第66話 本当の一人目の神谷拓真は、伊達政宗と同じ眼帯をしていました
「遅かったな」
男は言った。
俺と。
同じ声で。
俺と。
同じ顔で。
ただし。
右目には黒い眼帯。
着物には。
見覚えのある。
伊達家の意匠。
俺は。
しばらく。
何も言えなかった。
それから。
言った。
「……もう本当に増えるな!」
限界だった。
「何なんですか! 俺! 何人いるんですか!」
新八さんが。
真顔で言った。
「今度こそ紙に書け」
「だから紙で解決する段階を超えてるんですよ!」
今の紬が。
ぼそっと言う。
「五人?」
「数えないで!」
「でも」
「俺も分からなくなるから!」
眼帯の男が。
俺たちを見ていた。
笑わない。
一人目だと思っていた。
右手に傷のある俺が。
ゆっくり。
前へ出る。
「お前」
声が震えていた。
「誰だ」
眼帯の男が。
そいつを見る。
「神谷拓真」
「ふざけるな」
「お前もそう名乗ってる」
「俺が一人目だ!」
怒鳴った。
傷のある俺が。
初めて。
本気で。
自分の存在にしがみつくように。
「俺が最初に奥州へ来た!」
「違う」
「政宗に会った!」
「違う」
「紬を拾った!」
「違う」
一つずつ。
否定される。
俺まで。
胸が痛くなった。
傷のある俺が。
拳を握る。
「じゃあ!」
声。
割れた。
「俺の記憶は何だ!」
本堂が。
静かになる。
沢の音。
古い鐘。
非常口の向こうから聞こえる。
会社の機械音。
全部。
変だった。
眼帯の男が。
一度目の紬を見る。
「俺の記憶を」
言った。
「紬が欲しがった」
一度目の紬の顔が。
固まる。
「違う」
「違わない」
「私は」
「俺を取り戻したかった」
「違う!」
一度目の紬が。
叫んだ。
眼帯の男は。
動かなかった。
「死んだから」
「……」
「俺が死んだから」
「……」
「もう一度会いたかった」
「違う!」
「なら何だ」
一度目の紬が。
何も言えなくなる。
その横で。
傷のある俺が。
自分の頭を抱えた。
「じゃあ」
声。
小さい。
「俺は」
誰も。
すぐには答えない。
「俺は、お前の代わりか」
眼帯の男が。
そいつを見る。
長い。
沈黙。
「そうだ」
傷のある俺が。
笑った。
ひどい。
笑いだった。
「そうか」
それだけ。
俺は。
たまらなくなった。
「いや」
全員が。
俺を見る。
「いや、待ってくださいよ」
眼帯の男を見る。
「代わりって何です」
「そのままだ」
「人間にそのままって言うな!」
声が。
大きくなる。
「あなたの記憶を元に作られたからって、この人があなたの代わりになるんですか!」
傷のある俺が。
俺を見る。
「拓真」
「黙っててください」
「お前」
「今は俺も腹立ってるんです!」
本当に。
腹が立った。
自分に。
自分たちに。
全部に。
「この人は」
傷のある俺を指差す。
「紬を斬った」
「……」
「二度目の政宗様を殺した」
「……」
「未来へ帰った」
「……」
「美月さんと揉めた」
「……」
「今の俺に偉そうなことばっかり言った!」
傷のある俺が。
「最後はいらないだろ」
と言った。
「いります!」
少し。
空気が緩んだ。
でも。
俺は続けた。
「その全部が」
眼帯の男を見る。
「あなたの代わりだからって、なかったことになるんですか」
「ならない」
即答だった。
俺は。
少し。
止まる。
眼帯の男が。
傷のある俺を見る。
「お前は俺ではない」
「……」
「だが、お前が生きたことまで俺のものではない」
傷のある俺が。
何も言えない。
「お前が紬を斬った」
「……」
「お前が政宗を殺した」
「……」
「お前が後悔した」
「……」
「それは全部、お前のものだ」
傷のある俺が。
低い声で。
言った。
「嬉しくないな」
眼帯の男が。
少しだけ。
笑った。
「俺もそう思う」
俺は。
思わず。
「やっぱり同じじゃないですか」
と言った。
二人同時に。
「うるさい」
と返された。
今の紬が。
「三人とも同じ」
と呟く。
「まとめないで!」
◇
「聞いていい?」
一度目の紬が言った。
眼帯の男を見る。
「何だ」
「本当に」
声が。
少し震える。
「拓真なの」
「そうだ」
「私が知ってる?」
「たぶんな」
「たぶん?」
「お前が知っている俺が、どの俺なのか、もう俺にも分からん」
一度目の紬が。
嫌そうな顔をした。
「最悪」
「同感だ」
「そこは謝って」
「何を」
「ややこしくしたこと」
「俺のせいか?」
「半分くらい」
俺は。
「その割合どこから出たんです」
と聞いた。
今の紬が。
「黙って」
と返す。
はい。
「じゃあ」
一度目の紬が。
眼帯の男へ言う。
「どうして眼帯してるの」
俺も。
気になっていた。
政宗と同じ。
右目。
失っている?
