
俺は。
次に。
そちらを見る。
「あなたも何か隠してますよね」
村長が。
びくっとした。
「な、何を」
「顔」
紬が言う。
俺は。
思わず。
「俺の技みたいに使わないでください!」
でも。
村長は。
諦めた。
「……五俵」
「隠した?」
「はい」
「何で」
「春まで」
声。
震える。
「春まで持たぬ家がある」
俺は。
何も言えなかった。
役人も。
抜いた。
村人も。
隠した。
両方。
嘘をついた。
両方。
悪い。
でも。
両方。
人を食わせるため。
「面倒ですね」
俺は。
思わず。
言った。
紬が。
「人間だから」
と返す。
「本当にね」
◇
帰り道。
俺は。
ずっと考えていた。
兵糧を増やす。
でも。
今あるもの。
隠されている。
盗まれている。
誤魔化されている。
「食べ物って」
紬が。
急に言った。
「あるって知られたら、取られると思うから隠す」
俺は。
見る。
紬は。
前を向いたまま。
言う。
「私も隠した」
握り飯。
明日のため。
「全部食べろって言われても」
「……」
「明日なくなったら怖いから」
俺は。
何も言わなかった。
「だから」
紬が。
少し。
俺を見る。
「隠すなって言うなら」
「……」
「全部取らないって、先に信じさせないと無理」
胸。
刺さった。
俺は。
足を止めた。
小十郎さんも。
こちらを見る。
「それだ」
俺は言った。
紬が。
眉を寄せる。
「何」
「兵糧三倍の最初」
「私?」
「違う!」
いや。
違わない。
「隠さなくても」
俺は言う。
「全部取られない仕組みを作る」
小十郎さんが。
静かに。
目を細める。
「民が正直に申告しても、冬を越せるだけは残す」
「はい」
「ならば」
「隠す理由が減る」
完全になくなる。
とは言わない。
人間だから。
欲もある。
嘘もつく。
でも。
減らせる。
「まず」
俺は。
少し笑った。
「そこからです」
新八さんが。
「三倍には遠いな」
と言う。
「言わないで!」
◇
その日の夕方。
別の米蔵を調べた。
帳簿。
また。
合わない。
でも。
今度は。
米が少ないんじゃない。
床。
妙に。
新しい。
新八さんが。
しゃがむ。
板を叩く。
音。
違う。
「下がれ」
刀の柄。
使って。
板を外す。
暗い。
床下。
俺は。
覗いた。
最初。
何か。
分からなかった。
油の匂い。
鉄。
長いもの。
たくさん。
新八さんが。
一本。
引き上げる。
槍。
次。
刀。
次。
火縄銃。
俺の喉が。
乾く。
楓が。
低い声で言った。
「米じゃない」
「はい」
大量の。
武器。
床下に。
隠されていた。
そして。
新八さんが。
一本の槍を。
光へ出した。
柄。
焼き印。
伊達家の印。
俺は。
嫌な予感がした。
ものすごく。
「新八さん」
「分かっておる」
声。
冷たい。
「これは」
俺が聞く。
新八さんは。
蔵の奥を見る。
「味方の蔵ではない」
俺は。
何も言えなかった。
兵糧を三倍にする。
そのために。
米を調べに来た。
そこで。
見つけたのは。
伊達家の印がついた。
大量の武器。
誰かが。
領内で。
兵を集めている。
そして。
蔵の壁。
暗い隅。
小さく。
文字が刻まれていた。
新八さんが。
灯りを近づける。
俺は。
読んだ。
『天下を取る前に、独眼竜を殺せ』
政宗。
狙われている。
また。
俺は。
大きく。
ため息をついた。
「……兵糧三倍の話、どこ行ったんですか」
新八さんが。
真顔で答えた。
「謀反の下だ」
「上手いこと言ってる場合じゃないでしょう!」
でも。
誰も。
笑わなかった。