眼帯の男は。
少し。
黙った。
そして。
言った。
「政宗を庇った」
一人目だと思っていた俺が。
顔を上げる。
「いつ」
「天下を取る前」
俺の胸が。
鳴る。
「政宗様は」
俺が聞く。
「本当に天下を取ったんですか」
眼帯の男が。
俺を見る。
「ああ」
空気が。
止まった。
「……え」
「取った」
「でも!」
俺は。
傷のある俺を見る。
「一度目では天下を取れなかったって!」
傷のある俺も。
顔色が変わっている。
「俺はそう聞いた」
「誰に」
「美月だ」
全員。
美月さんを見る。
今いる美月さん。
扉の向こうの美月さん。
二人とも。
すぐには答えない。
俺は。
頭を抱えた。
「また美月さん!」
「人の名前を問題みたいに言わないで」
今いる美月さんが。
少し怒る。
「だってあなた、情報を半分ずつ嘘にするでしょう!」
「全部が私じゃない!」
「それもややこしい!」
眼帯の男が。
静かに言った。
「政宗は天下を取った」
俺は。
そちらを見る。
「本当に?」
「ああ」
「どうやって」
「戦って」
「それは分かります!」
「交渉して」
「そこも!」
「裏切られて」
「戦国時代ですね!」
「裏切って」
「政宗様!」
いや。
本人いないけど。
でも。
想像できる。
「そして」
眼帯の男が。
少しだけ。
目を細める。
「最後に勝った」
俺は。
何も言えなかった。
伊達政宗が。
天下人。
俺が。
最初に。
歴史を変えたいと思った。
叶った世界。
「じゃあ」
今の紬が。
聞いた。
「どうして全部壊れたの」
眼帯の男の顔から。
少し。
何かが消えた。
「天下を取ったからだ」
俺の胸が。
冷える。
「日本が消えた?」
「ああ」
「紬も」
一度目の紬を見る。
「ああ」
「あなたも」
「ああ」
傷のある俺が。
低く聞く。
「どうやって死んだ」
眼帯の男が。
自分の胸を。
指で軽く叩いた。
「斬られた」
「誰に」
「紬」
全員。
一度目の紬を見る。
彼女自身が。
一番驚いていた。
「私?」
眼帯の男は。
頷く。
「お前に」
「嘘」
「俺もそう思いたい」
「何で」
眼帯の男は。
答えなかった。
一度目の紬が。
一歩。
前へ出る。
「何で私が拓真を斬るの」
「知らない方がいい」
俺は。
思わず。
「それ禁止!」
全員が。
俺を見る。
「もうその言い方、禁止にしません!?」
傷のある俺も。
少し。
顔を逸らした。
心当たりあるな。
「言えない!」
「知ると壊れる!」
「今は話せない!」
指を折る。
「全部禁止!」
新八さんが。
「一つ増えておる」
と言う。
「今そこじゃない!」
眼帯の男が。
初めて。
少し笑った。
「お前は本当にうるさいな」
「あなたも俺でしょう!」
「違う」
「今その話に戻るな!」
◇
少しして。
一度目の紬が。
低い声で言った。
「私」
眼帯の男を見る。
「本当に拓真を作ってって頼んだ」
「そうだ」
「何で」
「俺が死んだから」
「……」
「お前は、もう一度俺に会いたかった」
「……」
眼帯の男が。
一歩。
近づく。
一度目の紬は。
逃げない。
「でも」
声。
冷たい。
「お前は俺を生き返らせたかったんじゃない」
一度目の紬の顔が。
変わる。
「何」
「自分を許してくれる俺が欲しかった」
「違う!」
即答。
でも。
眼帯の男は。
退かない。
「政宗を殺そうとした」
「……」
「俺に自分を斬らせた」
「……」
「その罪を」
「違う」
「許してほしかった」
「違う!」
「だから俺を作った!」
「違うって言ってる!」
一度目の紬が。
眼帯の男の胸を。
突き飛ばした。
「私は!」
声。
震える。
「ただ会いたかった!」
「……」
「それの何が悪いの!」
眼帯の男が。
黙った。
「死んだ!」
紬が。
泣く。
「勝手に死んだ!」
「……」
「私を置いて!」
「……」
「だから!」
拳。
震える。
「もう一度会いたいって思った!」
「……」
「許してほしかったかもしれない!」
全員。
静かになる。
一度目の紬は。
泣きながら。
言った。
「でも!」
「……」
「それだけじゃない!」
眼帯の男は。
何も言わなかった。
一度目の紬が。
続ける。
「私だって分からない!」
それが。
一番。
人間らしかった。
会いたかった。
許されたかった。
寂しかった。
怖かった。
たぶん。
全部。
一つじゃない。
◇
「俺の右目は」
眼帯の男が。
しばらくして。
静かに言った。
全員。
見る。
「政宗を庇って失った」
「何があったんです」
俺が聞く。
「敵の矢だ」
「痛そう」
「痛かった」
「ですよね」
当然。
「政宗は」
眼帯の男が。
少し笑う。
「俺に言った」
声。
柔らかい。
「お前は未来人ではない」
俺は。
息を止めた。
「俺の家臣だ」
胸の奥。
変な音がした。
政宗らしい。
いや。
そんな言葉。
今の政宗にも。
いつか。
言ってほしいと思っていたのかもしれない。
眼帯の男は。
少しだけ。
遠くを見る。
「だから俺は」
「……」
「政宗を天下人にした」
はっきり。
言った。
「なったんじゃない」
俺を見る。
「した」
俺は。
何も言えなかった。
そして。
眼帯の男は。
俺の前まで来る。
今の俺。
四人目。
らしい。
もう。
何人目でもいい。
「拓真」
初めて。
名前で呼ばれた。
「何です」
「お前は全部救いたいか」
「……はい」
「政宗も」
「はい」
「紬も」
「はい」
「お前の知る日本も」
少し。
迷う。
でも。
「はい」
眼帯の男が。
笑った。
「なら」
言う。
「政宗を天下人にしろ」
俺は。
止まった。
「でも」
「日本が消える?」
「はい」
「紬が死ぬ?」
「はい」
「だから」
眼帯の男が。
俺を見る。
「今度は」
少し。
笑う。
「天下を取ったあとに、日本を残せ」
俺は。
頭を抱えた。
「またそれですか!」
「何が」
「難しいからやる!」
政宗。
一人目。
俺。
全員。
同じ。
「何で俺たち、全員、二択を力技で壊そうとするんですか!」
眼帯の男は。
初めて。
声を出して笑った。
「神谷拓真だからだろ」
俺は。
ものすごく。
嫌だった。
でも。
少しだけ。
笑った。
その時。
非常口の向こう。
田中さんが。
急に。
顔を上げた。
「神谷くん」
俺は。
振り向く。
「何です」
田中さんの顔が。
青ざめている。
「後ろ」
俺は。
ゆっくり。
振り向いた。
眼帯の男。
その背後。
誰も。
いなかったはずの場所。
政宗が。
立っていた。
今の。
二十歳の。
伊達政宗。
片目で。
俺たちを見ている。
そして。
言った。
「話は聞いた」
俺は。
頭を抱えた。
「いつからですか!」
政宗は。
少し笑った。
「俺が天下人になった辺りからだ」
最悪。
一番。
聞かれたくないところ。
全部。
聞かれていた。
そして。
政宗は。
眼帯の男を見る。
自分と同じ。
右目を失った。
未来人。
いや。
家臣。
「お前が」
政宗が言う。
「俺を天下人にしたのか」
眼帯の男が。
笑う。
「ああ」
政宗も。
笑った。
「ならば」
嫌な予感。
ものすごい。
「今度は」
政宗が。
俺を見る。
「お前がやれ」
俺は。
思わず叫んだ。
「やっぱり俺ですか!」
政宗の笑みが。
深くなる。
「当然だ」
そして。
最後に。
言った。
「拓真」
片目が。
鋭く光る。
「天下も」
「……」
「紬も」
「……」
「未来も」
少し。
間。
「全部、俺によこせ」
俺は。
言葉を失った。
眼帯の一人目が。
小さく笑う。
そして。
俺の耳元で。
こう言った。
「気をつけろ」
「何がです」
「あの政宗は」
片目。
細くなる。
「俺が天下人にした政宗より、欲深い」
俺は。
政宗を見た。
政宗は。
楽しそうに。
笑っていた。




